ギルガメシュ

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ドゥル・シャルキンサルゴン2世宮殿に残されたライオンを捕獲したギルガメシュのレリーフ[▼ 1]ルーブル美術館

ギルガメシュアッカド語: 𒄑𒂆𒈦 - Gilgameš)またはビルガメシュシュメール語: Bilgameš)は、古代メソポタミアシュメール初期王朝時代第Ⅱ期末期の伝説的な紀元前2600年頃?)。シュメール王名表によれば、ウルク第1王朝第5代の王として126年間在位した[1]。シュメール語の古形では「ビルガメス」と呼ばれ、後にビルガメシュに改められるとアッカド語名「ギルガメシュ」という名が成立した[2]。いずれの場合も「祖先は英雄」を意味する[3]

古代オリエント界最大の英雄[編集]

多くの物語から成るメソポタミア神話の中でも、とりわけ有名な英雄譚『ギルガメシュ叙事詩』に登場する主人公。「ギルガメシュ叙事詩」は近代の学者が付けたタイトルで、古代はギルガメシュを指す『あらゆることを見た人』や『すべてを見たる人』という書名で成立していた[4]。文中では「全てのものを国の果てまで見通した」「全てを味わい全てを知った」「知恵を極めた」「深淵を覗き見た」などと称されている。

概要[編集]

ウルク第1王朝の伝説的な王ルガルバンダを父に、女神リマト・ニンスン英語版を母に持ち、シュメールの最高神(天空神)アヌ・主神(大気神)エンリル・水神エアから知恵を授かる。その体は3分の2が神、3分の1が人間という半神半人であった。シュメール王名表や神話『ギルガメシュとアッガ』では「クラバのエン」と記される[▼ 2]

ギルガメシュの容姿生成については諸説あり、太陽神シャマシュから美しさを、気象神アダド英語版から雄々しさを授かったとされる他、標準版では女神ベレト・イリ[▼ 3]が「完璧に形作った」とされ[5]、ヒッタイト語版においては「偉大な神々が姿を造った」とする中で具体的にはシャマシュが「男らしさ」を授けたとある[6]。このように書版ごと差異があるものの、ギルガメシュの容姿が神々によって仕上げられたとの叙述は一貫している。

フンババ征伐に向かう際には90kgの斧や15kgの黄金剣を携えつつ300kg相当の武装で身を固めたり、グガランナ英語版(天の雄牛、聖牛)退治では211.5kgの剣と210kgの斧を扱うなど、かなりの剛腕。武器の扱いぶりが並びないだけでなく、掴み合いや殴り合いのような己の拳で戦う武勇に優れた人物としても知られている。

怪力無双かつ高い神性を宿している一方、その性格は極めて人間的であった。叙事詩に限って言えば、ギルガメシュは良く笑い良く泣き良く祈る、感情の起伏が激しい人物のように描かれている。

略歴[編集]

神々に創られしギルガメシュが持つ力は強大で、ウルクで彼に敵う者は1人も居なかった。人々に対し思うがままに振る舞うギルガメシュは、強き英雄であると同時に、暴君として民たちに怖れられていた。「神々によりすすめられた」、「夫はそのあと」などの叙述から、当時初夜権を行使していたという見解もある。ただしギルガメシュは暴君として登場するので、乙女を奪い去るという行為が慣習的なものであったか、単なる悪癖であったかどうかについては議論がある[7]

エンキドゥとは死力を尽くした大熱戦の末に決着がつかず、互いの力を認め合い無二の親友となった。それからはエンキドゥと行動の全てを共にし、ギルガメシュの王政も穏やかになり民から愛される王となる。

不死の草を求める旅から帰国した後も国を治め、ウルクの城壁を完成させるなど王としての責務を全うしたギルガメシュは、ウル・ヌンガル(ウルク第1王朝6代目)に国を委ねて眠りについた。その際には王の死を悼み、殉死が行われたようである[8]

ウル・ヌンガルの在位後も王朝は続き、最終的にウルク第1王朝は計12名の王による統治を経てウルク第2王朝に入る。その後ウルク第6王朝期(紀元前2000年)前後に一度衰退し政治的地位は薄れるも、ウルク市そのものは再興し、サーサーン朝ペルシア時代まで滅びを知ることはなかった[要出典]

功績[編集]

