将棋のアマチュア棋戦

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将棋のアマチュア棋戦(しょうぎのアマチュアきせん、アマチュアの将棋大会)について説明する。

将棋

概要[編集]

参加資格[編集]

主要なオープン棋戦(個人戦)[編集]

上記の参加資格を満たすものは誰でも参加できる棋戦である。

オープン棋戦のうち下表の6大会の優勝者(支部名人戦の場合は東西決戦の勝者)は、優勝から1年以内に希望すれば奨励会三段リーグ編入試験を受験できる(2007年からの制度)。

あるいは、学生名人戦、学生王将戦も含む8大会の優勝・準優勝の経験者は、奨励会の初段受験ができる(1997年からの制度)。

また、参加の権利を得たプロ棋戦でプロを相手に相当の活躍をすれば、プロ編入の道がある。

主要な個人戦6大会
大会名 優勝者の称号(通称) 決勝 プロ棋戦への参加
アマチュア竜王戦 アマ竜王 6月 竜王戦6組出場4名
全日本アマチュア将棋名人戦 アマ名人 9月 棋王戦出場1名
全国アマチュア王将位大会 アマ王将 12月 銀河戦出場2名
全国支部将棋対抗戦・個人戦 支部名人 4-5月
朝日アマ将棋名人戦 朝日アマ名人 5-6月 朝日杯将棋オープン戦出場9名[1]
しんぶん赤旗全国囲碁・将棋大会 赤旗名人 11月 新人王戦出場1名

これら6大会の歴代優勝者は、末尾の主要な個人戦の歴代優勝者一覧 を参照。


アマチュア竜王戦[編集]

読売新聞社・日本将棋連盟共催の大会。「読売アマ将棋日本一決定戦」を発展させる形で始まった。本戦のベスト4以上はプロ竜王戦6組への出場資格を得る。

例年1月から5月にかけて都道府県単位で予選が行われ、6月に代表者56名による本戦が行われる。本戦の予選リーグはアマ名人戦同様、14組4名ずつによる2勝勝ち抜き制となる。ただし3回戦は同一ブロックではなく、1勝1敗となった全員を再度抽選して対戦相手を決める。

優勝1回でアマ七段、第19回以降の大会での優勝通算3回でアマ八段が授与される。

全日本アマチュア名人戦[編集]

日本将棋連盟主催、全国地方新聞社後援、共同通信社協賛で行われる大会。本戦の優勝者はプロ棋王戦予選への出場資格を得る。

例年1月から6月にかけて都道府県単位で予選が行われ(複数の代表が選出される地区もある)、8月ないし9月に予選勝ち抜き者と前年度のアマ名人などによる64名で本選が行われる。本戦は4名ずつ16ブロックに分かれた予選リーグと本戦トーナメントからなる。予選リーグは2勝勝ち抜き制で、

  1. 1回戦として2名ずつが対局。
  2. 2回戦として1回戦の勝者同士、敗者同士が対局。2連勝した者は勝ち抜け、2連敗した者は予選敗退。
  3. 3回戦として2回戦で1勝1敗になった者同士が対局。勝者が勝ち抜け。

という形で行われる。

決勝は、NHK教育テレビで放送される(録画)。

優勝3回でアマ七段位が授与される。

全国アマチュア王将位大会[編集]

日本将棋連盟主催、囲碁・将棋チャンネル後援の大会。本戦の優勝者と準優勝者は銀河戦本戦への出場資格を得る。

例年9月から10月にかけて地区単位で予選が行われ、12月に予選勝ち抜き者と招待選手(前年度の優勝者、他大会の優勝者)21名による本選が行われる。本戦の予選は前年度の優勝者を除く20名で行われ、

  1. 1回戦10対局
  2. 2回戦として1回戦の敗者同士の5対局

の勝ち抜き者と前年度の優勝者の16名による本戦トーナメントが行われる。 以前は毎日新聞が共催していた。

全国支部将棋対抗戦個人戦(支部名人戦)[編集]

日本将棋連盟主催の大会。参加できるのは、同連盟の支部会員および個人会員のみ。支部会員は所属支部のある都道府県予選、個人会員は居住地の都道府県予選に出場できる。最初に地区大会を行う都道府県もある。

朝日アマ名人戦[編集]

