SMK (戦車)

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SMK
SMK, August 1939.jpg
性能諸元
全長 9.60 m
全幅 3.20 m
全高 3.20 m
重量 45 t
懸架方式 トーションバースプリング
速度 32.2 km/h
行動距離 150 km
主砲 16.5口径76.2 mm戦車砲 ×1
副武装 42口径45 mm戦車砲 ×1
7.62 mm機関銃 ×3
エンジン BD-2、V12気筒ガソリンエンジン
400 馬力
乗員 7 名
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SMK重戦車とはソ連の試作多砲塔戦車。当初は3砲塔型として開発されたが、多砲塔戦車の効率の悪さをデパートになぞらえて批判したスターリンの言葉によって設計変更され、2砲塔型のSMKと、単砲塔のKV-1が開発されることとなった。本車のレイアウトは同時期のT-100重戦車に似ているが、全くの別設計である。なお、「SMK」という名称は1934年に暗殺されたソ連共産党レニングラード州委員会書記長セルゲイ・ミロノビッチ・キーロフにちなんだものである。

1939年冬戦争(第1次ソ連・フィンランド戦争)に1輌が投入され、その装甲は敵の対戦車砲に耐え抜いたが、雪溜りにはまり込んで(地雷または収束爆薬による肉薄攻撃による損傷説もあり)行動不能となり放棄の已む無きに至った。その後2ヶ月の間、地形と大重量のためフィンランド軍もこれを捕獲できず、またソ連軍は後にT-28中戦車を6輌も使って牽引、現場からの移動には成功したものの、結局そのまま輸送することは叶わず溶断して回収、その後SMK自体が不採用となりスクラップ化されてしまった。

SMK自体は失敗作であったが、これと同時に開発されていた単砲塔・装甲強化・軽量型であるKV重戦車は量産されることとなった。

側面写真


関連項目[編集]