ギルガメシュの主な功績としてあげられるのは、古代メソポタミアの都市(または国家)キシュの包囲を撥ね退けたこと、フンババ征伐、及びその際にをウルクに持ち帰ったこと、聖牛退治、賢人ウトナピシュティム(シュメール名:ジウスドラ)から不老不死についての知識を学んだこと、ウルクの城壁建設、イシュタル(シュメール名:イナンナ)の神殿群「エアンナ」の一部を築き捧げたことが有名。

キシュからウルクに政治的地位を移した、という伝承は後世の神話に色濃く残るが、最も偉大な功績として重要視されるのは、ウルクを城壁で囲み護国に貢献したことである。物語中では既に「周壁持つウルク」と評され、バビロン第1王朝時代にも引き合いに出されている。

系譜[編集]

母が女神ニンスンであるとの記述はどの書版でもほぼ共通しているが、父に関しては後世の王たちが発した言葉や、『ギルガメシュ叙事詩』における描写からルガルバンダが父であることは定説となっているものの、シュメール王名表でのみリル(リリスの男性版)と呼ばれる風魔がギルガメシュの父となっている[9]。また、『ルガルバンダ叙事詩』でルガルバンダの父がエンメルカルであること、そのエンメルカルがシャマシュの御子と表現されることから、ギルガメシュにとってエンメルカルは祖父、シャマシュは曾祖父にあたると考えられるが、明記されている例はない。もっとも、実の血の繋がりという点でいえば当人の血筋とは無縁にある者同士もいると思われる[▼ 4]

他にシュメール版では神であることを示す神印[▼ 5]が付いた女神マトゥル[▼ 6]を妹に持つ。マトゥルはグガランナ退治の際、ニンスンと共に兄の手助けをした。ギルガメシュを継いで6代目のウルク王となったウル・ヌンガルは、シュメール王名表に「神ビルガメシュの子」と記されている[9]。『シュルギ王讃歌』でギルガメシュを讃えているウル第3王朝第2代の王シュルギは、ギルガメシュの兄弟であると自称した(後述)。

護神[編集]

ギルガメシュの守護神とされるのはニップル版においてはエアだが、大概はルガルバンダが守護神または個人神とされ、個人神にはシャマシュの名も挙げられる。守護神は都市や人など広くを守る存在であって、自分1人だけの神様ではない。対して個人神とは、誕生の際にあてがわれる個人専属の守護神である。ギルガメシュにとってのそれがシャマシュであったとする説は、叙事詩を読むだけでも比較的容易に想像することができる。そもそもギルガメシュは「シャマシュに愛された者」であり、死後もシャマシュと共に活動していたと信じられていた。ただし、ルガルバンダのような並列した神もいた上に、書版によってはシャマシュの活躍にもギャップが認められる[10]

遠見[編集]

ギルガメシュは良くを見るが、この夢が叙事詩では大きな役割を担っている。死ぬ間際に冥界を夢のうちに見たというエピソードを含め、これらの夢のほとんどは未来を告げるものであり、ニンスンやエンキドゥなど周囲の者にその内容を解かれて初めて、自身が見た夢の真意を知ることも多い。未来視の方法としては夢判断の他に、神託を占うこともあった。

エンキドゥがウルクへやって来る前にギルガメシュが見た夢「星が自分に降ってきた」は、古代メソポタミアの一般的な夢占いにおいて「星が降る夢」は凶とされがちだが、この夢をニンスンは「友の到来」、と解きそのことだけをギルガメシュに伝えた。ニンスンはその後の未来である、エンキドゥの死とそれに伴ってギルガメシュ自身が悲しみに暮れるという、ある種の悲劇が待ち受けていることを見通していながらあえて言うのを差し控えたのか、単に凶の判断を避けたのかについては不明である[11]

また、杉の森への遠征途中で見たいくつかの夢に関しては、ギルガメシュにとっては不吉な内容のように思えていたがエンキドゥが吉夢と解釈し、その実シャマシュからの援護があって杉材調達を完遂することができた。しかし実際に夢が告げていたのは、エンキドゥに訪れる運命を暗示するものであったとされる[12]

王権[編集]

