ギルガメシュ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ドゥル・シャルキンサルゴン2世宮殿に残されたライオンを捕獲したギルガメシュのレリーフ[註釈 1]ルーブル美術館

ギルガメシュアッカド語: 𒄑𒂆𒈦 - Gilgameš)またはビルガメシュシュメール語: Bilgameš)は、古代メソポタミアシュメール初期王朝時代ウルク第1王朝の伝説的な(在位:紀元前2600年頃?)。ルガルバンダに続きウルク第1王朝第5代の王として126年間在位した。シュメール語の古形では「ビルガメス」と呼ばれ[1]、後にビルガメシュに改められるとアッカド語名「ギルガメシュ」という名が成立した。いずれの場合も「祖先は英雄」を意味する[2]

当ページでは特に記載がない限り、採用する名前はアッカド語で統一する。

古代オリエント界最大の英雄[編集]

概要[編集]

多くの物語から成るメソポタミア神話の中でも、とりわけ有名な英雄譚『ギルガメシュ叙事詩』に登場する主人公。全てのものを国の果てまで見通し、全てを味わい全てを知った『あらゆることを見た人』という古代の書名に登場するウルク都城の王である。ウルク第1王朝の伝説的な王ルガルバンダを父に、女神ニンスンを母に持ち、その体は3分の2が神、3分の1が人間という半神半人であった。

誕生の際、そのお祝いに最高神(天空神)アヌ・主神(大気神)エンリル・水神エアから知恵を、太陽神シャマシュからは美しさを、気象神アダドからは雄々しさを授かる。神々はギルガメシュの姿を秀でたものとして仕上げたため、その様は魅力に装われ輝かしく、特に彼の指は美しかったという[3]

フンババ征伐に向かう際には90kgほどもある斧や15kgの黄金の剣など、武器もろもろ含めた300kg相当の武装で身を固め、天の雄牛退治では211.5kgの剣と210kgの斧を武器として扱うなど、かなりの怪力であった。エンキドゥとの戦いにおいては掴み合いや殴り合いに挑む、武勇に優れた人物としても知られている。

怪力無双な英雄である一方、その性格は極めて人間的であった。叙事詩に限って言えば、ギルガメシュは良く笑い良く泣き良く祈る、感情の起伏が激しい人物のように描かれている。

略歴[編集]

神々に創られしギルガメシュが持つ力は強大で、ウルクで彼に敵う者は1人も居なかった。人々に対し思うがままに振る舞うギルガメシュは、強き英雄であると同時に、暴君として民たちに怖れられていた。「神々によりすすめられた」、「夫はそのあと」などの叙述から、当時初夜権を行使していたという見解もある。ただしギルガメシュは暴君として登場するので、乙女を奪い去るという行為が慣習的なものであったか、単なる悪癖であったかどうかについては議論がある[4]

エンキドゥとの戦いでは大格闘の末に決着がつかず、2人の間に友情が芽生えた。それからはエンキドゥと行動の全てを共にし、ギルガメシュの王政も穏やかになり民から愛される王となっていた。

不死の草を求める旅から帰国した後も国を治め、ウルクの城壁を完成させるなど王としての責務を全うしたギルガメシュは、ウル・ヌンガル(ウルク第1王朝6代目)に国を委ねて眠りについた。その際には王の死を悼み、殉死が行われたようである[5][6]

ウル・ヌンガルの在位後も王朝は続き、最終的にウルク第1王朝は計12名の王による統治を経てウルク第2王朝に入る。その後ウルク第6王朝期(紀元前2000年)前後に一度衰退し政治的地位は薄れるも、ウルク市そのものは再興しサーサーン朝ペルシャ時代に弱体化するまで滅びを知ることはなかった。

功績[編集]

ギルガメシュの主な功績としてあげられるのは、古代メソポタミアの都市(または国家)キシュの包囲を撥ね退けたこと、フンババ征伐、及びその際にをウルクに持ち帰ったこと、天の雄牛を退治したこと、賢人ウトナピシュティム(シュメール名:ジウスドラ)から不老不死についての知識を学んだこと、ウルクの城壁建設、イシュタル(シュメール名:イナンナ)の神殿群「エアンナ」の一部を築き捧げたことが有名。