朝日新聞社主催の大会。朝日アマ名人と本戦ベスト8以上の9名が朝日杯将棋オープン戦の予選への出場資格を得る。

例年9月から12月にかけて予選が行われ、予選を勝ち抜いた32名によって本戦トーナメントが行われる。主要なアマチュア棋戦では唯一のタイトルマッチ形式であり、本戦の優勝者と前年度の朝日アマ名人が三番勝負を戦い、2勝した者が新たな朝日アマ名人となる。このため、他の大会に比べて連覇が発生しやすいという特徴がある。

第29期は、前年度朝日アマ名人(吉田正和)が奨励会入りしたため、本戦優勝者がそのまま朝日アマ名人となった。

しんぶん赤旗全国囲碁・将棋大会[編集]

しんぶん赤旗が主催する大会で「初心者から強豪までだれでも参加できる大会」をうたう。通称「赤旗名人戦」。優勝者は新人王戦への出場資格を得る。準優勝者は新人王と記念対局を行う。

例年8月から9月にかけて日本全国の250カ所以上で地区大会、10月に都道府県大会が行われ、11月に都道府県代表と招待選手計56名による全国大会予選リーグ(4名ずつの2勝勝ち抜き制)が行われ、勝ち抜き者28名による決勝トーナメントが行われる。

主要な個人戦の歴代優勝者一覧[編集]

色付きは、後に棋士(プロ)となった者。

朝日アマ名人戦以外の5棋戦では年度と決勝年が一致しているが、朝日アマ名人戦だけは、年度は決勝を行う年の前年とされている。たとえば、第1期朝日アマ名人戦は1977年度であるが、決勝は1978年である。