ギルガメシュの王権は、自身に知恵を授けた主神エンリルによって授与された。これはいわゆる「王権神授説」を連想させ、少なくとも紀元前2000年期までの古代メソポタミアでは、神による王権授与があったことが「ウルクの大杯[▼ 7]」によって明かされている[13]。古代メソポタミアの王は、神の代わりに人を諌めるという概念のもと「人間と神とを繋ぐ」存在であり、天と地・神と人の仲介者という役割があった。天界を神の世界、現世を人の世界とし、王をその中間に置いて天の声を届けそれを地上に伝えさせるというイメージである[14]

王の責務はその立場上、地上における神々の住まいである神殿の建設と維持がとりわけ重要とされた[15]。要するに、王の仕事は神々が掌握する秩序を守るということである。シュメール語の創世記録に関する伝承は数多いが、中でも『エヌマ・エリシュ』のように「人間は神々の労働を身代わりさせるために創られた」という旨の神話が古代メソポタミアには多くあり、シュメール人にとって神は恐れ多い存在だったと言える。そうした神々の意に反したときはどうなるか。例えば、大洪水などによって人類は滅ぼされてしまうのである[16]。故に、神を正しく祀れば国の防衛と豊穣・平安に繋がると観念されていた[17]

王が人と神を繋ぐという思想はオリエント文明の仲間であるエジプトファラオにも共通するが、エジプトの王が「現人神」であるのに対し、メソポタミアの王は限りなく人間に近い「神の代理人」であったのが特徴である[18]。よってシュメールにおける王の神格化が起こるのはずっと後のことかつ極めて稀少で、歴史上ではサルゴンの孫(または子ども)であるアッカド王朝第4代の王ナラム・シンが初めての例となる[▼ 8][19]。それが伝説上では、ギルガメシュやルガルバンダが既に神格化を果たしており、ナラム・シン以降ウル第3王朝初代王ウル・ナンムとその後継者シュルギらが「女神ニンスンから生まれた」と言って自らをギルガメシュの兄弟であると表現し、メソポタミア王の神統性が語られることとなった[20]。なお、ギルガメシュはウル・ナンムの王碑文において、冥界神として崇められている[21]

生きた人間の王が神格化するに伴って、神による支配の必要性が問われなくなった王権は基盤が整い、神と人ではなく人と人の関係が尊重される社会主義の覚醒が起こる。神権的・神話的な政治理念からの脱却には転換期間を要しウル第3王朝期にはまだ不完全ながらも、社会主義を前提とした人間社会は神々の秩序からある程度自立したものと考えてよい[22]。そうしてウル・ナンム在位中には都市群の繁栄が頂点を極め、新シュメール文化が築かれた。こうした社会主義樹立の背景に、当時の王たちがギルガメシュを意識していたことは明らかである[▼ 9]

逸話[編集]

オリエント文明が滅亡した後にローマに伝わった伝承では、『捨て子伝説』の主人公としてギルガメシュの誕生にまつわる別のエピソードが確認された。それはギリシア人の作家アイリアノス著書『動物の特性について』という本に記されている。

バビロニアの王セウエコロスの娘が身ごもる子どもは、いずれ王国を支配するという予言がカルデア人によって先見された。支配権のさん奪を警戒した王は、娘を城に幽閉し見張りも置いたが、運命の神により娘は子どもを授かった。王に叱られることを恐れた見張りは娘から赤子を奪い、城の塔高くから落とした。見かねたが赤子を大きな羽で受け止め、地上に降りると何処かの庭へそっと置いた。庭の番が赤子を見つけるやいなや、その子があまりにもかわいかったのでそのまま養育することにした。子どもは「ギルガモス」と名付けられ、後にバビロンの王となった。

この物語はヘレニズム時代におけるヘレニズム版ギルガメシュ叙事詩に付け加えられ、オリエント終焉後もギリシャに伝わっていった。ただしギルガメシュの名前を借りているだけで、『捨て子伝説』の一変系であるとも考えられている[23]

ギルガメシュとエンキドゥ[編集]

関係性[編集]

後世の叙事詩のように「友」であることは再編による改変の一部で、元来シュメール版では「主従関係」であった。神殿の門番を務める一対の神々「タリメ」と考えられていたこともあれば、「同性愛[24]」や「二重身(=ドッペルゲンガー)」ではないかと推察する研究者もいる[25]。どんなふうにせよ人間的なギルガメシュと、そこに寄り添い常に行動を共にするエンキドゥは2人で1人のように描かれている。

初めての冒険[編集]

