エールディヴィジ
エールディヴィジ Eredivisie | |
---|---|
加盟国 | オランダ |
大陸連盟 | UEFA |
創立 | 1956年 |
参加クラブ | 18 |
リーグレベル | 第1部 |
下位リーグ | エールステ・ディヴィジ |
国内大会 |
KNVBカップ ヨハン・クライフ・スハール |
国際大会 |
チャンピオンズリーグ ヨーロッパリーグ ヨーロッパカンファレンスリーグ |
最新優勝クラブ | アヤックス (2021-22) |
最多優勝クラブ | アヤックス (36回) |
テレビ局 |
ESPN、NOS Hulu |
公式サイト | Eredivisie.nl |
2022-23 |
エールディヴィジ(オランダ語: Eredivisie, オランダ語発音: [ˈeːrədiˌvizi])は、オランダのサッカーのトップリーグである。オランダでプロサッカーが始まって2年後の1956年に創設された。
大会形式
- 18クラブによる2回総当りで基本的に8月終わりに開幕して翌年5月に閉幕する。優勝クラブは次年度のUEFAチャンピオンズリーグへの出場権を得る。4位~7位がヨーロッパ・リーグ出場枠を賭けてリーグ戦終了後に勝ち抜き戦形式のPOを行う。
- 最下位(18位)のクラブはエールステ・ディヴィジ(2部リーグ)に自動降格(代わってエールステ・ディヴィジの優勝クラブが昇格)し、16位17位とエールステ・ディヴィジの8クラブが入れ替えPOを争う。
2022-23シーズン所属クラブ
2022-2023シーズンのエールディヴィジのクラブ数は前年同様の18。昨シーズンのエールステ・ディヴィジからの昇格クラブはNECナイメヘン、SCカンブール、ゴー・アヘッド・イーグルスの3クラブ。
リーグの歴史
オランダのフットボールリーグの歴史は1897年まで遡るが、プロ化されてエールディヴィジとしてスタートしたのは1956-57シーズンからである。創設当初はアヤックス、BVC、BVV、DOS、EVV、エリンクヴァイク、SCエンスヘデ、フェイエノールト、フォルトゥナ'54、GVAV、MVV、NAC、NOAD、PSV、ラピドJC、スパルタ、VVV '03、ヴィレムIIの18クラブが参加した。[1]レギュレーションは、1956年から18チームとほぼ変動していない。
1897年、オランダ主要都市で発足したチーム同士が競い合ったのをきっかけに、サッカーの普及とともに全国選手権の開催へと発展していった。しかし、第2次世界大戦前には多くの西欧各国のサッカーリーグがプロ化された中、オランダのリーグは1950年代までセミプロやアマチュアの体制をとるクラブがほとんどであった。
その後、オランダでもプロ化の機運が高まりはじめ、1954年にリーグがプロ化し、1956年にエールディヴィジが発足した。ちなみにプロ化以前の第2次世界大戦中、オランダはナチス・ドイツの占領下に置かれたが、オランダリーグ自体はアマチュアであったためか、リーグは例年通りに開催された(事情は違うが、スコティッシュ・プレミアリーグも第2次世界大戦中に通常開催している)。
アヤックスとフェイエノールトの対戦はデ・クラシケル (De Klassieker) と呼ばれる。プロ化した1956-57シーズンから2007-08シーズンまでの52回のリーグ戦で、アヤックス、PSV、フェイエノールトの3チームが48回の優勝を記録する完全な3強寡占のリーグ構造であった。それ以外のチームではDOS (1957-58) 、スパルタ・ロッテルダム (1958-59) 、DWS (1963-64) 、AZ (1980-81) の計4回にとどまり、1981-82シーズンからの27シーズンは3強による優勝の独占が続いた。
しかし、ボスマン判決によって1996年以降は他国リーグの青田買いの対象となり、各国の代表選手達が次々と他国リーグへ移籍。3強も例外ではなく主力選手の流出で戦力低下を余儀なくされて、リーグの地盤沈下を招いた。
2000年代に入ると、アヤックスやPSVが海外での選手発掘によって戦力の底上げに成功してUEFAチャンピオンズリーグでの活躍で復活を印象づけたのに対して、フェイエノールトは2002年のUEFAカップ制覇を境に経済的に弱体化。一方で、AZやFCトゥウェンテなどのチームが徐々に力をつけて上位陣に定着、2008-09シーズンにはAZが28年ぶり2度目の優勝、2009-10シーズンにはFCトゥウェンテがチーム創設以来初のリーグ優勝を果たした。