その他説明は、上述のオープン棋戦 を参照。

決勝年 支部名人
4-5月
朝日アマ名人
5-6月
アマ竜王
6月
アマ名人
9月
赤旗名人
11月
アマ王将
12月(11月)
優勝者 優勝者 優勝者 優勝者 優勝者 優勝者
1947年 1 坪井定一
1948年 2 北村文男
1949年 3 嶋田永信
1950年 4 山形義雄
1951年 5 平畑善介[2]
1952年 6 若林久雄
1953年 7 舟山正夫
1954年 8 上総雄二郎
1955年 9 津田昌宏
1956年 10 木村義徳
1957年 11 藤本正文
1958年 12 池田大助
1959年 13 南川義一
1960年 14 南川義一
1961年 15 若松政和
1962年 16 花園稔
1963年 17 白井米吉 1 中根憲博
1964年 18 加賀敬治[2] 2 杉本好一
1965年 19 土屋奏生 3 小島英雄
1966年 20 佐藤芳彦 4 松井耕次郎
1967年 21 沖元二 5 笠浪吉太郎
1968年 22 関則可 6 江里口達男
1969年 23 沖元二 7 長谷興民
1970年 24 松井耕次郎 8 桜井亮治
1971年 25 高野明富 9 小林正美
1972年 1 神保左公(東)
柳浦正明(西)
26 遠藤登喜男 10 松田隆
1973年 2 小林春穂(東)
柳浦正明(西)
27 花園稔 11 大木和博
1974年 3 渥美雅之(東)
中本光弘(西)
28 西沢章 12 高橋治雄
1975年 4 中村洋久(東)
塚田昭雄(西)
29 三上博司 13 若島正
1976年 5 中村匡志(東)
田中保(西)
30 芝稔 14 杉本好一
1977年 6 鈴木彊(東)
宮征雄(西)
31 小林純夫 15 中島務
1978年 7 安島正敏(東)
谷畑安彦(西)
1 大田学[2] 32 金盛吉美 16 沢村政明
1979年 8 金成憲雄 2 中村千尋 33 加賀敬治 17 谷沢正三
1980年 9 加地嘉信 3 中村千尋 34 小池重明[2] 18 都橋政司
1981年 10 北原義治 4 小林純夫 35 小池重明 19 久津世一
1982年 11 櫛田陽一 5 加部康晴 36 宮沢巧 20 中藤誠
1983年 12 野藤鳳優 6 加部康晴 37 菱田正泰[3] 21 大木和博
1984年 13 平野真三 7 加部康晴 38 田尻隆司[4] 22 横山公望 1 谷川俊昭[5]
1985年 14 大木和博 8 小林庸俊 39 田中保 23 松田隆 2 谷川俊昭
1986年 15 田中保 9 小林庸俊 40 中村洋久 24 大木和博 3 橋本喜晴
1987年 16 小野憲三 10 小林庸俊 41 古賀一郎 25 西川太二 4 鈴木英春
1988年 17 平野真三 11 野山知敬 1 田尻隆司 42 竹中健一 26 山田政司 5 鈴木英春
1989年 18 西澤玄章 12 野山知敬 2 金子タカシ[6] 43 宮本浩二 27 横山公望 6 天野高志
1990年 19 中西浩正 13 野山知敬 3 横山公望 44 天野高志 28 才田信之 7 奥村幸正
1991年 20 永森広幸 14 野山知敬 4 横山公望 45 菊田裕司[7] 29 楠本誠二 8 菊田裕司
1992年 21 遠藤正樹 15 野山知敬 5 中野博文 46 早咲誠和 30 北村公一 9 蛭川敦
1993年 22 西山実 16 天野高志 6 菊田裕司 47 鈴木純一 31 楠本誠二 10 菊田裕司
1994年 23 木村秀利 17 蛭川敦 7 青柳敏郎 48 鈴木純一 32 遠藤正樹 11 村田登亀雄
1995年 24 宮本浩二 18 蛭川敦 8 桐山隆 49 渡辺健弥 33 長岡俊勝 12 樋田栄正
1996年 25 桐山隆 19 蛭川敦 9 桐山隆 50 早咲誠和 34 嘉野満 13 北村公一
1997年 26 遠藤正樹 20 鈴木純一 10 渡辺健弥 51 桐山隆 35 嘉野満 14 宮本浩二
1998年 27 林隆弘 21 鈴木純一 11 早咲誠和 52 田尻隆司 36 山田政司 15 渡辺俊雄
1999年 28 小泉有明 22 山田敦幹 12 篠田正人 53 瀬川晶司 37 木村秀利 16 早咲誠和[8]
2000年 29 矢橋修 23 山田敦幹 13 吉澤大樹 54 開原孝治 38 木村秀利 17 松本誠
2001年 30 石井豊 24 山田敦幹 14 中藤誠 55 長岡俊勝 39 松尾哲也 18 武田俊平
2002年 31 桐山隆 25 山田敦幹 15 渡辺俊雄 56 早咲誠和 40 村田登亀雄 19 瀬川晶司[9]
2003年 32 早咲誠和 26 桐山隆 16 東野徹男 57 山田敦幹 41 村田登亀雄 20 清水上徹[10][11]
2004年 33 桐山隆 27 天野高志 17 加藤幸男 58 山田敦幹 42 秋山太郎 21 山田敦幹
2005年 34 武田俊平 28 吉田正和[12] 18 清水上徹 59 浅田拓史 43 鰐渕啓史 22 渡辺俊雄
2006年 35 遠藤正樹 29 加藤幸男[13] 19 今泉健司[14] 60 山田洋次 44 秋山太郎[15] 23 今泉健司
2007年 36 早咲誠和 30 加藤幸男 20 渡辺俊雄 61 清水上徹 45 武田俊平 24 山田洋次
2008年 37 古屋皓介 31 金内辰明 21 早咲誠和 62 小牧毅 46 下平雅之 25 中川慧梧
2009年 38 古屋皓介 32 清水上徹 22 秋山太郎 63 山﨑由太郎 47 加來博洋[16] 26 遠藤正樹
2010年 39 横山大樹 33 清水上徹 23 早咲誠和 64 井上徹也 48 加來博洋 27 山口直哉
2011年 40 桐山隆 34 清水上徹 24 稲葉聡[17] 65 今泉健司 中止[18] 28 今泉健司
2012年 41 早咲誠和 35 清水上徹 25 清水上徹 66 早咲誠和 49 長沢忠宏 29 今泉健司
2013年 42 吉岡大和 36 清水上徹 26 伊ヶ崎博 67 加來博洋 50 早咲誠和 30 今泉健司
2014年 43 水谷創 37 今泉健司 27 下平雅之 68 城間春樹 51 天野貴元 31
決勝年 支部名人
4-5月
朝日アマ名人
5-6月
アマ竜王
6月
アマ名人
9月
赤旗名人
11月
アマ王将
12月(11月)

その他のオープン棋戦[編集]

将棋アマチュア銀河戦 全国ケーブルテレビ局選抜将棋選手権大会[編集]

囲碁・将棋チャンネルと全国各地のケーブルテレビ局主催の大会。2011年に第1回CATV局選抜将棋選手権大会として開始され、ベスト4以上はアマチュア王将戦への出場資格を得る。2012年の第2回大会より、大会を真のアマチュア一流棋戦に育てるという目標のもと、メインタイトルを将棋アマチュア銀河戦に改称。この大会より優勝者と準優勝者は銀河戦本戦への出場資格を得る。2014年よりひかりTVが主催に加わり、将棋ウォーズで行われる「ひかりTV杯」が予選の一つとして開催される。

