1826年
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| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 18世紀 - 19世紀 - 20世紀 |
| 十年紀: | 1800年代 1810年代 1820年代 1830年代 1840年代 |
| 年: | 1823年 1824年 1825年 1826年 1827年 1828年 1829年 |
1826年(1826 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、日曜日から始まる平年。
他の紀年法
[編集]カレンダー
[編集]できごと
[編集]- 2月4日 - クーパーの歴史小説『モヒカン族の最後』が出版される[1][2]。
- 2月11日 - ベンサムらの主導により、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンが創設される[3]。
- 2月24日 - 第一次英緬戦争が終結し、イギリス東インド会社とコンバウン朝の間でヤンダボー条約が締結される[4](イギリスがアラカンやテナセリム、アッサムの割譲を受け、ビルマの植民地化が本格化)。
- 4月4日 - ギリシア独立戦争を巡り、イギリス(外相カニング、使節ウェリントン公爵)とロシア帝国(皇帝ニコライ1世)の間でペテルブルク議定書が調印される[5](東方問題における英露協調とギリシア自治の枠組み合意)。
- 4月12日 - ドイツ・ロマン派音楽の祖ヴェーバーの歌劇『オベロン』がロンドンで初演される[6](ヴェーバーは約2か月後に同地で客死)。
- 4月23日 - ギリシア独立戦争:オスマン帝国・エジプト連合軍によってメソロンギが陥落する[7][8]。
- 5月1日(文政9年3月25日) - ドイツ人医師シーボルトが、オランダ商館長の江戸参府に随行して将軍徳川家斉に謁見[9]。滞在中に高橋景保ら日本の蘭学者・幕府天文方と交流し、後のシーボルト事件の発端となる[10]。
- 6月 - オスマン帝国のスルタンマフムト2世が、軍備近代化に抵抗する旧式軍隊イェニチェリを武力鎮圧して解体・廃止する(幸運な事件)[11][12](洋式新軍ムハンマド常勝軍の創設へ道を開く)。
- 6月7日 - 7月12日 - イギリスで総選挙が行われる(カトリック解放問題や穀物法を争点に、リヴァプール伯爵率いる与党トーリー党が多数を維持するが党内亀裂が激化。)。
- 6月22日 - 7月15日 - シモン・ボリバルの提唱により、ラテンアメリカ諸国の結束を目指すパナマ会議が開催される[13](後の汎アメリカ主義の先駆)。
- 7月 - ロシア・ペルシャ戦争 (1826年-1828年)が勃発[14][15](カージャール朝イランがロシア帝国領南コーカサスへ侵攻。)。
- 10月7日 - ロシア帝国とオスマン帝国の間でアッケルマン条約が締結される[16][17](モルダヴィア・ワラキアやセルビア公国の自治権を確認)。
月日不詳
[編集]- イギリス東インド会社がペナン、マラッカ、シンガポールを統合し、海峡植民地を設置する[18]。
- イギリスとタイ(シャム)(チャクリー王朝・国王ラーマ3世)の間で通商協定であるバーネイ条約が締結される[19](マレー北部のケダやペラに対するタイの宗主権を承認しつつ、イギリスの自由貿易を促進)。
- プロイセン改革を主導した政治家カール・フォン・シュタイン男爵の提唱・設立により、中世ドイツ史料集『モヌメンタ・ゲルマニアエ・ヒストリカ』の刊行が開始される[20](ランケらの近代実証主義歴史学や史料批判の発展に貢献を果たす)。
- ドイツのフリードリヒ・フレーベルが『人間の教育』を出版する[21]。

- フランスのジョゼフ・ニセフォール・ニエプスが世界最古の写真作品『ル・グラの窓からの眺め』を撮影し、写真技術の発明に成功する(1827年説もあり)[22]。
- フランスのヴィニーが歴史小説『サン=マール』および『古今詩集』を発表する[23]。
誕生
[編集]→「Category:1826年生」も参照
- 1月8日? - ジョン・レディー・ブラック[24]、日本で活躍したイギリス人新聞記者(+ 1880年)
- 1月15日(文政8年12月8日)- 箕作秋坪[25]、洋学者(+ 1886年)
- 1月27日 - ミハイル・サルトィコフ=シチェドリン[26]、ロシアの小説家(+ 1889年)
- 2月3日 - ウォルター・バジョット[27]、イギリスの経済学者、ジャーナリスト(+ 1877年)
- 2月15日 - ジョージ・ジョンストン・ストーニー[28]、アイルランドの物理学者(+ 1911年)
- 3月29日 - ヴィルヘルム・リープクネヒト[29]、ドイツの社会主義者(+ 1900年)
