クリストフ・ルメール
クリストフ・ルメール Christophe Patrice Lemaire | |
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2012年シンザン記念表彰式 | |
基本情報 | |
国籍 | フランス |
出身地 | オワーズ県グヴュー |
生年月日 | 1979年5月20日(45歳) |
身長 | 163cm |
体重 | 52.5kg |
血液型 | B型 |
騎手情報 | |
所属団体 | 日本中央競馬会 |
所属厩舎 | フリー |
初免許年 | 1999年(フランス) |
免許区分 | 平地[1] |
クリストフ・パトリス・ルメール(Christophe Patrice Lemaire、1979年5月20日 - )は、フランス生まれの日本中央競馬会 (JRA) 所属の騎手。京都府京都市在住[2]。
ミドルネームの「パトリス」はフランスの障害競馬界で名を馳せた父親の名前から採った。
香港における名前の中文表記は「李慕華」。
来歴
父パトリスの勧めにより、競馬学校ではなく一般の高等学校に進学し、学校が休みの週末に厩舎を出入りすることで騎乗技術を磨き、 高等学校卒業後の1999年にフランスの騎手免許を取得し騎乗を開始。フランスで競馬学校を経由せず騎手になるのは障害騎手ではよく見られるが、平地騎手では稀な例である[3]。
2003年にフランスリーディング7位、同年のフランスG1パリ大賞を制するなど順調に実績を積み重ねている。
2002年よりJRAの短期免許制度を利用し中央競馬でも騎乗を開始している(詳細は後述)。
2006年のドバイシーマクラシックでは、ハーツクライに騎乗し優勝した。また、サンクルー大賞ではプライドに騎乗し、最強と目されていたハリケーンランを破った。
2009年、5月10日にプール・デッセ・デ・プーリッシュを騎乗契約を結んでいるジャン=クロード・ルジェ厩舎所属のイリューシヴウェイヴに騎乗して制し、翌週の5月17日に行われたサンタラリ賞(第4競走)をルジェ厩舎所属のスタセリタで、イスパーン賞(第5競走)をルジェ厩舎所属のネヴァーオンサンデーに騎乗して制し、同じ厩舎所属馬でG1競走3連勝を達成し、同時にサンタラリ賞3連覇も達成した。
2010年のシーズンから、それまで主戦を勤めていたクリストフ・スミヨンに代わり、アーガー・ハーン4世所有馬のフランスにおける主戦を任されることに決まった。それに先駆け、2009年のエリザベス女王杯でシャラナヤに騎乗した(結果は4着)。
来日歴
2002年より短期免許制度により中央競馬でも騎乗を開始。当初は中京や小倉といったローカルを中心に活躍。毎年好成績を残しており、GIでの騎乗も2004年のダンスインザムードで天皇賞(秋)、マイルチャンピオンシップともに2着、コスモバルクでジャパンカップ2着、2005年のダイワメジャーでマイルチャンピオンシップ2着、ハーツクライでジャパンカップ2着するなどの実績を残すも、中央の重賞勝利には恵まれていなかった。
しかし2005年の有馬記念でハーツクライに騎乗すると、これまで追い込み一辺倒であった同馬で先行するレースを見せ、同年の無敗の三冠馬ディープインパクトに初めて土をつける大仕事をやってのけ、初重賞勝利をGIで飾ったと同時に、オリビエ・ペリエから続く外国人騎手による同競走の連勝記録を4に伸ばした。
2007年は、1度目の短期免許期間中に、統一JpnIの川崎記念をヴァーミリアンに騎乗して制し、2度目の短期免許期間中の12月15日には愛知杯をディアデラノビアに騎乗して制した。この勝利で外国人騎手史上4人目となる中央通算100勝を達成した。
2008年も2度短期免許を取得し、2度目の短期免許期間中の11月16日に行われたエリザベス女王杯ではリトルアマポーラに騎乗し優勝。さらに12月7日に行われたジャパンカップダートではヴァーミリアンを選択した主戦騎手の武豊に代わってカネヒキリに騎乗し優勝(後に武は負傷し、ヴァーミリアンも乗り代わり)。中央競馬GIの勝利数を3に伸ばした。2008年12月29日から2009年1月28日まで地方競馬の短期免許を取得した。所属厩舎は船橋の川島正行厩舎となる。これで、東京大賞典と川崎記念に騎乗可能となり実際、カネヒキリで東京大賞典と川崎記念共に勝利した。
2009年も1月と11月に短期免許を取得し、短期免許期間中に4度海外渡航(行き先はドバイ、香港)し、アースリヴィングに騎乗してUAE1000ギニーとUAEオークスで2着となっている。12月5日と6日の2競走で走路妨害による降着となり、12月12日から12月26日まで開催5日間の騎乗停止処分を受けた。このため香港国際競走には騎乗できなくなった。なお、12月8日の香港騎手招待競走は騎乗停止期間外のため、予定通り香港には渡航している。
2010年にも短期免許を取得していた。
2015年、JRAの騎手免許試験を初めて受験し合格[4]。同時に合格したミルコ・デムーロと共に、外国人として初めてJRAの通年免許を取得した[5]。なお、フランスギャロは他国との二重騎手免許を認めていないことから、フランス騎手免許を返上する予定である。
