11号型魚雷艇

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11号型魚雷艇
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艦級概観
艦種 魚雷艇
艦名 計画順に11号からの連番
建造者 {{{建造者}}}
運用者 {{{運用者}}}
建造期間 {{{建造期間}}}
就役期間 {{{就役期間}}}
同型艦 {{{同型艦}}}
前級 10号型魚雷艇
次級 なし
主要諸元
排水量 基準 100トン
全長 35.0メートル (114.8 ft)
全幅 9.2メートル (30 ft)
吃水 1.2メートル (3.9 ft)
深さ {{{深さ}}}
機関 三菱24WZ-31MCディーゼル ×2基
石川島播磨重工業IM-300ガスタービン ×2基
10,500~11,000ps スクリュー ×3軸
機関出力 {{{機関出力}}}
電力 {{{電力}}}
速力 40ノット
燃料 {{{燃料}}}
航続距離
潜航深度 {{{潜航深度}}}
乗員 28名(11号~14号)
26名(15号)
搭載量 {{{搭載量}}}
装甲 {{{装甲}}}
兵装 533mm魚雷発射管HO-101B ×4門
ボフォース 40mm単装機関砲 Mk.3 ×2基
艦載機 {{{艦載機}}}
搭載総数 {{{総艦載機数}}}
艦載艇 {{{艦載艇}}}
C4I {{{C4I}}}
レーダー OPS-13(対水上)
ソナー {{{ソナー}}}
電子戦
対抗手段
{{{電子戦}}}
特殊装備 {{{特殊装備}}}
その他 {{{その他}}}

11号型魚雷艇(じゅういちごうがたぎょらいてい、JMSDF PT No.11 class)は日本海上自衛隊がかつて保有した魚雷艇1971年から1975年までに5隻が建造された。

目次

[編集] 開発

それまで建造された小型(丙型)駆潜艇としての海上自衛隊の魚雷艇3タイプ6隻は、いずれも小型すぎて航洋性、凌波製に難があった。7号型魚雷艇は基準排水量が100トンと増加したが、キャビテーションに悩まされ、しかも主機の国産ディーゼルエンジンYV20Zは高速救難艇に用いられていた中古のパッカードエンジンよりも整備性に劣り、全艇が揃って稼動したのは昭和34年度の1年のみという始末であった。海上自衛隊は、第1次防衛力整備計画の最終年度である昭和35年度にこれらの使用実績に基づいて、7号型の最高速度35ノット以上でもキャビテーションが発生しないソナードームを開発する名目で、10号型魚雷艇を建造した。10号型は、英ナピア社製エンジンを搭載し、それまでの魚雷艇がソナーを用いた対潜攻撃を重視していたのに対し、対水上レーダーや対水上艦高速魚雷の装備など、水上戦を重視したタイプとなった。また、軽合金を多用したことで軽量化が図られ、それまでの魚雷艇に比べて2倍以上の航続力を持ち、航洋性は格段に改善された。10号型の運用実績は良好であったが、第2次防衛力整備計画では魚雷艇を含む高速艇の建造は見送られた。

その後、ディーゼルエンジンもYV20Zを改良した高出力の24WZが1962年3月に完成。船体、機関ともに高速艇装備の目途が立ち、第3次防衛力整備計画で魚雷艇7隻の建造が計画され、最終的に3隻が建造された。

[編集] 構造

[編集] 船体

船体は、構造の簡易化と強度増加の為に日本で初めて軽合金の押出型材を多用し、接合には突合せ溶接が用いられた。船底は10号型と異なり、高速6号型高速救難艇でテストされ、高速航行時の安定性に優れたディープV船型を採用。艦橋は高速航行時の衝撃が最も少ない船体のやや後ろ側に配置された。居住区は船体前部に科員居住区が、中部右舷側に士官室があり、船体が小型なだけあっていずれも寝室と食堂を兼ねる。

[編集] 駆動系

スクリューは3軸で、ディーゼルエンジンで左右の軸を駆動し、ガスタービンエンジンで中央の軸を駆動する。18ノットまでは両舷のディーゼルエンジンで航行し、中央軸は遊転させておくが、19ノット以上の高速航行時は中央軸のガスタービンエンジンも駆動することで40ノットの最高速度を発揮する。ガスタービンエンジンであるIM-300は、航空機用エンジンであるT64を転用したもので、2基のエンジンは減速機を介して1軸を駆動する。

主機の操縦は通常艦橋後方の操縦室で行なわれるが、艦橋でも起動以外の制御は可能。14号と15号は機関監視装置にデータ・ロガーを採用したことで省力化され、乗員が2名減少している。

[編集] 兵装

主兵装の魚雷発射管は、5つの管をボルトで固定した上に、発射口前方に滑走座を有するHO-101Bで、直径533mmの72式I型魚雷を圧縮空気で発射する。72式I型魚雷は無誘導で、水上艦やシュノーケル使用中の潜水艦に対して用いられる。各発射管の発射は艦橋から管制することが可能。

機関砲は強力なボフォース40mm単装機関砲 Mk.3を艦橋前後に配置した。管制レーダーや射撃管制装置は一切装備しておらず、索敵・照準は目視で行ない、操砲・発射・装填も人力で行なうが、開放式の砲架なので、砲手は波風を直に被りながら操作する必要がある。

[編集] 運用

それまでの魚雷艇の集大成ともいえる型で、第3次防衛力整備計画で3隻が建造され、第4次防衛力整備計画でも13隻が建造されて日本海に重点配備される予定だったが、ガスタービンエンジンの搭載が10号型魚雷艇の2倍以上という船価の高騰を招き、また日本海のような荒い洋上では小型艇の運用が制限されやすかったために、結局2隻だけが追加建造され、第1魚雷艇隊(定係港:余市港)に2隻、第2魚雷艇隊(定係港:舞鶴港)に3隻が配備された。

それまでの海上自衛隊の魚雷艇が性能不足で10年も経たずに特務艇に編入されていたのに対し、本級は20年ちかく運用され、老朽化のため1990年~1994年に退役した。海上自衛隊初の量産魚雷艇となった本級だが、本級をもって海上自衛隊の魚雷艇の系譜は途絶えることになった。

[編集] 同型艦

全艇とも三菱重工業下関工場で建造。

艦名 艦記号・番号 進水 竣工 除籍
魚雷艇11号 PT-811 1970年3月17日 1971年3月27日 1990年11月28日
魚雷艇12号 PT-812 1971年12月7日 1972年3月28日 1991年10月4日
魚雷艇13号 PT-813 1972年7月28日 1972年12月16日 1991年10月4日
魚雷艇14号 PT-814 1973年7月10日 1974年2月15日 1993年3月22日
魚雷艇15号 PT-815 1975年1月10日 1975年7月10日 1994年10月14日

[編集] 参考文献

  • 石田正俊「海上自衛隊の高速艇」『世界の艦船』165集 海人社 1971年
  • 「魚雷艇11号型の全貌」 『世界の艦船』406集 海人社 1994年

[編集] 関連項目

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