2人で成し遂げた最初の功業は杉の森への遠征、すなわち森に住む神の使いフンババの征伐である。ウルクでの安楽な生活に退屈したエンキドゥに、ギルガメシュは「レバノン杉の森を切り開き、シャマシュが嫌うあらゆる悪(=フンババ)を国から追い払う」と言って遠征の話を持ち掛ける。これを聞いたエンキドゥの目には涙が溢れ、遠征を反対される。ギルガメシュはエンキドゥの涙に驚きながらも心を痛め、土から生まれた彼にも苦しみを感じる心があることに焦りを抱いている。大きく息を吐いた後、ギルガメシュはエンキドゥに向き直って「自分の後ろについて前へ進めと応援してくれるだけでよい」と話し、あくまで遠征に行くと言ってエンキドゥを励ました。このときの言い争いは何度か繰り返されるも、最終的には2人揃って杉の森へ赴くこととなる。

無事に凱旋し杉の木を持ち帰ったことをウルクの民たちから称賛されるが、この時のギルガメシュの美丈夫に魅せられた愛の女神イシュタルによって、2人の人生は大きく動いていく。

ギルガメシュと生者の国[編集]

ギルガメシュとエンキドゥの遠征およびフンババ退治は、『ギルガメシュと生者の国』というシュメール語版のタイトルで叙事詩に取り入れられた自然との対立を描く神話である。そもそもフンババとは自然神だが[26]、一説には巨人、嵐の悪魔、全悪[▼ 10]などとも言われ、エンリルによって派遣された人間に対する脅威としての側面が強い。

古代メソポタミアでは利用できる樹木が極めて乏しく、価値ある森を欠き杉に勝るような美材は当然なかった。資材の確保という面で困難な立場におかれた歴代の王たちは関心を西に向け杉を求めたが、遠征に成功した者はいなかったために、ギルガメシュがその先駆者となってフンババを殺す=森の封印を切ることで、杉を渇望していた人々はそれを得ることに成功したのである。だがフンババが召されて以降、杉森が度々メソポタミア周辺地域やエジプト諸国らによって狩られるようになり、長い年月を以って絶滅の危機に瀕することとなった[▼ 11]。故にギルガメシュの行いは自然破壊に繋がる傲慢な行為であった、とする指摘もありながら、「勇気ある者の冒険譚」とも評されている[27]。この物語はギルガメシュの英雄性を端的に描出しており、2人の英雄による功績として後世まで語り継がれていった。実際ウルクを中心に南部メソポタミアが長期に渡り華めいたことも、疑い得ない事実である。

なお、フンババ退治の方法は書版によって揺らぎ多い。ギルガメシュがフンババに妹マトゥルを嫁に与えるなどの策略を用いて油断させ(実際に差し出す気はなかったと思われる)、エンキドゥがフンババの喉を掻っ切って殺した場合や、シャマシュへの祈祷が功を奏し、実戦はほとんど行われなかった場合などがある。

エンキドゥの死[編集]

ギルガメシュは女神イシュタルからの求愛を断ったことで、聖牛グガランナをウルクに送り込まれる[▼ 12]。ギルガメシュはエンキドゥと協力して何とかグガランナを討ち仕留めるが、フンババの件と合わせてとうとう神々はエンキドゥの死を定めた。エンキドゥが死んだ際、ギルガメシュはウルクの民たちと共に手厚く葬儀を施すと、不死を求めるという大きな第2の旅を始める。屈強な親友を奪った「死」に直面することで、その恐怖にとらわれたギルガメシュが今後どのようにして生死と向き合っていくのかは、叙事詩で最も重要なテーマとして取り上げられている。

死後のギルガメシュ[編集]

ギルガメシュの最期には諸説あるが、起き上がることや飲食が出来なくなり、病気に掛かっていたとされる節もある。夢で見た冥界にはエンリルが現れ、「人として死の運命からは逃れられないが、たとえ死んでも冥界でエンキドゥと再会し、神々の1人に数えられることになるだろう」と語りかけられた。夢から覚めたギルガメシュはエアのすすめで墓の鋳造に取り掛かり、民や家族に嘆き悲しまれながら息を引き取ったとされる[28]。ギルガメシュの墓は物語的に言えば、ユーフラテス川の奥底に隠されたという[29]

冥界神ギルガメシュ[編集]