キシュと戦いこれを征服したという伝承は後世の神話に色濃く残り、シュメールで覇権的地位を得た偉大な征服王であったかのような描写がある他、ウルクの城壁を建造したことは特に重要視され、バビロン第1王朝時代にも引き合いに出されている。

系譜[編集]

母が女神ニンスンであるとの記述はどの書版でもほぼ一貫しているが、シュメール王名表ではギルガメシュの父はルガルバンダではなくリルと呼ばれる風魔である。ルガルバンダの父でウルクの建設者エンメルカルは祖父にあたり、他にシュメール版では神であることを示す神印[註釈 2]が付いた女神マトゥル[註釈 3]を妹に持つ。マトゥルは天の雄牛退治の際、ニンスンと共に兄の手助けをした。ギルガメシュを継いで6代目のウルク王となったウル・ヌンガルは、シュメール王名表に「神ビルガメシュの子」と記されている[7]。また、『シュルギ王讃歌』でギルガメシュを讃えているウル第3王朝第2代の王シュルギは、ギルガメシュの兄弟であると自称した(後述)。

遠見[編集]

ギルガメシュは良くを見るが、この夢が叙事詩では大きな役割を担っている。エンキドゥがウルクへやってくること、フンババ征伐に成功すること、死ぬ間際には冥界を夢のうちに見たというエピソードもある。これらの夢のほとんどは未来を告げるものであり、ニンスンやエンキドゥなど周囲の者にその内容を解かれて初めて、自身が見た夢の真意を知ることも多い。未来視の方法としては夢判断の他に、神託占いを受けることもあった。

杉の森への遠征途中で見た夢に関しては、ギルガメシュにとっては不吉な内容のように思えていたがエンキドゥが吉夢と解釈し、その実シャマシュからの援護があって杉材調達を完遂することができた。しかし実際に夢が告げていたのは、エンキドゥに訪れる運命を暗示するものであったとされる[8]

王権[編集]

ギルガメシュの王権は、自身に知恵を授けた最高神エンリルによって授与された。これはいわゆる「王権神授説」を連想させ、少なくとも紀元前2000年期までの古代メソポタミアでは、神による王権授与があったことが「ウルクの大杯」によって明かされている[9]。古代メソポタミアの王は、神の代わりに人を諌めるという概念のもと「人間と神とを繋ぐ」存在であり、天と地・神と人の仲介者という役割があった。天界を神の世界、現世を人の世界とし、王をその中間に置いて天の声を届けそれを地上に伝えさせるというイメージである[10]。王の責務はその立場上、地上における神々の住まいである神殿の建設と維持がとりわけ重要とされ[11]、他に挙げられる具体的な務めに国の防衛・豊穣・平安などが任された[12]

王が人と神を繋ぐという思想はオリエント文明の仲間であるエジプトファラオにも共通するが、エジプトの王が「現人神」であるのに対し、メソポタミアの王は限りなく人間に近い「神の代理人」であったのが特徴である[13]。よってシュメールにおける王の神格化が起こるのはずっと後のことで、歴史上ではサルゴンの孫であるアッカド王朝第4代の王ナラム・シンが初めての例となる。それが伝説上では、ギルガメシュやルガルバンダが既に神格化を果たしており、ナラム・シン以降ウル第3王朝初代王ウル・ナンムとその後継者シュルギらが「女神ニンスンから生まれた」と言って自らをギルガメシュの兄弟であると表現し、メソポタミア王の神統性が語られることとなった[14]。王の神格化によって神が人を操作するという王権が幕を閉じると、ウル・ナンムの統治中には王朝の基盤が整い都市群は繁栄を極めた。この時代を新シュメール文化と呼び[15]、その後バビロニアの王ハンムラビに政権が移ったとされる。

逸話[編集]

ギルガメシュは女神を母に、人間を父に持つというのが通例であるが、オリエント文明が滅亡した後にローマに伝わった伝承では、『捨て子伝説』の主人公としてギルガメシュの誕生にまつわる別のエピソードが確認された。それはギリシア人の作家アイリアノス著書『動物の特性について』という本に記されている。

バビロニアの王セウエコロスの娘が身ごもる子どもは、いずれ王国を支配するという予言がカルデア人によって先見された。支配権のさん奪を警戒した王は、娘を城に幽閉し見張りも置いたが、運命の神により娘は子どもを授かった。王に叱られることを恐れた見張りは娘から赤子を奪い、城の塔高くから落とした。見かねたが赤子を大きな羽で受け止め、地上に降りると何処かの庭へそっと置いた。庭の番が赤子を見つけるやいなや、その子があまりにもかわいかったのでそのまま養育することにした。子どもは「ギルガモス」と名付けられ、後にバビロンの王となった。

