ココス諸島

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ココス(キーリング)諸島
Cocos (Keeling) Islands
ココス諸島の旗 Armoiries des îles Cocos.svg
地域の旗 地域の紋章
地域の標語:Maju pulu kita
(ココス・マレー語:われらの発展する島)
地域の歌:アドヴァンス・オーストラリア・フェア
ココス諸島の位置
公用語 なし
(事実上:英語
主都 ウェスト島
最大の都市 バンタム村
政府
女王 エリザベス2世
総督 ピーター・コスグローブ
行政官英語版バリー・ハーゼ英語版
シャイア議長英語版Aindil Minkom
面積
総計 14km2241位
水面積率 極僅か
人口
総計(2014年 596人(237位
人口密度 42人/km2
編入
イギリスが領有宣言1857年
オーストラリアに編入1955年11月23日
通貨 オーストラリア・ドル (AUD)
時間帯 UTC UTC+ 6:30(DST:UTC+ 6:30)
ISO 3166-1 CC / CCK
ccTLD .cc
国際電話番号 61-891
ココス諸島の地図(1889年)
ココス諸島の地図

ココス(キーリング)諸島(ココス(キーリング)しょとう、英語: Cocos (Keeling) Islands)は、インド洋にあるオーストラリア領の諸島である。単にココス諸島英語: Cocos Islands)またはキーリング諸島英語: Keeling Islands)とも。オーストラリア準州としての公式名称はココス(キーリング)諸島準州 (英語: Territory of Cocos (Keeling) Islands)[1]。名前はココヤシに由来しコスタリカココ島など同名の島が存在する。本諸島がイギリスの支配下に入ったのは似たような名前の諸島との取り違えによる(下記「歴史」参照)。「キーリング諸島」を付けたのはそれらと区別するためである。

2つの環礁ノースキーリング島とサウスキーリング諸島からなる。サウスキーリング諸島はウェスト島ホーム島、サウス島、ディレクション島ホースバーグ島、プリズン島など多数の小さなサンゴ礁からなる。インド洋のオーストラリアとスリランカの中間に位置する。面積は14km2

主府はウェスト島であるが、最大の集落はホーム島のバンタム村である。人口は2014年現在で約600人。通貨はオーストラリア・ドル

歴史[編集]

イギリス人による「発見」[編集]

諸島は東インド会社ウィリアム・キーリング (William Keeling) が1609年に発見したと考えられているが、彼の航海日記中には島の記述は存在しない。その前後に発刊された海図から、1606年から1622年の間に見出されたのは確実である。

ヘアによる「移住」とクルーニーズ=ロスによる「王国樹立」[編集]

1826年イギリス人アレキサンダー・ヘアが約100人のマレー人を伴いこの諸島に移住した。マレー人は子供が彼の身辺の世話、大人がココヤシプランテーションに従事させられた。ジョン・クルーニーズ=ロス一行23人はその翌年島にやってきた。ヘアとロスが島に渡った時、ココヤシが生い茂るだけの無人島だったがココヤシの樹幹にアラビア文字が刻まれていたと言う。ロスはヘアの部下だったが、結局、ロスがヘアを島から追い出し、ロスが島の領主となり、以後ロス一家が占有していた。

進化論チャールズ・ダーウィンは1836年、ビーグル号でココス諸島に上陸し、サンゴ礁形態の仮説を発表している。

イギリス領に[編集]

1857年イギリス艦隊が上陸し領有を宣言しイギリス領となった。これは同じ「ココヤシ諸島」の名を持つアンダマン諸島ココ諸島(現在ミャンマー領)を領有宣言をするのを誤ったのである。しかし外国船の侵犯に悩まされていたクルーニーズ=ロス家はイギリスの軍事的庇護下に入ることを望んだためこの錯誤は取り消されなかった。このときはイギリス領セイロンに帰属していた。しかしクルーニーズ=ロス家による「統治」は1886年に帰属をシンガポールに変更する際にクルーニーズ=ロス家の「永久所有権」として認められた。

第一次世界大戦[編集]

残骸となったエムデン

1914年通商破壊作戦中のドイツ海軍防護巡洋艦エムデン」が1914年11月9日にディレクション島に設置されていたイギリスの洋上無線のアンテナ塔と無線基地を破壊すべく陸戦隊を組織させ、襲来したが、その合間に到着したオーストラリア海軍軽巡洋艦シドニー」等との戦闘の末、エムデンはノースキーリング島南岸に大破・座礁した。エムデンからの陸戦隊は島から帆船を鹵獲して逃亡した。

オーストラリア領に[編集]

