T-80 (軽戦車)
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| 性能諸元 | |
|---|---|
| 全長 | 4.285 m |
| 全幅 | 2.500 m |
| 全高 | 2.175 m |
| 重量 | 11.6 t |
| 懸架方式 | トーションバー方式 |
| 速度 | 45 km/h |
| 行動距離 | 350 km |
| 主砲 | 46口径 45 mm戦車砲ZIS-19BM(94発) |
| 副武装 | 7.62 mmDT機関銃(1008発) |
| 装甲 | 砲塔前面35 mm 車体前面上部 45mm |
| エンジン | GAZ-203×2基 85+85 hp |
| 乗員 | 3名 |
T-80(ロシア語:Т-80 テー・ヴォースィェミヂェスャト)はソ連によって開発、運用された軽戦車である。T-70に替わる軽戦車として開発されたが、少数が限定的に生産されたのみに終わった。
目次 |
概要 [編集]
T-80はN.A.アストロフの戦車設計チームが開発したT-70M軽戦車の後継車両であり、T-70M軽戦車の砲塔を二人用の大型砲塔に換装したものである。
ソ連軍軽戦車共通の欠点である、小さな一人用砲塔による戦車長の負担の大きさを改善したもので、砲塔リングは大型化して車体上部からはみ出る形となった。武装はT-70と同じであったが、20度しか取ることの出来なかった主砲仰角が65度と大幅に大きくなった。主砲は後により強力なBT-42/43戦車砲への換装も計画されたが、実現していない。
この新型軽戦車は1943年秋、T-80として採用されたが、偵察用軽戦車の需要は既に配備されているT-70以下の旧型軽戦車やBA-10[1]といった装輪装甲車、レンドリース法により送られてくる英米の車輌によって満たされていた。このため新たな軽戦車の大量生産の必要はないとされ、わずか81輌が国営第40工場で生産されただけとなった。
T-90 [編集]
T-80と同じくT-70Mの砲塔を換装したものとして、オープントップの銃塔に12.7mm DshK重機関銃2挺を搭載したT-90軽戦車[2]が開発された。
当初、対空自走砲としてT-60の車体を用いる予定だったもので、後にベース車体がT-70に変更されたが、より強力なZSU-37[3]対空自走砲が採用されることとなり、試作に終わった。
脚注 [編集]
関連項目 [編集]
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