- 4月4日 - ゼノブ・グラム[30]、ベルギーの電気技術者(+ 1901年)
- 4月6日 - ギュスターヴ・モロー[31]、フランスの画家(+ 1898年)
- 5月10日 - ヘンリー・ソービー[32]、イギリスの岩石学者、化学者(+ 1908年)
- 6月16日(文政9年5月11日)- 大島高任[33]、冶金技術者(+ 1901年)
- 7月4日 - スティーブン・フォスター[34]、アメリカの作曲家(+ 1864年)
- 7月11日 - アレクサンドル・アファナーシェフ[35]、ロシアの民俗学者(+ 1871年)
- 7月13日 - スタニズラオ・カニッツァーロ[36]、イタリアの化学者(+ 1910年)
- 7月24日 - フランシスコ・ソラーノ・ロペス[37]、パラグアイの大統領(+ 1870年)
- 7月31日 - ウイリアム・スミス・クラーク[38]、アメリカの教育者、マサチューセッツ農科大学学長、札幌農学校初代教頭(+ 1886年)
- 9月17日 - ベルンハルト・リーマン[39]、ドイツの数学者(+ 1866年)
- 10月1日 - ベンジャミン・ホチキス[40]、アメリカの兵器発明家(+ 1885年)
- 10月2日 - グスタフ・ヴィーデマン[41]、ドイツの物理学者(+ 1899年)
- 10月29日 - ジュゼッペ・ザナルデッリ[42]、イタリアの政治家(+ 1903年)
- 月日不詳
死去
[編集]→「Category:1826年没」も参照
- 1月3日 - ルイ=ガブリエル・スーシェ[46]、ナポレオン戦争期のフランス軍元帥(* 1770年)
- 1月17日 - ホアン・クリソストモ・アリアーガ[47]、スペインの作曲家(* 1806年)
- 2月2日 - ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァラン[48]、フランスの政治家・法律家・「美味礼讃」著者(* 1755年)
- 3月10日 - ジョアン6世[49]、ポルトガル王(* 1767年)
- 3月29日 - ヨハン・ハインリッヒ・フォス[50]、ドイツの詩人(* 1751年)
- 4月13日 - フランツ・ダンツィ[51]、ドイツのチェリスト・作曲家(* 1763年)
- 4月15日(文政9年3月9日)- 亀田鵬斎[52]、儒学者・書家(* 1752年)
- 6月3日 - ニコライ・カラムジン[53]、ロシアの小説家、歴史家(* 1766年)
- 6月5日 - カール・マリア・フォン・ウェーバー[54]、ドイツの作曲家(* 1786年)
- 6月7日 - ヨゼフ・フォン・フラウンホーファー[55]、ドイツの物理学者(* 1787年)
- 7月4日 - ジョン・アダムズ[56]、第2代アメリカ合衆国大統領(* 1735年)
- 7月4日 - トーマス・ジェファーソン[57]、第3代アメリカ合衆国大統領(* 1743年)
- 7月5日 - ジョゼフ・プルースト[58]、フランスの化学者(* 1754年)
- 7月5日 - トーマス・ラッフルズ[59]、イギリスのシンガポール植民地創設者(* 1781年)
- 7月22日 - ジュゼッペ・ピアッツィ[60]、イタリアの天文学者(* 1746年)
- 7月25日 - パーヴェル・ペステリ[61]、デカブリストの乱指導者(* 1793年)
- 7月25日 - コンドラチイ・ルイレーエフ[62]、ロシアの詩人、デカブリスト(* 1795年)
- 7月25日 - セルゲイ・ムラヴィヨフ=アポストル[63]、デカブリストの乱指導者(* 1796年)
- 7月26日(文政9年6月22日) - 蠣崎波響[64]、画家(* 1764年)
- 8月9日(文政9年7月6日) - 山梨稲川[65]、音韻学者(* 1771年)
- 8月13日 - ルネ・ラエンネック[66]、フランスの医師、聴診器の発明者(* 1781年)
- 9月22日 - ヨハン・ペーター・ヘーベル[67]、ドイツの詩人、小説家(* 1760年)
- 9月24日(文政9年8月23日)- 田上菊舎[68][69]、俳人(* 1753年)
- 10月19日 - フランソワ=ジョゼフ・タルマ[70]、フランスの悲劇俳優(* 1763年)
- 10月25日 - フィリップ・ピネル[71]、フランスの精神科医(* 1745年)
- 11月23日 - ヨハン・ボーデ[72]、ドイツの天文学者(* 1747年)
- 11月28日 - フランシス・ロードン=ヘイスティングズ[73]、イギリスの軍人、政治家、インド総督(* 1754年)
- 12月7日 - ジョン・フラクスマン[74]、イギリスの彫刻家、挿絵画家(* 1755年)
- 12月29日(文政9年12月1日)- 藤田幽谷[75]、儒学者、水戸学者(* 1774年)
出典
[編集]- ↑ “The Last of the Mohicans” is published HISTORY
