行方尚史

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 行方 尚史 八段
名前 行方 尚史
生年月日 1973年12月30日(40歳)
プロ入り年月日 1993年10月1日(19歳)
棋士番号 208 
出身地 青森県弘前市 
師匠 大山康晴 
段位 八段
戦績
一般棋戦優勝回数 2回
2013年8月13日現在

行方 尚史(なめかた ひさし、1973年12月30日 - )は、将棋棋士。棋士番号208。青森県弘前市出身。大山康晴十五世名人門下。

棋歴[編集]

小学6年時代の1985年の春、第10回小学生将棋名人戦で3位入賞。この大会で優勝したのが野月浩貴木村一基がベスト8[1]

将棋修行のため、小学校卒業と同時に12歳で単身上京。中学生時代には、学校の教師や下宿先で奨励会員という立場を理解してもらえず、バカにされたり罵倒されるなど苦い経験を持つ。

1993年、19歳で四段昇段(プロ入り)。このとき、マスコミのインタビューで「羽生さんに勝っていい女を抱きたい。」と発言し、話題となった[2]

プロ入りから間もない、初参加の第7期竜王ランキング戦6組(1993-1994年)で優勝。6組とはいえども、準々決勝で破った相手は、前年にタイトルを獲得した郷田真隆であった。さらに、佐藤康光竜王への挑戦権を争う本戦トーナメントでも、深浦康市森内俊之南芳一米長邦雄といった強豪をなで斬りにする快進撃。ついに羽生善治との挑戦者決定三番勝負まで進む。三番勝負は、0-2で敗退。ちなみに、羽生はこの期に佐藤から竜王を奪取し、六冠王となっている。

第8期(1994-1995年)の竜王ランキング戦5組でも、決勝で郷田を破って優勝し、昇段規定「竜王ランキング戦2回連続優勝」により五段に昇段した。これは同規定の初の適用であり、その後もこの規定で昇段したのは、行方のほかに木村一基しかいない[3]。決勝トーナメントでは1勝にとどまる。

1995年、テレビ棋戦の早指し新鋭戦で優勝。1995年度将棋大賞の新人賞を受賞。

第13期(1999-2000年)竜王戦2組において3位決定戦を制し、初の1組入りを決める。

2004年度のB級1組順位戦の対中川大輔七段戦で、持将棋千日手による2度の指し直しで合計23時間(午前10時開始、翌日午前9時15分終局)不眠で将棋を指し続け、結果、勝利を収めている。同年、第55期王将戦リーグ入り。

2006年度のB級1組順位戦2位の成績により、2007年4月にA級八段となる。

2008年2月9日、同年度新設された朝日杯将棋オープン戦で優勝し、全棋士参加棋戦での初優勝を果たす。これは、A級順位戦で1期在籍のみでの降級が決定して間もない頃のことであった。

2013年1月10日、第71期順位戦B級1組11回戦で勝利し、10勝0敗で2局残して、A級復帰を決める。

2013年5月29日、第54期王位戦挑戦者決定戦で佐藤康光九段を破り挑戦権を獲得、遂に念願のタイトル初挑戦であったが、羽生善治を相手に1勝4敗で敗退した。

棋風[編集]

居飛車党。粘り強い棋風である。

人物[編集]

  • 左利き。
  • 音楽ではロックンロール好きで、アーティストではthee michelle gun elephant(以下「ミッシェル」)や中村一義レディオヘッドナンバーガールなどが好み。特にミッシェルについては活動中は足繁くライブに通った程のファンである[4]。20代の頃には「あと4歳若かったら絶対ミュージシャンになってた」とインタビューで語ったこともある[5]
  • 食べるのが遅く食事に時間がかかる傾向がある。自ら「実際僕以上に食べるのが遅い人間にお目にかかったことがない」と語るほど[4]
  • 熱くなりやすい性格で、不本意な対局になると拳で鞄を何度も殴りつけることがある[要出典]
  • 遅刻癖がある。2003年2月に引退間際の米長邦雄永世棋聖と対局した際には対局開始時刻に30分遅刻し、米長を含む関係者を呆れさせた[6]2007年4月に、作家の団鬼六が行方の八段昇段を祝い花見船を出した際も、主賓の立場でありながら出発時刻に遅刻したため団を呆れさせている[6]
  • 将棋世界』1998年4月号から1999年3月号まで自戦記を連載していた。若者らしく率直な語り口であった。
  • 棋士の中でも、ファッションセンスのあることで有名。ポール・スミスなどを好んで着ている。
  • その純粋ながらも多面体の人物像は皆に愛されており、女流棋士の清水市代からも「なめちゃん」の愛称で呼ばれている[7]。行方の人間性に触れたエッセーも多い[要出典]
  • 2009年2月、行方が著者とされた「一人で学べる! 強くなる将棋入門(ISBN 978-4-537-20726-2)」が日本文芸社から刊行された。しかし実際には行方は全く関与しておらず、内容面においても行方の棋譜の無断使用、ずさんな解説を行ったということが行方本人の日本文芸社に対する問い合わせをきっかけとして発覚し、絶版となった。この事件について、『週刊将棋』2011年2月2日号18面広告欄と『将棋世界』2011年3月号215ページ広告欄においてその旨と謝罪文を記載した文章が日本文芸社によって掲載された。
  • 2011年12月に結婚[8]

昇段履歴[編集]

主な成績[編集]

タイトル挑戦[編集]

  • 王位 1期(第54期 - 2013年度)
挑戦回数 1回

棋戦優勝[編集]

優勝合計 2回

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

将棋大賞[編集]

  • 第23回(1995年度) 新人賞
  • 第26回(1998年度) 勝率一位賞

脚注[編集]

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  1. ^ 木村一基七段に聞く - NIKKEI 将棋王国(日本経済新聞)
  2. ^ 後に行方は「あの発言はマスコミに(煽られて)言わされてしまった」と述懐している。
  3. ^ この昇段は、竜王戦の規定による昇段の条件(の一つ)が「竜王ランキング戦2回連続優勝」から「竜王ランキング戦2回連続昇級」へ緩和される前に達成された、難易度の高い昇段である。
  4. ^ a b 別冊宝島440『将棋これも一局読本』(宝島社、1999年)pp.114 - 119
  5. ^ 別冊宝島380『将棋王手飛車読本』(宝島社、1998年)pp.144 - 153
  6. ^ a b 行方尚史八段祝賀さくら船(後編) - 将棋ペンクラブログ・2013年4月29日
  7. ^ BS-2囲碁・将棋ジャーナル』にて、将棋司会が清水、ゲストが行方で、双方共に登場時。
  8. ^ 行方尚史八段結婚式 - パラダイスな毎日(恩田菜穂公式ブログ)・2011年12月7日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]