この物語はヘレニズム時代におけるヘレニズム版ギルガメシュ叙事詩に付け加えられ、オリエント終焉後もギリシャに伝わっていった。ただしギルガメシュの名前を借りているだけで、『捨て子伝説』の一変系であるとも考えられている[16]

ギルガメシュとエンキドゥ[編集]

関係性[編集]

後世に再編された叙事詩のように「友」であったり、「主従関係」であったりと2人の関係性は統一されていない。神殿の門番を務める一対の神々「タリメ」と考えられていたこともあれば、「同性愛」や「二重身(=ドッペルゲンガー)」ではないかと推察する研究者もいる。どんなふうにせよ人間的なギルガメシュと、そこに寄り添い常に行動を共にするエンキドゥは2人で1人のように描かれている。

初めての冒険[編集]

2人で成し遂げた最初の功業は杉の森への遠征、すなわち森に住む神の使いフンババの征伐である。ウルクでの安楽な生活に退屈したエンキドゥに、ギルガメシュは「杉の森を切り開き、この世全ての悪(=フンババ)を国から追い払う」と言って遠征の話を持ち掛ける。これを聞いたエンキドゥの目には涙が溢れ、遠征を反対される。ギルガメシュはエンキドゥの涙に驚きながらも心を痛め、土から生まれた彼にも苦しみを感じる心があることに焦りを抱いている。大きく息を吐いた後、ギルガメシュはエンキドゥに向き直って「自分の後ろについて前へ進めと応援してくれるだけでよい」と話し、あくまで遠征に行くと言ってエンキドゥを励ました。このときの言い争いは何度か繰り返されるも、最終的には2人揃って杉の森へ赴くこととなる。

無事に凱旋し杉の木を持ち帰ったことをウルクの民たちから称賛されるが、この時のギルガメシュの美丈夫に魅せられた愛の女神イシュタルによって、2人の人生は大きく動いていく。

ギルガメシュと生者の国[編集]

ギルガメシュとエンキドゥの遠征およびフンババ退治は、『ギルガメシュと生者の国』というシュメール語版のタイトルで叙事詩に取り入れられることになった、自然界との対立を描く神話である。

上記に登場したフンババとは、あらゆる悪とも評される恐ろしい怪物だが、神印が付くこともあり一説には巨人と言われ、悪事を成すような魔物ではない。だがフンババが守る森に人が立ち入ることはできず、木材を調達する術を持ち得なかった。もとより南部メソポタミアでは決して資材に恵まれているとは言えなかったために、ギルガメシュは歴代の王が成し遂げられなかった「悪を滅ぼす=フンババ征伐に伴い杉を持ち帰る」ことで名を上げようと決めたのだ。目的は果たされ、資材の乏しさから解放されたウルクの民は喜び、国の繁栄を導くことに成功した。しかしフンババが召されて以降、人が見境なく杉を狩るようになり果てにはサルゴンの征服によって森は減り続け、絶滅の危機に扮することとなる。レバノン杉の辿った結果と、共に遠征した親友エンキドゥが神罰を受け病死したことから、杉の森への遠征が単に英雄譚として語られるだけではなく、自然破壊森林伐採に対する警告であるとの指摘もある。古来から人と自然の共存が難しかったことを物語っているが、この神話はギルガメシュの功績として具体的に語り継がれ、実際ウルクを中心に南部メソポタミアが長期に渡り華めいたことも疑い得ない事実である。

なお、フンババ退治の方法はアッカド版、シュメール版、ニネヴェ版など書版によって多少の差異がある。ギルガメシュがフンババに自分の妹(マトゥル)を嫁に与えるなどの策略を用いて油断させ(実際に差し出す気はなかった)、エンキドゥがフンババの喉を掻っ切って殺した場合や、シャマシュへの祈祷が功を奏し、実戦はほとんど行われなかった場合などがある。

エンキドゥの死[編集]

