T-24 (戦車)
| T-24中戦車 | |
|---|---|
| 種類 | 中戦車 |
| 原開発国 | |
| 運用史 | |
| 配備期間 | 1930~1930年代末 |
| 開発史 | |
| 開発者 | V・O・マールィシェウ記念工場 |
| 製造期間 | 1930~1931年 |
| 製造数 | 25 |
| 諸元 | |
| 重量 | 18.5t |
| 全長 | 6.50m |
| 全幅 | 2.81m |
| 全高 | 3.04m |
| 要員数 | 5名 |
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| 装甲 | 8.5~20mm |
| 主兵装 | 20-K 45mm戦車砲 (弾薬:89発) |
| 副兵装 | 7.62mm DT機銃×4 |
| エンジン | M-6 250hp(190kw) |
| 行動距離 | 140km |
| 速度 | 25.4km/h |
T-24中戦車はソビエト連邦の戦車である。戦間期に開発されたソ連の単砲塔中戦車としては、少数ながらも唯一量産された。
目次 |
概要 [編集]
1930年頃に製作が始まり、プロトタイプであるT-12を経て1931年に完成する。当初は45mm戦車砲を搭載する予定はなく、1931年までは機銃のみで開発が進められていた。初期にはエンジントラブルに悩まされるも、試験の中である程度克服し、短期間ながら量産が行われた。
T-24は少数生産に終わったが、開発に携わったハリコフ(現ウクライナ・ハルキウ)のマールィシェウ工場は、後にT-34やT-54といったソ連を代表する中戦車や、冷戦後のウクライナの主力戦車であるT-84を開発する事になった。
性能 [編集]
天頂部などを除くと20mmの装甲厚を持ち、当時としては強力な45mm戦車砲を装備した事で、少なくともカタログスペック上は同時代の他国の戦車を圧倒していた。
しかし機械的信頼性の低さが付きまとったこと、そして主力戦車にBT系列の戦車が採用されたことで少数の生産に終わった。生産性は悪くなかったが、経済的な事情と開発の打ち切りが早かったことから大量生産に移れず、T-24そのものの開発は失敗と評価されている。
生産されたT-24は訓練に供された他、軍事パレードにも利用されたが、実戦投入には及んでいない。
砲兵トラクターとして [編集]
生産台数は決して多くないT-24だが、シャーシを利用した砲兵トラクターが生産されている。これらはソ連における最初の本格的な砲兵トラクターとなり、T-24そのものとは異なり実戦投入に至った。
これらは冬戦争後半から労農赤軍の基本戦術となる火力集中戦法に大きく貢献し、コミンテルントラクターだけでも少なくとも2000台が生産されている。
ヴォロシロベッツトラクターはB-4 203mm榴弾砲などの重砲牽引の他、T-35のような重戦車牽引にも活用された。また日本国内においてもプラモデルなどで比較的身近にその存在に触れる事ができる。
参考 [編集]
外部リンク [編集]
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