二歩
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二歩(にふ)は、成っていない歩兵を2枚同じ縦の列(筋)に配置することはできないという、将棋の禁じ手である。
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[編集] 概要
すでに歩兵が配置されている筋に持ち駒から歩兵を打つことができない、というルールである。成った歩兵、すなわちと金のある筋に歩兵を打つことは認められており、禁じ手ではない。
禁じ手として二歩をすると反則負けとなる。しかし、二歩を指しても誰も気づかず、そのままどちらかが投了してしまった場合、その二歩によって定まる勝敗より、投了によって定まった勝敗が優先となり、判定は覆らない(全ての反則は投了優先)。
初めて成文化したのは二代大橋宗古である。
二歩が禁止になった理由は王将の周りの駒を剥ぎ取って行く将棋では、このルールがないといくらでも王将の周りを歩で固められて勝負がつかないからのようである。[要出典]また、飛車先の歩先に歩を打つことができると優劣がはっきりしすぎるために面白くなくなるという理由も指摘されている[1]。
将棋の反則の中では特に起こりやすく、プロの対局においてさえしばしば発生する。自陣で追いつめられ前の方の歩に気付かず思わず合駒してしまう、敵陣で相手を攻めるのに夢中になりしばらく前に打っていた自陣深くの歩を見落とす、敵陣に打ち込んで不成のまま放置していた歩に気付かない、などの状況でうっかり打ってしまうことが多い。特に持ち時間の少ない早指し戦などでは十分に気を付ける必要がある。
棋戦ではNHK教育テレビで放送されたNHK杯テレビ将棋トーナメントで、2004年6月20日放送の豊川孝弘六段 対 田村康介五段戦(豊川六段の二歩)、2005年4月24日放送の先崎学八段 対 松尾歩五段戦(段位は当時、松尾五段の二歩)で注目された。それ以外の対局でも普段から時々起こっており、1977年から2005年までに公式戦での二歩は44回起こっている[2]。
アマチュアの対局であっても、公式な大会では二歩を打った時点で即時負けとされることが多い。一方将棋ソフトやネット将棋では禁手であることを指摘されるだけ(指すことができない)である。
[編集] 二歩の例
| 年 | 棋戦 | 二歩を指した棋士 | 対局相手 | 手番 |
|---|---|---|---|---|
| 1977年 | 関屋喜代作 | 青野照市 | ||
| 1980年 | 有吉道夫 | 森安秀光 | ||
| 1982年 | 米長邦雄 | 島朗 | ||
| 1985年 | 淡路仁茂 | 島朗 | ||
| 1986年 | 順位戦 | 淡路仁茂 | 石田和雄 | 145手目 7二歩 |
| 1988年 | 二上達也 | 西村一義 | ||
| 1992年 | 順位戦 | 所司和晴 | 石川陽生 | 131手目 8二歩 |
| 1997年 | 淡路仁茂 | 矢倉規広 | ||
| 1998年 | 銀河戦 | 山崎隆之 | 佐伯昌優 | 94手目 4一歩 |
| 2004年 | NHK杯 | 豊川孝弘 | 田村康介 | 109手目 2九歩 |
| 2004年 | 順位戦 | 田中寅彦 | 中村修 | 142手目 5三歩 |
| 2004年 | 棋聖戦 | 山崎隆之 | 小林裕士 | 87手目 3三歩 |
| 2005年 | NHK杯 | 松尾歩 | 先崎学 | 98手目 3六歩 |
| 2006年 | 棋聖戦 | 室岡克彦 | 瀬川晶司 | 54手目 7一歩 |
| 2006年 | 順位戦 | 小林健二 | 小倉久史 | 149手目 9二歩 |
| 2007年 | 日本シリーズ | 郷田真隆 | 佐藤康光 | 117手目 9六歩 |
[編集] 詰将棋における二歩
詰将棋では二歩を主題とする問題がある。禁じ手であるため手順中に二歩が現れることはないが、将来の二歩を予防するために歩を捨てる、相手方に二歩の制約を与えるために取れる歩をわざと取らない、などが解答の鍵となっている問題である。
「禁じられているのは二歩を『打つ』ことであって、二歩が『存在する』ことは禁じられていない」という論理のもと、初形で二歩が登場する問題も作られているが[3]、フェアリーの領域にとどまる。
[編集] 例題
図1は▲1四香、△2四玉、▲2五歩、△1五玉、▲2六金、△同飛、▲1六歩、△同飛、▲2七桂まで9手詰。1手目で▲1四歩とすると7手目の▲1六歩が二歩になるため、▲1四香の不利先打で解決する。
図2は▲3五角、△2六桂、▲同角、△同玉、▲1八桂、△2五玉、▲2七龍、△1四玉、▲3二角、△1三玉、▲2三龍(角成)まで11手詰。2手目に歩合ならば取られても詰まないが、歩合に対しては▲3九角(図3)で2八に歩合ができない(攻め方は金銀香のいずれかを入手できる)ので詰む。
[編集] 歴史
二歩を主題とする詰将棋を初めて作ったのも二代大橋宗古であり、「象戯図式」(1636年 俗称「将棋智実」)第1番が1号局である。
図4から進めて図5のとき、▲2六歩、△2四玉、▲2五歩、△同玉として2七の歩を取り除き、将来の二歩を予防する。以下▲1七桂、△2四玉、▲1五馬、△同歩、▲2五歩(図6)となり、歩を取り除いた効果が現れる。
(図4は▲2一金、△1三玉、▲2二銀、△2四玉、▲2五金、△同玉、▲2六歩、△2四玉、▲2五歩、△同玉、▲1七桂、△2四玉、▲1五馬、△同歩、▲2五歩、△1四玉、▲2六桂まで17手詰)
なお、二歩禁の規則自体はこれ以前の詰将棋にも適用されており、例えば初代大橋宗桂の「象戯造物」(1602年 伝慶長版)の第45番は、玉方が二歩の合駒をすれば詰まない。
[編集] 脚注
- ^ 谷川浩司『将棋新理論』(河出書房新社)、1999年6月、ISBN 9784309721835、p.9
- ^ 2006年1月3日 NHK衛星第2放送「大逆転将棋2006」
- ^ 初形に「二歩」がある作品(詰将棋マニアックス)

