1号型ミサイル艇

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1号型ミサイル艇
Sparviero DN-ST-84-03940.jpg
タイプ・シップとされたイタリア海軍「スパルヴィエロ」
艦級概観
艦種 ミサイル艇
建造期間 1991年 - 1994年
就役期間 1993年 - 2010年
前級
次級 はやぶさ型ミサイル艇
性能諸元
排水量 基準:50トン
満載:60トン
全長 21.8m(水中翼降下時)
全幅 7.0m(水中翼除く)
深さ 3.5m
吃水 1.4m
機関 翼走用推進ウォータージェット1軸推進
石川島播磨重工業LM500 ガスタービンエンジン(4,000PS
1基
艇走用推進、スクリュープロペラ1軸推進
いすゞマリン製造製6BD1TC ディーゼルエンジン(130PS)
1基
速力 最大46ノット
定員 11名
武装 90式SSM 連装発射筒 2基
20mm機関砲 1門
チャフ6連装発射機 2基
センサー OPS-18対水上レーダー 1基
OPS-20航海レーダー 1基
ESM装置
言語 表記
日本語 1号型ミサイル艇
英語 NO.1 class PG

1号型ミサイル艇(いちごうがたみさいるてい、JMSDF PG NO.1 class)は、日本の海上自衛隊が整備した初のミサイル艇1993年から1995年までに3隻が建造された。

目次

[編集] 概要

海上自衛隊は魚雷艇の後継としてミサイル艇の整備を長年志向してきた。第4次防衛力整備計画(4次防)の180トン型PTHや160トン型PT改、昭和53年度策定中期業務見積もり(53中業)のPMX、56中業の250トン型PGなどがそれである。船型も水中翼艇や滑走艇、SES(表面効果船)など種々検討されたが、建造費の高額さ、冬季の日本海方面での耐航性、運用構想の確立など課題が多く、実現には四半世紀を要した。

本級はボーイング社の設計を元にイタリア海軍が導入したスパルヴィエロ(ソードフィッシュ)級をタイプシップとした全没型水中翼艇であり、速力46ノット自衛艦としては最速。水上打撃力に優れ、沿岸における哨戒、海上阻止戦力としての運用を企図して建造された。主兵装は国産の対艦誘導弾90式艦対艦誘導弾(SSM-1B))であり、発射筒を艦尾に装備する。遠隔操作型の20mm機関砲を前甲板に装備する他、対水上レーダーチャフ発射機、データ・リンク11などを装備する。

しかし、もともとが地中海を活躍の場とするイタリア海軍向けの設計であり、日本海の荒波で運用するには船型が小型に過ぎたと伝えられる。このため当初は18隻を建造する計画であったが、冷戦終結という状況の変化もあって結局3隻で建造は打ち切られ、より大型で滑走型船型のはやぶさ型に移行した。水中翼船型はハルボーンの低速帯とフォイルボーンの高速帯の2つの速度領域しかとれず、中間の速度域での作戦行動は構造上不可能である。このため本級の設計時には想定されていなかった不審船追跡などには使いにくく、次のはやぶさ型を滑走型船型とするにあたっては、この点も考慮されたものと思われる。

このように決して成功作とは言えない本級であるが、フォイルボーン時の姿には他の艦艇にはまねのできない迫力・魅力があり、広報展示訓練などの花形となっていた。

2008年6月6日付で1号(PG-821)と2号(PG-822)が除籍され、残る3号(PG-823)は2010年6月24日に除籍された。

[編集] その他

建造は、球形のクレイドル内でアルミ船体溶接作業がしやすい方向に随時回転させながら行われた。このクレイドルの作成などへの資金投下は、同型艇5隻以上の受注をベースに考えられたとも言われ、造船所は3隻での建造打ち切りにより、少なからぬ打撃を受けたと言われる。

運用面では、艇内に給食設備がないことなどから、遠距離の移動は陸上をトラックで移動する陸上支援部隊が随伴する形で行われる。相模湾で実施される自衛隊観艦式に参加した際には、航続距離と陸上支援部隊の移動速度により、母港の余市港から横須賀港までは数日かけての移動となった。

船体の重量軽減のため、アルミニウムの板厚を極限まで切り詰めたため、航空機と同様に歩行可能帯の表示がある。

[編集] 誤射事件

2006年9月5日19時20分頃、青森県むつ市の海上自衛隊大湊基地に停泊していたミサイル艇3号が20mm機関砲の作動確認中、実弾4発、曳光弾2発、訓練弾4発、計10発を誤射した。基地内の倉庫、基地外の樹木に被弾痕が確認されたが人的被害、民家への被害はなかった。

海上自衛隊では、事故の原因などについて調査した上、同年12月6日に関係者の懲戒処分が行われた。指揮監督義務違反により、大湊地方総監が訓戒、余市防備隊司令が戒告、第1ミサイル艇隊司令が減給、職務上の注意義務違反により、ミサイル艇3号艇長、同砲雷長、同射管員及び同射撃員が停職処分を受けた(職名はいずれも事件当時)。

事故原因は、同日に日本海で行われた射撃訓練後に撃ち残した弾があったにもかかわらず、撃ち尽くしたと臆断して残弾の確認を怠り、抜弾を行わないまま機関砲の作動確認を行った、人為的ミスによるもの。

[編集] 同型艦

全艇とも神奈川県横須賀市浦賀町住友重機械工業追浜造船所浦賀工場で建造。なお同工場は2003年3月に閉鎖されているが、前述の生産用クレイドルなどは横須賀製造所(旧称追浜造船所)に移された可能性がある。

艦名 艦番号 建造 起工 進水 竣工 除籍
ミサイル艇1号 PG-821 住友重機械工業
追浜造船所
浦賀工場
1991年
(平成3年)
3月25日
1992年
(平成4年)
7月17日
1993年
(平成5年)
3月22日
2008年
(平成20年)
6月6日
ミサイル艇2号 PG-822
ミサイル艇3号 PG-823 1993年
(平成5年)
3月8日
1994年
(平成6年)
6月15日
1995年
(平成7年)
3月13日
2010年
(平成22年)
6月24日

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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