このためかつての圧倒的優位を失ったトップ3は伝統的なトップ3との意味で"トラディツォネール・トップ3"と呼ばれているが、現在でもクラブ規模の面では依然群を抜いた存在であり、地方クラブがこの3クラブを追い抜く事は不可能に近い(PSVも地方クラブであるが、例外的にフィリップスのスポンサーシップと過去の成績から国外で高い知名度を得ることに成功した)。AZは後にスポンサーの銀行が破産し経済力が大きく低下、代わりに外国資本によって買収されたフィテッセが財政面での力を付け(実質的には赤字経営だがオーナーが補填)、財政面で危機を脱したフェイエノールトがトップクラブを夢見て運営に失敗したトゥエンテの予算規模を再び抜いている。
2019-20シーズン、世界中で猛威を振る新型コロナウイルス感染症の影響を受けるオランダでは、4月にマルク・ルッテ首相が9月までのプロフットボールをはじめとしたイベント開催の禁止を発表した。これを受け、1956年のエールディヴィジの歴史において史上初めてリーグ打ち切りが決定した。
リーグ再編問題
2021年3月16日、ベルギープロリーグの総会でリーグ戦の将来について検討を行い、ジュピラー・プロ・リーグとエールディヴィジを統合して「BeNeLiga(ベネリーガ)」の創設に向けて全会一致で合意したことを発表した[2]。
歴代大会結果
クラブ別優勝回数
- エールディヴィジ移行後
回数 | クラブ |
---|---|
28 | アヤックス |
21 | PSV |
10 | フェイエノールト |
2 | AZ |
1 | スパルタ・ロッテルダム, トゥウェンテ, DWS, DOS |
都市別優勝回数
回数 | 都市 | クラブ |
---|---|---|
アムステルダム | アヤックス (28), DWS (1) | |
アイントホーフェン | PSV (21) | |
ロッテルダム | フェイエノールト (10), スパルタ・ロッテルダム (1) | |
アルクマール | AZ (2) | |
エンスヘデ | トゥウェンテ (1) | |
ユトレヒト | DOS (1) |
連覇記録
- 4連覇
- PSV (1985-86, 1986-87, 1987-88, 1988-89)
- PSV (2004-05, 2005-06, 2006-07, 2007-08)
- アヤックス (2010-11, 2011-12, 2012-13, 2013-14)
歴代得点王
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国際大会での戦績
- 2021-22シーズン終了時点
- UEFAチャンピオンズリーグ優勝 : 6回
- アヤックス (4回)
- フェイエノールト (1回)
- PSVアイントホーフェン (1回)
- UEFAチャンピオンズリーグ準優勝 : 2回
- アヤックス (2回)
- UEFAヨーロッパリーグ優勝 : 4回
- フェイエノールト (2回)
- PSVアイントホーフェン (1回)
- アヤックス (1回)
- UEFAヨーロッパリーグ準優勝 : 3回
- UEFAヨーロッパカンファレンスリーグ準優勝 : 1回
- フェイエノールト (1回)
- UEFAカップウィナーズカップ優勝 : 1回
- アヤックス (1回)
- UEFAカップウィナーズカップ準優勝 : 1回
- アヤックス (1回)
- UEFAスーパーカップ優勝 : 3回
- アヤックス (3回)
- UEFAスーパーカップ準優勝 : 3回
- アヤックス (1回)
- フェイエノールト (1回)
- PSVアイントホーフェン (1回)
- インターコンチネンタルカップ優勝 : 3回
- アヤックス (2回)
- フェイエノールト (1回)
- インターコンチネンタルカップ準優勝 : 1回
- PSVアイントホーフェン (1回)
歴代選手
出場数トップ10
- 2019-20シーズン終了時点
ランク | 選手 | 出場数 |