ギルガメシュは死後まもなく神格化され、冥界神として崇められた。しかし高位の神ではなく、人が比較的近寄りやすい「個人神」であったと伝えられている。『ウルナンム王の死と冥界下り』では、「冥界のエンリル神(最高神)」と呼ばれるエレシュキガル女神とネルガル神らと共に神の1人として名を連ねているが、その存在は神というより冥界の王(ルガル)であり、冥界に下った者の指導を行う裁定者であったとも形容される。新アッシリア時代の書版には冥界神ギルガメシュに捧げられた祈祷が鮮明に残されており、その中においても「完全な王」、「冥界の集合神アヌンナキの裁き主」として描かれる他、そういった裁きと判決の権能はシャマシュが託したとも記される。これは、正義と法を司る生命守護の神として、夜に冥界を照らし地上を脅かす冥界の悪霊や死人の魂を制御する神性を持つシャマシュと共に、冥界に降りたギルガメシュも災厄をもたらす物事から人間を守ってくれる、と信じられていたことを示している[30]

古代メソポタミアでは、古バビロニア歴5月に当たるアブの月(現在で言う7~8月)になると死者を供養する祭典「アブ祭」が行われ、それに伴い悪霊やらも活発になってしまう時季には、祭礼に際しギルガメシュの像が用いられた。冥界神ギルガメシュへの祈祷もしばしばアブ月に行われ、悪霊からの守護や悪鬼などによってもたらされた病気快復が願われたとされる[31]。ギルガメシュ像に供物を捧げたり、定期的に造り直して整えることも重要であり、また、ギルガメシュを個人神として崇拝した人も複数人いた事実や、前述のようにウル王朝時代の王が既にギルガメシュを祀っていたことなどからも、ギルガメシュが死後も民間で広く崇拝されていたことが知られる[30]

叙事詩でイシュタルはギルガメシュと不仲に描かれているが、他の説話から察するに常に敵対していたとは言い難い。ギルガメシュは不死希求の旅に出るきっかけを得るまでは、勇猛果敢に生きる信条を掲げていた。その頃にイシュタルからの求婚があって自己神格化を拒絶したが、後に冥界神にはなっても、「死んで復活する神」ではなかった[32]

ウルとウルク[編集]

冥界神ギルガメシュは故国ウルクではなく、エンネギという都市の主神であった。何故エンネギなのかという議論があるが、「エンネギには死者への供物が届けられる管がある」と信じられていたことを指摘する場合もある[33]。ウルクの姉妹都市のようでいて近隣に位置するウルでは、前述のように王たちの間で「ギルガメシュは兄弟」と言われ、シュルギはギルガメシュのフンババ征伐を伝えるなど偉大なる祖先として敬い誇示していた。このウルとウルクの中間地点に起きた都市がエンネギである。

実在性[編集]

ギルガメシュ自身に関する考古学的史料は今の所発見されていないが、伝説や碑文の中でギルガメシュと共に登場するエンメバラゲシの実在性が確実視されていることから、ギルガメシュも初期王朝期Ⅱ期末期(紀元前2600年頃)には実在していた、とする説と、実在した王ではなく冥界神であった、とする説の2つが有力である[▼ 13]

人の王か神の王か[編集]

現在残っている記録ではその名に神印(ディンギル)が付けられており、名を最初に確認できるのが文書「ファラ」内の神名表であることからも、元から「ビルガメシュ神」と呼ばれ、シュメール版では冥界神として神格化される以前から一貫して神として扱われていたことになる。これは神格化したビルガメシュの父ルガルバンダにも同じように神印が付けられていることと、母ニンスンが女神であることから、両親が神ならばその息子ビルガメシュも神である、と考えたからである。だが、「死とどう向き合うか」という叙事詩における最大のテーマを掲げ翻弄するのに、不老不死である神が主人公では物語が成立しないとして、シュメール版以外では「半神半人のギルガメシュ」と呼ぶように調整された[33]

半神のギルガメシュが叙事詩用にデフォルメされた設定とする前提で、今後ディンギルのないギルガメシュの名が発見されるならば、それは人としてのギルガメシュ王が実在したことを示す確固たる証拠となる[34]

『ギルガメシュ叙事詩』[編集]