全国各地のケーブルテレビ局が開催する「各ケーブルテレビ局大会」及び「ひかりTV杯」の優勝者により、11月にネット予選(第3回までは将棋倶楽部24、第4回は将棋ウォーズでの開催)が行われ、勝ち抜いた上位者が東京・将棋会館で行われる全国大会に出場する。

平成最強戦[編集]

日本アマチュア将棋連盟が主催する大会。予選大会はない。 かつては1月に東京都、8月に大阪府と年に2度開催されていたが、現在は年に1回、8月に東京で行われている。レーティング選手権と違いA級、B級等のクラスはなく無差別級のみである。

2013年から「平成最強戦ジュニア」が新設され、こちらはA級、B級の他に女流戦もある。 尚、かつては大会当日にイベントとして1Dayトーナメント形式の「ミニ最強戦」が行われていたが現在は廃止。2014年大会より復活。

全国アマチュア将棋レーティング選手権[編集]

日本アマチュア将棋連盟主催の大会で、同連盟事務局のある三重県四日市市で開かれる。通称、全国「R」選手権。全国大会だが、優勝しても三段リーグ編入試験受験資格は得られない。

招待選手30人(同連盟公認レーティング2050点以上の希望者、定員になり次第締め切る)、ブロック大会(北海道・東北・関東・東京・北陸・東海・関西・中国・四国・九州・沖縄)を勝ち抜いた代表選手30人、四日市市で開かれる特別予選会を勝ち抜いたゲスト選手4人の計64人が対象。代表選手の交通費は主催者負担。スイス式トーナメント5回戦を行い、上位16人で決勝戦を実施する。 ベスト16まで賞金がある。

同時にA級戦(レーティング1950点~1601点で、2050点以上未到達者対象)、B級戦(レーティング1600点以下で、1750点未到達者対象)も行われる。かつてはC級戦があった時期もあり、ブロック大会を勝ち抜いた代表選手16人、特別予選会を勝ち抜いたゲスト選手4人の計20人が対象だった。現在はA級戦とB級戦のブロック大会が行われているのは東海地区のみである為、これらのクラスは当日の飛び入り参加も認められている。スイス式トーナメント4回戦で、いずれも3位まで賞金がある。公認レーティング対象で、交通費等は自己負担。

尚、日本アマチュア将棋連盟の主催であるが、同連盟の会員でなくともレーティング認定されてさえいれば誰でも予選に出場でき、勝ち抜けば会員と同様に代表の資格を得る事が出来る。また、上記A級戦及びB級戦への当日飛び入り参加も会員であるか非会員であるかに関わらず可能である。

グランドチャンピオン戦[編集]

上記の各棋戦の優勝者とアマ女流名人、学生名人による、その年の最強アマを決定する棋戦である。日本アマチュア将棋連盟主催。7~8月頃に大会が開催される。スイス式トーナメント方式(2006年は6回戦まで実施)で行われ、規定に従って順位が決定される。

アマチュア選手の動向[編集]

将棋は一般の人々(アマチュア)にも広く知られたゲームであるが、段級位制はアマチュアとプロでは異なる基準を採用しており、伝統的にはアマチュアの三段~四段クラス(主要アマチュア棋戦の県代表争いレベル)がプロ予備軍(奨励会)の6級に相当するとされていた。ただし、最近はアマも最新の将棋情報を手に入れやすくなったこと、元奨励会員のアマチュア参加やプロアマの対局など、プロ、奨励会との交流が盛んになったこと、また通信対局の普及などにより、現在ではアマの最上級者(主要アマ棋戦優勝争いクラス)はプロの底辺(順位戦C級2組下位またはフリークラス)とほぼ同等の実力があるとされる。

過去にもアマチュアながらプロに匹敵する実力を持つ者が現れることがまれにあり、彼らの中には真剣師として賭け将棋を生業とする者もいた。花村元司は、真剣師として生計を立てたのち、1944年にプロ編入試験を受けて棋士となった。後に名人戦大山康晴名人に挑戦するほどまでの実力だったが、タイトル奪取はならなかった。 同じく真剣師であった小池重明はプロとのお好み対局で数々のプロを連破し、またアマ名人を2期連続で獲得するなど、実力はアマチュア界で頭1つ抜きん出ていた。その後、当時の大山康晴将棋連盟会長の計らいもあり、プロ入りを棋士総会の票決に掛けられたが、素行などが懸念材料となりプロ入りは否決された。プロ入りこそ実現しなかったが、死後、小池の生涯を扱ったTV番組や書籍が放送・出版されている。