1955年11月23日にシンガポール領からオーストラリア領に帰属が変更された。英語名の Cocos (Keeling) Islands は、他のココス島と容易に区別できるように付けられた正式呼称である。クルーニーズ=ロス家はココス諸島の独立を望んだが、オーストラリア政府は同家による「専制支配」の終了を求め拒否した。1978年、諸島は5代目領主のジョン・セシル・クルーニーズ=ロスによりオーストラリア政府に625万豪ドルで売却され、オーストラリア領となった。1979年ココス諸島協同組合を結成され1984年に住民投票によってオーストラリア領となり住民はオーストラリア国民となった。1986年にクルーニーズ=ロス家は破産し、オーストラリア政府に売却しなかった屋敷を売却して、オーストラリア本土に移住。クルーニーズ=ロス家による150年5代にわたるココス諸島の専制支配は終わった。

行政[編集]

ココス諸島はオーストラリアの領土であるが、名目上の管理権はオーストラリア総督にあり、クリスマス島と共に管理している。行政官はオーストラリア首相とは別にオーストラリア総督によって任命される。2014年4月現在の総督はピーター・コスグローブ (Peter Cosgrove)。

地理[編集]

ココス諸島の地図(1976年)
手前がプリズン島で奥に見えるのがディレクション島である

ココス諸島は概略位置南緯12度10分、東経96度50分に位置し、最も近いクリスマス島でも約900km、スマトラ島から約1000kmの距離にある。南キーリング諸島と北キーリング諸島2つの環礁からなり、最高地点(サウス島北部)でも海抜9mしかなく、ココヤシの木などが密生している。

気候[編集]

ケッペンの気候区分では熱帯モンスーン気候(Am)に属する。

ココス諸島(West Point)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 32.0
(89.6)
32.4
(90.3)
32.1
(89.8)
31.9
(89.4)
31.2
(88.2)
30.5
(86.9)
29.7
(85.5)
29.8
(85.6)
29.8
(85.6)
30.1
(86.2)
31.1
(88)
31.2
(88.2)
32.4
(90.3)
平均最高気温 °C (°F) 29.5
(85.1)
29.8
(85.6)
29.8
(85.6)
29.6
(85.3)
29.1
(84.4)
28.4
(83.1)
27.9
(82.2)
27.9
(82.2)
28.1
(82.6)
28.6
(83.5)
28.9
(84)
29.3
(84.7)
28.9
(84)
平均最低気温 °C (°F) 24.6
(76.3)
24.9
(76.8)
25.1
(77.2)
25.0
(77)
24.8
(76.6)
24.2
(75.6)
23.8
(74.8)
23.7
(74.7)
23.6
(74.5)
24.0
(75.2)
24.2
(75.6)
24.5
(76.1)
24.4
(75.9)
最低気温記録 °C (°F) 21.1
(70)
20.1
(68.2)
19.8
(67.6)
19.6
(67.3)
19.4
(66.9)
20.1
(68.2)
20.4
(68.7)
18.3
(64.9)
19.0
(66.2)
20.6
(69.1)
19.3
(66.7)
21.2
(70.2)
18.3
(64.9)
降水量 mm (inch) 205.7
(8.098)
172.8
(6.803)
248.7
(9.791)
250.0
(9.843)
186.8
(7.354)
208.9
(8.224)
197.1
(7.76)
118.4
(4.661)
84.1
(3.311)
50.9
(2.004)
98.5
(3.878)
116.6
(4.591)
1,938.5
(76.318)
平均降水日数 (≥ 0.1 mm) 14 14 18 18 19 19 20 17 14 11 12 11 187
出典: Deutscher Wetterdienst[2]

経済[編集]

ココナッツがココス諸島唯一の換金作物で、環礁の至る所で栽培されている。外貨を稼ぐための切手の販売は1990年代に入って中止された。

またココス諸島は海底電線及びヨハネスブルグシドニー間を結ぶ定期空路の中継地でもあり、インド洋上での数少ない気象観測地でもある。

交通[編集]

ココス国際空港

ウェスト島にココス島国際空港があり、パースクリスマス島を結ぶ定期空路が運航されている。

住民[編集]

ウェスト島

2005年現在、人が住む島はウェスト島ホーム島の2島だけである。ウェスト島はオーストラリアから来た白人が殆どである。ホーム島はココナッツのプランテーションの労働としてマレーシアから連れて来たマレー系の住民が殆どである。 マレー系が66%、オーストラリア系白人が33%でジャワ人中国人もいる。

公用語は英語で、他にマレー語など。

宗教はイスラム教80%、ほかキリスト教

参考文献[編集]

  • 鶴見良行がココス諸島へ行きココス諸島について書いた『ココス島奇譚』がある。

出典[編集]

  1. ^ Cocos (Keeling) Islands Act 1955 Part II—Acceptance of the Islands 5 Acceptance of Cocos or Keeling Islands
  2. ^ Klimatafel von Kokos-Insel (Cocos Island, Flugh.), Indischer Ozean / Australien”. Federal Ministry of Transport and Digital Infrastructure. 2016年6月16日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

< お茶の水女子大学外邦図コレクション(お茶の水女子大学附属図書館・電子版貴重資料)