- ↑ 『モヒカン族の最後』 - コトバンク
- ↑ University College London Archives AIM25
- ↑ 『ヤンダボ条約』 - コトバンク
- ↑ The Concert of Europe, Transparency, and Crisis Management University of Notre Dame
- ↑ 『オベロン』 - コトバンク
- ↑ Third siege of Missolonghi (1825 -1826) World History Edu
- ↑ Historical Events - 1826 1826.gr
- ↑ Prof. Kaji Teruyuki: „Neue Erkenntnisse zur ‚Siebold-Affaire‘“, Teil 1/2 公益財団法人 ドイツ東洋文化研究協会 (OAG)
- ↑ 『シーボルト事件』 - コトバンク
- ↑ 『マフムト2世』 - コトバンク
- ↑ The Janissaries: Elite Infantry of the Ottoman Empire Discovery UK
- ↑ 『パナマ会議』 - コトバンク
- ↑ Russo-Persian War (1826–1828) Facts for Kids Kiddle
- ↑ 『エレバン』 - コトバンク
- ↑ 『アッケルマン条約』 - コトバンク
- ↑ Greek War of Independence Connexions
- ↑ 『海峡植民地』 - コトバンク
- ↑ 『バーネイ条約』 - コトバンク
- ↑ 『モヌメンタ・ゲルマニアエ・ヒストリカ』 - コトバンク
- ↑ 『フレーベル』 - コトバンク
- ↑ 『写真』 - コトバンク
- ↑ 『ビニー』 - コトバンク
- ↑ 『ブラック』 - コトバンク
- ↑ 『箕作秋坪』 - コトバンク
- ↑ 『シチェドリン』 - コトバンク
- ↑ 『バジョット』 - コトバンク
- ↑ 『ストーニー』 - コトバンク
- ↑ 『リープクネヒト』 - コトバンク
- ↑ 『グラム』 - コトバンク
- ↑ 『モロー』 - コトバンク
- ↑ 『ソルビー』 - コトバンク
- ↑ 『大島高任』 - コトバンク
- ↑ 『フォスター』 - コトバンク
- ↑ 『アファナーシエフ』 - コトバンク
- ↑ 『カニッツァーロ』 - コトバンク
- ↑ 『ロペス』 - コトバンク
- ↑ 『クラーク』 - コトバンク
- ↑ 『リーマン』 - コトバンク
- ↑ 『ホッチキス』 - コトバンク
- ↑ 『ウィーデマン』 - コトバンク
- ↑ 『ザナルデリ』 - コトバンク
- ↑ 『桂川甫周』 - コトバンク
- ↑ 『鬼面山谷五郎』 - コトバンク
- ↑ 『横山由清』 - コトバンク
- ↑ Louis-Gabriel-Suchet-duc-dAlbufera-da-Valencia - ブリタニカ百科事典
- ↑ Juan-Crisostomo-Arriaga - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ブリヤサバラン』 - コトバンク
- ↑ 『ジョアン6世』 - コトバンク
- ↑ 『フォス』 - コトバンク
- ↑ 『ダンツィ』 - コトバンク
- ↑ 『亀田鵬斎』 - コトバンク
- ↑ 『カラムジン』 - コトバンク
- ↑ 『ウェーバー』 - コトバンク
- ↑ 『フラウンホーファー』 - コトバンク
- ↑ 『アダムズ』 - コトバンク
- ↑ 『ジェファーソン』 - コトバンク
- ↑ 『プルースト』 - コトバンク
- ↑ 『ラッフルズ』 - コトバンク
- ↑ 『ピアッツィ』 - コトバンク
- ↑ 『ペステリ』 - コトバンク
- ↑ 『ルイレーエフ』 - コトバンク
- ↑ Sergey-Ivanovich-Muravyov-Apostol - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『蠣崎波響』 - コトバンク
- ↑ 『山梨稲川』 - コトバンク
- ↑ 『ラエネク』 - コトバンク
- ↑ 『ヘーベル』 - コトバンク
- ↑ 『田上菊舎尼』 - コトバンク
- ↑ 『菊舎尼』 - コトバンク
- ↑ 『タルマ』 - コトバンク
- ↑ 『ピネル』 - コトバンク
- ↑ 『ボーデ』 - コトバンク
- ↑ 『ヘースティングズ』 - コトバンク
- ↑ 『フラックスマン』 - コトバンク
- ↑ 『藤田幽谷』 - コトバンク
参考文献
[編集]- ジャック・チャロナー 編『人類の歴史を変えた発明 1001』ゆまに書房、2011年1月31日。ISBN 978-4-8433-3467-6。