2015年2月27日、調整ルームでTwitterを使用し、JRA通年免許取得後のデビュー戦となった3月1日の阪神競馬場で騎乗予定の6鞍は全て乗り替わり、3月1日から3月30日まで30日間の騎乗停止となった[6]。そのため、実質的なデビューとなったのは同年4月4日・5日の騎乗であった。その5日に移籍後初勝利がいきなりの重賞(大阪杯)制覇であり、デムーロも移籍初週に阪急杯を制覇しているため、両名とも移籍初週に重賞制覇デビューとなった。
年 | 厩舎 | 馬主 | 期間 | 中央競馬年間成績 |
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2002年 | 瀬戸口勉 | 吉田照哉 | 12月7日 - 3月6日 | 37戦4勝 |
2003年 | 125戦11勝 | |||
2004年 | 瀬戸口勉 | 吉田照哉 | 1月5日 - 1月26日 | 157戦17勝 |
2月5日 - 2月23日 | ||||
吉田千津 | 10月30日 - 11月29日 | |||
2005年 | 瀬戸口勉 | 吉田千津 | 1月22日 - 2月21日 | 209戦20勝(重賞1勝) |
吉田照哉 | 10月29日 - 12月25日 | |||
2006年 | 瀬戸口勉 | 吉田照哉 | 1月21日 - 2月19日 | 194戦34勝(重賞2勝) |
橋口弘次郎 | 11月4日 - 12月24日 | |||
2007年 | 瀬戸口勉 | 吉田照哉 | 1月20日 - 2月19日 | 170戦14勝(重賞2勝) |
橋口弘次郎 | 11月10日 - 12月23日 | |||
2008年 | 橋口弘次郎 | 吉田照哉 | 1月26日 - 2月25日 | 193戦21勝(重賞2勝) |
11月1日 - 12月28日 | ||||
2009年 | 橋口弘次郎 | 吉田照哉 | 1月24日 - 2月23日 | |
11月28日 - 12月27日 |
※JRA短期免許のみ、成績は2008年終了時点。
エピソード
- JRAの騎手試験受験に当たり(2次試験で日本語の口頭試問が行われるため)日本語の勉強が必要になり、当時(2014年秋〜冬)は骨折で休養中だったこともあり、ちょうど放送されていた『マッサン』を見て日本語を勉強した[7]。騎手試験合格後も、twitterの使用で騎乗停止になり時間が空いたことから日本語の勉強を進め、競馬新聞が読めるようになったほか「騎手の名前なら漢字も読めるようになった」という[8]。
年度別成績表
- フランス競馬(2009年終了時点)
年度 | 騎乗 数 |
勝利 | 勝率 | 獲得賞金 | ||
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勝数 | 順位 | 金額 | 順位 | |||
1999年 | 137 | 9勝 | 111位 | .066 | 15万5803 | 86位 |
2000年 | 656 | 52勝 | 16位 | .079 | 92万6680 | 14位 |
2001年 | 403 | 26勝 | 36位 | .065 | 60万4887 | 25位 |
2002年 | 630 | 52勝 | 13位 | .083 | 143万2855 | 12位 |
2003年 | 750 | 75勝 | 6位 | .100 | 253万6705 | 7位 |
2004年 | 799 | 71勝 | 9位 | .089 | 286万7187 | 6位 |
2005年 | 634 | 81勝 | 7位 | .128 | 366万8290 | 4位 |
2006年 | 653 | 68勝 | 8位 | .104 | 363万8497 | 5位 |
2007年 | 638 | 101勝 | 5位 | .158 | 414万1430 | 3位 |
2008年 | 662 | 94勝 | 6位 | .142 | 369万9155 | 5位 |
2009年 | 614 | 89勝 | 7位 | .143 | 527万8095 | 1位 |
通算 | 6576 | 718勝 | - | .109 | 2894万9584 | - |
※金額の単位はユーロ。
- 中央競馬(2009年終了時点)
年度 | 騎乗 数 |
勝利 | 勝率 | 連対率 | 獲得賞金 | |
---|---|---|---|---|---|---|
勝数 | 順位 | |||||
2002年 | 25 | 4勝 | 127位 | .108 | .216 | 6069万 |
2003年 | 126 | 11勝 | 77位 | .087 | .190 | 2億3322万 |
2004年 | 157 | 17勝 | 51位 | .108 | .236 | 4億5669万 |
2005年 | 209 | 20勝 | 46位 | .096 | .234 | 6億9880万 |
2006年 | 194 | 34勝 | 31位 | .175 | .258 | 5億7466万 |
2007年 | 170 | 14勝 | 61位 | .082 | .218 | 4億6680万 |
2008年 | 193 | 21勝 | 49位 | .109 | .212 | 5億8328万 |
2009年 | 149 | 12勝 | 64位 | .081 | .208 | 6298万 |