---|---|---|
1 | ピム・ドゥースブルグ | 687 |
2 | ヤン・ヨングブルート | 683 |
3 | ピート・シュライフェルス | 575 |
4 | サンデル・ボスフケル | 560 |
5 | エディ・トライテル | 553 |
6 | ヴィリー・ファン・デル・カイレン | 533 |
7 | ダニー・ブリント | 521 |
8 | エドワート・メホト | 519 |
9 | アート・マンスフェルト | 503 |
10 | ヴィレム・ファン・ハネヘム | 488 |
太字 は現役選手[3] |
得点数トップ10
- 2019-20シーズン終了時点
ランク | 選手 | 得点数 | 出場数 |
---|---|---|---|
1 | ヴィリー・ファン・デル・カイレン | 311 | 533 |
2 | ルート・へールス | 265 | 393 |
3 | ヨハン・クライフ | 215 | 308 |
4 | キース・キスト | 212 | 372 |
5 | トニー・ファン・デル・リンデン | 205 | 323 |
6 | ヘンク・フロート | 196 | 283 |
7 | ピーター・ハウトマン | 180 | 330 |
8 | シャーク・スワルト | 176 | 463 |
9 | レオ・ファン・フェーン | 174 | 491 |
10 | コル・ファン・デル・ハイプ | 160 | 214 |
太字 は現役選手[4] |
主な日本人選手
1982年に望月達也がHFCハーレムにアマチュア契約で入団し、日本人選手初のエールディヴィジデビューを果たした[5]。
2001年に小野伸二がフェイエノールトに加入し、日本人選手としてエールディヴィジ初ゴール(2部では小倉隆史が記録)やチームのUEFAカップ優勝に貢献。5シーズン在籍して112試合出場19得点をマークし[5]、エールディヴィジで最も優れたアジア人選手とオランダメディア『elfvoetbal』は伝えている[6]。
2008年には本田圭佑がVVVフェンローに加入。1年目にチームは2部へ降格してしまうが、2部ではキャプテンとしてチームの昇格に貢献し、2部の年間最優秀選手賞を受賞。本田の活躍もあり、VVVには吉田麻也やカレン・ロバート、大津祐樹など日本人選手が続けて所属した[5]。
2010年代ではハーフナー・マイクがオランダ2クラブでプレーし、日本人選手最多となるエールディヴィジ通算51ゴールをマークしている[6]。2019年には堂安律がFCフローニンゲンからPSVアイントホーフェンに移籍した。
シーズン別大会名
- Eredivisie (1956–1990)
- PTT-Telecompetitie (1990–1999)
- KPN-Telecompetitie (1999–2000)
- KPN Eredivisie (2000–2002)
- Holland Casino Eredivisie (2002–2005)
- Eredivisie (2005–現在)
脚注
- ^ “Netherlands 1956/57”. RSSSF. 2013年10月12日閲覧。
- ^ “ベルギーリーグがオランダとの合併に全会一致で賛成、「BeNeLiga」が誕生か”. ヤフーサッカー (2021年3月17日). 2021年3月18日閲覧。
- ^ http://www.ererat.nl/asp/ererat_speler.asp?report=11&van=1956&tot=2099&clubid=&wie=&natioid=
- ^ http://www.ererat.nl/asp/ererat_speler.asp?report=2&sortitem=0&sortdir=-1&van=1956&tot=2020&clubid=-1&wie=1&natioid=-1
- ^ a b c 若き日の小野や本田が放った輝き オランダで欧州“一歩目”を刻んだ日本人選手の系譜football-zone 2017年8月12日
- ^ a b 日本とオランダは最高の相性?現地メディアが考える歴代最高のアジア人選手とはゲキサカ 2018年3月23日
関連項目
外部リンク
- 公式サイト (オランダ語)