ギルガメシュは多くの神話に登場し、『ギルガメシュ叙事詩』と呼ばれる1つの英雄譚へとまとめられていった。これは今日最も良く知られているシュメール文学である。原物シュメール語版がアッカド語に翻訳されて以降、粘土版の破損個所を補う形で長い年月を掛けて編成と潤色が行われ、現存する『ギルガメシュ叙事詩』となった。この過程で、時代ごと大幅な改変が成されたことも知られている[35]。叙事詩の冒頭は第三者(語り手)によるギルガメシュを讃える文から始まり、メソポタミアの歴代王が杉材を求めてレバノンに遠征した事実と重なりながら、『ギルガメシュと天の牛』『ギルガメシュとフワワ』などの神話と、旧約聖書で言う『ノアの方舟』の原型にあたるウトナピシュティム大洪水伝説を含んでいる[36]。また、『ギルガメシュとアッガ』のようにアッカド語版の翻訳が存在しない説話もある。

これらは後世に残る物語に強い影響を与えた。例えば、ギルガメシュとイシュタルの恋沙汰はギリシア神話の「オデュッセイア」一説に、ギルガメシュとエンキドゥの関係は旧約聖書におけるダビデヨナタンなどの友情物語に、それぞれ引き継がれていった[37]。そしてギルガメシュと死の関係は、ギリシャの大英雄アキレウスの先駆けともいえる[38]。近代作品では『もののけ姫』の土台となり、神殺しをテーマにしつつ不老不死の希求といった描写が取り入れられた。ただしあくまで参考にされたというだけで、同一ではなく完全な別物であるということは言うまでもない。

死を見据える者[編集]

叙事詩では友情や自然との戦いのほかに、「不死の追及」が重要なテーマとして掲げられている。永遠の命どころか若返りの薬すらも手に入れることができなかったギルガメシュは失意のままウルクに戻ったとされるも、死から逃れることはできないのだと悟り天寿を全うした、という解説が一般的になっている。神性が高いにもかかわらずギルガメシュは常に人の側に寄り、生きながらにして天界へ登ることはなかった。地上において人として生き人として死んでいくという、「死を見据えた英雄」としての物語に終決したのだ。これはギルガメシュの伝説が語り継がれるうちに、古くから読者と編集者によって組み立てられたバビロニアの人生観であり、ギルガメシュ自身が生死についてどのような考えに至ったのかまでは不明である。

関連人物[編集]

ギャラリー[編集]

ギルガメシュを主題にした芸術・文学作品[編集]

ギルガメシュ、あるいはギルガメッシュ叙事詩を題材にした作品が後世に存在している。

音楽[編集]

絵本[編集]

  • ギルガメシュ王ものがたり 絵本 (1993) (ルドミラ・ゼーマン 著, イラスト)(花津美子 翻訳)
  • ギルガメシュ王のたたかい 絵本 (1994) (ルドミラ・ゼーマン 著, イラスト)(花津美子 翻訳)
  • ギルガメシュ王さいごの旅 絵本 (1995) (ルドミラ・ゼーマン 著, イラスト)(花津美子 翻訳)


脚注[編集]

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  1. ^ 岡田・小林(2000)p.88
  2. ^ 松村(2013)p.191
  3. ^ 小林(2005)p.231
  4. ^ 岡田・小林(2008)p.226、矢島(1998)pp.11,29
  5. ^ 松村(2015)p.237 「ベレト・イリ」の項。
  6. ^ 月本(1996)p.240
  7. ^ 矢島(1998)p.195
  8. ^ 前田(2011)p.31,小林・岡田(2008)p.250
  9. ^ a b 岡田・小林(2008)p.199
  10. ^ 月本(2010)pp.230-235/月本(1996)pp.326-332、内容は双方同じ。
  11. ^ 矢島(2007)pp.42-43
  12. ^ 矢島(1982)p.91
  13. ^ 前田(2011)p.10
  14. ^ 松本(2000)p.225
  15. ^ 前田(2011)p.94
  16. ^ 岡田・小林(2008)pp.26-46
  17. ^ 前田(2003)pp.90-91
  18. ^ 松本(2000)p.226
  19. ^ 前田(2003)pp.11,51
  20. ^ 松本(2000)p.100
  21. ^ 岡田・小林(2008)p.257
  22. ^ 前田(2003)pp.51-56、p.99
  23. ^ 矢島(1982)p.191
  24. ^ 矢島(2007)pp.52-53
  25. ^ 岡田・小林(2008)pp.235-237
  26. ^ 矢島(1998)p.189
  27. ^ 金子(1990)pp.5-6、pp.36-42
  28. ^ 岡田・小林(2008)p.249
  29. ^ 月本(2010)p.69
  30. ^ a b 月本(1996)pp.370-374
  31. ^ 岡田・小林(2008)pp.260-261
  32. ^ 岡田・小林(2008)p.242
  33. ^ a b 岡田・小林(2008)pp.257-258
  34. ^ 岡田・小林(2008)p.258
  35. ^ 小林(2005)pp.10-13、p.231
  36. ^ 前田(2011)p.122
  37. ^ 月本(2011)p.63
  38. ^ 岡田・小林(2008)p.iii