ギルガメシュは女神イシュタルからの求愛を断ったことで、聖なる雄牛グガランナをウルクに送り込まれる[註釈 4]。エンキドゥと共にこの神獣を倒すが、フンババの件と合わせてとうとう神々はエンキドゥの死を定めた。エンキドゥが死んだ際、ギルガメシュはウルクの民たちと共に手厚く葬儀を施すと、不死を求めるという大きな第2の旅を始める。屈強な親友を奪った「死」に直面することで、その恐怖にとらわれたギルガメシュが今後どのようにして生死と向き合っていくのかは、叙事詩で最も重要なテーマとして取り上げられている。

ギルガメシュという名[編集]

現在残っている記録ではその名に神印が付けられており、ビルガメシュ神という名を最初に確認できるのも文書「ファラ」内の神名表である。つまりは元から「ビルガメシュ神」と呼ばれ、シュメール版では冥界神として神格化される以前から一貫して神として扱われていたことになる。これはビルガメシュ神の父ルガルバンダにも同じように神印が付けられていることと、母ニンスンが女神であることから、両親が神ならばその息子ビルガメシュも神である、と考えたからである。だが、「死とどう向き合うか」という叙事詩における最大のテーマを掲げ翻弄するのに、不老不死である神が主人公では物語が成立しないとして、シュメール版以外では「半神半人のギルガメシュ」と呼ぶように調整された[17]

人か神か[編集]

ギルガメシュ自身に関する考古学的史料は現在の所発見されていないが、伝説の中でギルガメシュとともに登場するエンメバラゲシの実在が確認されていることから、ギルガメシュも実在したとする説と、前述のようにギルガメシュは神格化された王ではなく、冥界神であったとされる説の2つが有力である。半神のギルガメシュは叙事詩用にデフォルメされた設定とする前提で、今後神印のないギルガメシュの名が発見されるならば、それは人としてのギルガメシュ王が実在したことを示す確固たる証拠となる。

死後のギルガメシュ[編集]

ギルガメシュの最期には諸説あるが、起き上がることや飲食が出来なくなり、病気に掛かっていたとされる節もある。夢で見た冥界にはエンリルが現れ、「人として死の運命からは逃れられないが、たとえ死んでも冥界でエンキドゥと再会し、神々の1人に数えられることになるだろう」と語りかけられた[18]。夢から覚めたギルガメシュはエアのすすめで墓の鋳造に取り掛かり、民や家族に嘆き悲しまれながら息を引き取っったとされる。

冥界神ギルガメシュ[編集]

ギルガメシュは死後まもなく神格化され、冥界神として崇められた。しかし高位の神ではなく、人が比較的近寄りやすい「個人神」であったと伝えられている。『ウルナンム王の死と冥界下り』では、「冥界のエンリル神(最高神)」と呼ばれるエレシュキガル女神とネルガル神らと共に神の1人として名を連ねているが、その存在は神というより冥界の王(ルガル)であり、冥界に下った者の指導を行う裁定者であったとも形容される。

他に表現されるギルガメシュ神は、たとえばマニ教の聖典『巨人たちの書』において単なる巨人の1人であるとされている。また15世紀のアラビア語呪術文書には悪霊の一種ジルジャメシュという名称がみられるが、これもまたギルガメシュの零落したものだろうと考えられている。

ウルとウルク[編集]

冥界神ギルガメシュは故国ウルクではなく、エンネギという都市の主神であった。何故エンネギなのかという議論があるが、「エンネギには死者への供物が届けられる管がある」と信じられていたことを指摘する場合もある[19]。ウルクの姉妹都市のようでいて近隣に位置するウルでは、前述のようにシュルギが自身をギルガメシュの兄弟であると自称し、ギルガメシュのフンババ征伐を伝えている。とりわけウルの王たちの間で「ギルガメシュは兄弟」と呼ばれていた。ウルは英雄ギルガメシュを偉大なる祖先として敬い誇示することで、王権優位ないしシュメールに起こる都市国家の中で特に権力を示そうとしたのだ。このウルとウルクの中間地点に起きた都市がエンネギである。

『ギルガメシュ叙事詩』[編集]

