ケン・マグレガー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
ケン・マグレガー
Ken McGregor
Tennis pictogram.svg
Ken McGregor Circa 1950.jpg
1950年頃のケン・マグレガー
基本情報
フルネーム Kenneth Bruce McGregor
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
出身地 同・アデレード
生年月日 (1929-06-02) 1929年6月2日
没年月日 (2007-12-01) 2007年12月1日(78歳没)
死没地 同・アデレード
身長 190cm
体重 81kg
利き手
殿堂入り 1999年
4大大会最高成績・シングルス
全豪 優勝(1952)
全仏 ベスト4(1951・52)
全英 準優勝(1951)
全米 4回戦(1951)
優勝回数 1(豪1)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 優勝(1951・52)
全仏 優勝(1951・52)
全英 優勝(1951・52)
全米 優勝(1951)
優勝回数 7(豪2・仏2・英2・米1)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全英 ベスト4(1951・52)
全米 優勝(1950)
優勝回数 1(米1)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 3位(1952年)

ケン・マグレガーKen McGregor, 1929年6月2日 - 2007年12月1日)は、オーストラリアアデレード出身の男子テニス選手。フルネームは Kenneth Bruce McGregor (ケネス・ブルース・マグレガー)という。1950年代初頭にオーストラリア・テニス界の黄金時代の最初期を築いた選手のひとりで、1951年に2歳年上のフランク・セッジマンとペアを組み、テニス史上初の男子ダブルス部門「年間グランドスラム」を達成した。男子シングルスでは1952年全豪選手権で優勝したが、1950年1951年の全豪選手権と1951年ウィンブルドン選手権で準優勝に終わった。彼はもともとオーストラリアン・フットボールの選手で、そこからテニスに転向した人であり、長身から繰り出す攻撃的なサーブ・アンド・ボレーを最大の武器にした。右利きの選手。

来歴[編集]

マグレガーは1948年全豪選手権から競技経歴を始め、1950年から男子テニス国別対抗戦・デビスカップオーストラリア代表選手に選ばれた。1950年全豪選手権で、マグレガーは初めて男子シングルス決勝に進出したが、フランク・セッジマンに 3-6, 4-6, 6-4, 1-6 で敗れて準優勝になる。この年は全米選手権の混合ダブルス部門で優勝があり、マーガレット・オズボーン・デュポンアメリカ)とペアを組み、セッジマンとドリス・ハートアメリカ)の組を 6-4, 3-6, 6-3 で破っている。1950年は、オーストラリアのテニス界にとって画期的な年になった。第2次世界大戦終了後のデビスカップは、アメリカチームが1946年から1949年まで4連覇していたが、オーストラリアがこの年にアメリカの連続優勝を阻止して1939年以来のデ杯奪還を成し遂げたのである。マグレガーはデ杯決勝の対アメリカ戦で、シングルス第2試合でテッド・シュローダーを破り、オーストラリア・チームの優勝に貢献した。

1951年は男子テニスの歴史に大きな記念碑が刻まれた年となり、ケン・マグレガーとフランク・セッジマンのペアがテニス史上初の男子ダブルス「年間グランドスラム」を達成した。男子ダブルス部門における年間グランドスラムは、今なおこのペア1組だけである。セッジマンとともに男子ダブルスに君臨しはじめた1951年、マグレガーは全豪選手権ウィンブルドン選手権の男子シングルス決勝に進んだが、両方ともディック・サビットアメリカ)に敗れてしまう。ようやく1952年全豪選手権で、マグレガーは3年連続の決勝進出で初優勝を果たし、決勝でダブルス・パートナーのセッジマンを 7-5, 12-10, 2-6, 6-2 で破った。

ところが1952年全米選手権で、マグレガー&セッジマン組は男子ダブルス決勝でメルビン・ローズオーストラリア)&ビック・セイシャスアメリカ)組に 6-3, 8-10, 8-10, 8-6, 6-8 で敗れてしまう。1951年全豪選手権から続いてきたマグレガー&セッジマン組の4大大会男子ダブルス連続優勝は「7連勝」で止まり、2人は2年連続年間グランドスラムの偉業を逃してしまった。1952年12月29日-31日のデビスカップ決勝を最後に、マグレガーは「アマチュアテニス選手」の競技から退き、1953年からジャック・クレーマーの勧めにより「プロテニス選手」に転向した。

1999年国際テニス殿堂入り。8年後の2007年12月1日、彼はのためオーストラリア・アデレードの自宅にて78歳で死去した。

4大大会優勝[編集]

男子ダブルスの4冠達成ペア[編集]

外部リンク[編集]