註釈[編集]

  1. ^ ギルガメシュを表しているかどうかについては疑問視されている。南條(1996) p.125
  2. ^ クラバはウルクにある聖域一帯の名前。「エン」とは、君主と訳した上で「主・主人」を意味する立場、主に王(ルガル)とはまた少し異なる支配者として、俗世の統治というより神事に関わる都市の守護神、大いなる神々に仕える大神官を指す。 岡田・小林(2008)pp.199-200,p.252
  3. ^ エンキドゥを作った女神アルルと同一視されることがあるが、アルルの別名とされるニンフルサグとは基本的に別人扱いされる。
  4. ^ シュメール王名表によればエンメルカルは人間(神の子ではない)とされるも、神話ではシャマシュの御子となっていることや、ルガルバンダとエンメルカルが実の親子関係であったかどうかについて疑問視されているため。
  5. ^ ディンギル-dingir-とも言う。 月本(2011)p.59
  6. ^ 「小さなイチジク」の意。 岡田・小林(2008)p238
  7. ^ ウルクの「宝物庫」と言われる遺跡から発見された、脚付きの大容器。92cmの高さがある胴部に帯状に掘られた図柄は、当時の宗教儀礼の様子を探る重要な手掛かりとなっている。 岡田・小林(2000)pp.42-43
  8. ^ ただし、ファラオ(神王)のように偉大なる神々に並ぶことはなく、神官王の神格化はあくまで下位の神(個人神)のような立場であった。 岡田・小林(2000)pp.76-77
  9. ^ シュルギはイシュタルとドゥムジに象徴される「聖婚儀礼」に基づくことで神格化を果たした。 岡田・小林(2000)p.82
  10. ^ 全悪は呪術文書などにおける悪霊の呼称。それがフンババに対しても適用された。 月本(1996)p.36
  11. ^ 「最も杉を称賛し、そして最も破壊した人物」にはイスラエルの王ソロモンが挙げられる。 金子(1990)p.44
  12. ^ この際ギルガメシュがイシュタルに発した拒絶の言葉は、数行にも渡るかなりの長文だが、ほとんどが推測されたもので不完全な語句の羅列となっている。 矢島(1998)p.244
  13. ^ 人間を神格化して崇める例は当時はなかったとの反論がある。 岡田・小林(2000)p.88

参考文献[編集]

  • 『シュメル神話の世界-粘土版に刻まれた最古の世界-』 岡田明子/小林登志子、中立公論新社、2008年12月
  • 『レバノン杉の辿った道』 金子史朗、原書房1990年11月
  • 『シュメル-人類最古の文明-』 小林登志子、中立公論新社、2005年10月
  • 『メソポタミア文明の光芒』 月本昭男(監修)、山川出版社2011年10月
  • 『古代メソポタミアの神話と儀礼』 月本昭男、岩波書店、2010年2月
  • 『バビロニア-われらの文明の始まり-』 南条郁子(訳)/松本健(監修)、創元社1996年11月
  • 『図説-メソポタミア文明-』 前田和也、河出書房新社、2011年12月
  • 『メソポタミアの王・神・世界観-シュメール人の王権観-』 前田徹、山川出版社、2003年10月
  • 『神の文化史事典』 松村一男/平藤喜久子/山田仁史(監修)、白水社2013年2月
  • 『世界女神大辞典』 松村一男(編)/沖田 瑞穂(編)/森 雅子(編)、原書房、2015年9月
  • 『四大文明-メソポタミア-』 松本健(編著)、日本放送出版協会、2000年7月
  • 『ギルガメシュ叙事詩』 矢島文夫(訳)、筑摩書房、1998年2月
  • 『オリエントの夢文化』 矢島文夫、東洋書林2007年5月