ギルガメシュは死後間もなく神格化され、数多くの神話や叙事詩に登場する。そして『ギルガメシュ叙事詩』と呼ばれる1つの説話へとまとめられていった。これは今日最も良く知られているシュメール文学である。このシュメール語版がアッカド語に翻訳され、現存する『ギルガメシュ叙事詩』となった。粘土板の破損部分を補う形で全体およそ3600行あったとされるうち、2000行ほどの詩が再構築された。再編に伴い、時代ごと大幅な改変が成されたことも知られている[20]。メソポタミアの歴代王が杉材を求めてレバノンに遠征した事実と重なりながら、『ギルガメシュと天の牛』『ギルガメシュとフワワ』などの神話と、旧約聖書で言う『ノアの方舟』の原型にあたるウトナピシュティム大洪水伝説を含んでいる[21]。また、『ギルガメシュとアッガフランス語版』のようにアッカド語版の翻訳が存在しない説話もある。

これらは後世に残る物語に強い影響を与えた。例えば、ギルガメシュとイシュタルの恋沙汰はギリシア神話の「オデュッセイア」一説に、ギルガメシュとエンキドゥの関係は旧約聖書におけるダビデヨナタン、或いは『イーリアス』におけるアキレウスパトロクロスの友情物語にそれぞれ引き継がれていった[22]。近代作品では『もののけ姫』の土台となり、神殺しをテーマにしつつ不老不死、シシ神の「首を持ち帰る」といった描写が取り入れられた。ただしあくまで参考にされたというだけで、同一ではなく完全な別物であるということは言うまでもない。

死を見据える者[編集]

叙事詩では友情や自然との戦いのほかに、「不死の追及」が重要なテーマとして掲げられている。永遠の命どころか若返りの薬すらも手に入れることができなかったギルガメシュは失意のままウルクに戻ったとされるも、死から逃れることはできないのだと悟り天寿を全うした、という解説が一般的になっている。本来は神であるギルガメシュは天界へは登らず、地上に降り人として生き人として死んでいくという、「死を見据えた英雄」としての物語に終決したのだ。これはギルガメシュの伝説が語り継がれるうちに、古くから読者と編集者によって組み立てられたバビロニアの人生観であり、ギルガメシュ自身が生死についてどのような考えに至ったのかまでは不明である。

関連人物[編集]

ギャラリー[編集]

ギルガメシュを主題にした芸術・文学作品[編集]

ギルガメシュ、あるいはギルガメッシュ叙事詩を題材にした作品が後世に存在している。

音楽[編集]

絵本[編集]


脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 『神の文化史辞典』p191
  2. ^ 『シュメル 人類最古の文明』231頁
  3. ^ 『シュメル神話の世界』p254
  4. ^ 『ギルガメシュ叙事詩』p195
  5. ^ 『図説 メソポタミア文明』p31
  6. ^ 『シュメル神話の世界』p250
  7. ^ 『シュメル神話の世界』p199
  8. ^ 『メソポタミアの神話』p91
  9. ^ 『図説 メソポタミア』p10
  10. ^ 『四大文明 メソポタミア』p225
  11. ^ 『図説 メソポタミア』p94
  12. ^ 『メソポタミアの王・神・世界観-シュメール人の王権観-』p90~p91
  13. ^ 『四大文明 メソポタミア』p226
  14. ^ 『図説 メソポタミア』p100
  15. ^ 『四大文明 メソポタミア』p108
  16. ^ 『メソポタミアの神話 神々の友情と冒険』p191
  17. ^ 『シュメル神話の世界』p256
  18. ^ 『シュメル神話の世界』p249
  19. ^ 『シュメル神話の世界』p258
  20. ^ 『シュメル 人類最古の文明』10-13、231頁
  21. ^ 『図説 メソポタミア文明』p122
  22. ^ 『メソポタミア文明の光芒』p63

註釈[編集]

  1. ^ ギルガメシュを表しているかどうかについては疑問視されている。(バビロニア p125)
  2. ^ ディンギル-dingir-とも言う。(メソポタミア文明の光芒 p59)
  3. ^ 「小さなイチジク」の意。(シュメル神話の世界 p238)
  4. ^ この際イシュタルに発した拒絶の言葉は、ほとんどが推測されたもので不完全な語句の羅列となっている。(ギルガメシュ叙事詩 p244)

参考文献[編集]

  • 『メソポタミアの神話』 矢島文夫 、筑摩書房、1982年7月ISBN 978-4000027526
  • 『四大文明 メソポタミア』 松本健(編著)、日本放送出版協会、2000年7月ISBN 4-14-080533-1
  • 『バビロニア われらの文明の始まり』 南条郁子(訳)、松本健監修、創元社1996年11月ISBN 4-442-21122-6