通算 | 1086 | 121勝 | - | .111 | .227 | 31億3715万 |
※金額の単位は円。
主な勝鞍
- パリ大賞 - ヴェスポーヌ(2003年)
- マルセルブサック賞 - デネボラ(2003年)、ディヴァインプロポーションズ(2004年)
- モルニ賞 - ディヴァインプロポーションズ(2004年)
- プール・デッセ・デ・プーリッシュ(フランス1000ギニー) - ディヴァインプロポーションズ(2005年)、イリューシヴウェイヴ(2009年)
- ディアヌ賞(フランスオークス) - ディヴァインプロポーションズ(2005年)、スタセリタ(2009年)
- アスタルテ賞 - ディヴァインプロポーションズ(2005年)
- ムーラン・ド・ロンシャン賞 - スタークラフト(2005年)
- サンクルー大賞 - プライド(2006年)
- サンタラリ賞 - コケレイエ(2007年)、ベルエセレブル(2008年)、スタセリタ(2009年)
- イスパーン賞 - ネヴァーオンサンデー(2009年)
- ジョッケクルブ賞(フランスダービー) - ルアーヴル(2009年)
- ヴェルメイユ賞 - スタセリタ(2009年)
- クイーンエリザベス2世ステークス - スタークラフト(2005年)
- チャンピオンステークス - プライド(2006年)、リテラト(2007年)
- 1000ギニー - ナタゴラ(2008年)
- 2000ギニー - マクフィ(2010年)
中央競馬
- GI競走
- 有馬記念 - ハーツクライ(2005年)
- エリザベス女王杯 - リトルアマポーラ(2008年)
- ジャパンカップダート - カネヒキリ(2008年)、ベルシャザール(2013年)
- ジャパンカップ - ウオッカ(2009年)
- 阪神ジュベナイルフィリーズ - メジャーエンブレム(2015年)
- 重賞競走
- クイーンカップ - コイウタ(2006年)、メジャーエンブレム(2016年)
- 中日新聞杯 - トーホウアラン(2006年)
- ダイヤモンドステークス - トウカイトリック(2007年)
- 愛知杯 - ディアデラノビア(2007年)
- ラジオNIKKEI杯2歳ステークス - アダムスピーク(2011年)、ワンアンドオンリー(2013年)
- シンザン記念 - ジェンティルドンナ(2012年)
- 金鯱賞 - オーシャンブルー(2012年)
- 京都金杯 - ダノンシャーク(2013年)、エキストラエンド(2014年)
- 東海ステークス - グレープブランデー(2013年)
- 武蔵野ステークス - ベルシャザール(2013年)
- 日経新春杯 - サトノノブレス(2014年)
- 大阪杯 - ラキシス(2015年[9])
- ユニコーンステークス - ノンコノユメ(2015年[10])
- ラジオNIKKEI賞 - アンビシャス (2015年)
- ローズステークス - タッチングスピーチ (2015年)
- 神戸新聞杯 - リアファル (2015年)
- 府中牝馬ステークス - ノボリディアーナ (2015年)
- ファンタジーステークス - キャンディバローズ (2015年)[11]
地方競馬
- JpnI競走
- 川崎記念 - ヴァーミリアン(2007年)、カネヒキリ(2009年)
- 東京大賞典 - カネヒキリ(2008年)
- ジャパンダートダービー - ノンコノユメ(2015年)
- 重賞競走
- 名古屋グランプリ - ヴァーミリアン(2006年)
- ドバイシーマクラシック - ハーツクライ(2006年)
- 香港カップ - プライド(2006年)
- メルボルンカップ - ドゥーナデン(2011年)
- セクレタリアトステークス - ベリール(2012年)
- ブリーダーズカップ・ジュヴェナイルフィリーズターフ - フロティラ(2012年)
参考文献・出典
- ^ “平成28年度 騎手免許試験合格者” (PDF). 日本中央競馬会 (2016年2月11日). 2016年4月6日閲覧。
- ^ 「Sports Graphic Number」288号記事内
- ^ 『優駿』2008年3月号
- ^ 2015年度 調教師・騎手免許試験合格者 - 日本中央競馬会・2015年2月5日
- ^ M・デムーロ、ルメールが合格 外国人初、JRA騎手免許試験 - スポニチアネックス・2015年2月5日
- ^ C.ルメール騎手の騎乗停止について - JRA・2015年3月1日
- ^ 【騎手免許二次試験】ルメール騎手「マッサン見て日本語を勉強」 - 東京スポーツ・2015年1月27日
- ^ JRAルメール、ラキシスでいきなりV狙う/大阪杯 - 極ウマ ニッカンPREMIUM・2015年4月3日
- ^ “2015年大阪杯レース結果”. netkeiba.com. 2015年4月6日閲覧。
- ^ “競馬成績公報 第3回 東京競馬 第6日” (PDF). 日本中央競馬会. p. 6 (2015年6月22日). 2015年6月23日閲覧。(索引番号:15071)
- ^ 【ファンタジーS】キャンディバローズが重賞初制覇! - サンケイスポーツ 2015年11月7日閲覧
外部リンク
- クリストフ・ルメール (@christo68914587) - X(旧Twitter)