かつてはアマチュアとプロとの対局は、新聞や雑誌の企画としてのお好み対局や、将棋教室やイベントの中で指導対局が行われたりする程度であったが、現在ではアマチュア棋戦の成績優秀者が参加可能なプロの公式戦も存在している(竜王戦、棋王戦、朝日オープン、銀河戦、新人王戦)。小林庸俊、天野高志、桐山隆、遠藤正樹、山田敦幹、吉澤大樹、石井豊など、先述の公式戦でプロに対して勝利するアマ強豪も複数現れ、2000年以降では加藤幸男、清水上徹といった大学棋界で実力を磨いた新しい世代のアマチュアが活躍している。近年では町道場や支部、職場で腕を磨いた強豪以外に、インターネット将棋からアマ強豪の仲間入りをした浅田拓史を代表とするアマも出始めている。

また、奨励会を退会した者がアマチュア選手として活躍する例も増えてきている。過去には元奨励会員がアマチュアの大会に出ることを好ましくないとする風潮もあったが、近年は下火になっている。加部康晴、桐山隆、秋山太郎、今泉健司、小牧毅、池田将、加來博洋などは全国大会でも常連である。加來は赤旗名人戦優勝の資格で出場した2010年の第41期新人王戦で決勝に進出し、阿部健治郎相手の三番勝負に1勝2敗で優勝こそならなかったものの、史上初の公式棋戦でのアマチュアの準優勝を達成した。

瀬川晶司は奨励会を年齢制限で退会したが、アマチュア選手としてプロ棋戦に参加し、特に銀河戦においてめざましい活躍を残し、プロ相手に一時7割を超す勝率をあげた。2005年、瀬川はプロ編入を希望する嘆願書を日本将棋連盟に提出、特例として六番勝負の編入試験を経て、奨励会を退会した者としては初めてプロ入りが認められた。元の職場であったNECとはスポンサー契約を結んでおり、これも将棋界初のできごとである。瀬川のプロ編入を受け、翌2006年、将棋連盟はアマチュアおよび女流棋士のプロ(正棋士)への編入制度を正式に導入し、四段(順位戦はフリークラス)および奨励会三段リーグへの編入試験の要項を発表した。

団体戦[編集]

リコー杯アマチュア将棋団体日本選手権[編集]

社会人代表チームと学生代表チームによりアマチュア将棋団体日本一を決める大会。前年の職域団体対抗将棋大会(職団戦)S級総合優勝チーム[19]と学生将棋団体対抗戦(学生王座戦)優勝校とで争われる7人制の団体戦である。持ち時間は各75分(対局時計使用)で、切れたら1手1分以内。

リコーが主催、日本将棋連盟朝日新聞社・全日本学生将棋連盟・週刊将棋が後援している。1989年創設。第20回大会(2008年)よりリコー杯の名を冠した。[1]

職域団体対抗将棋大会[編集]

朝日新聞社と日本将棋連盟が主催する職域別の団体戦。職団戦と略される。職場(会社、工場、役所など)を同じくする5名で編成されたチームが参加する。前回大会の成績により、S級とAからF級の計7クラスに分かれ、それぞれクラス優勝を争う。毎年2回、春と秋に開催されている。

全国支部将棋対抗戦団体戦[編集]

日本将棋連盟の主催で、日本将棋連盟の支部のみ参加資格がある。同一の支部でアマチュア三段以下の支部会員3名1チームで参加し、各都道府県ごとの予選を勝ち抜いたチームが東西2ヶ所で大会を行う。

社会人団体リーグ戦[編集]

東京アマチュア将棋連盟(東将連)が、主催している。

東日本都市対抗将棋大会[編集]

毎日新聞社と日本将棋連盟が主催。同じ市区町村に在住・在勤・在学の一般2人、シニア(60歳以上)・女性・高校生・中学生・小学生各1人の計7人で団体戦を行う。2005年から4回行われたが、不況の影響で、2009年の第5回大会が休止に追い込まれた。

学生棋戦[編集]

参加資格を学生に限った棋戦もある。

基本的には学校の種別ごとに棋戦が行われるが、すべての学生に参加資格のある棋戦も存在する。

オール学生選手権戦
キリンビバレッジカップ学生将棋選手権
ジュニア将棋選手権(小中高)

大学棋戦[編集]

全国を地区別のブロックに分けて個人戦と団体戦がそれぞれ年2期、春と秋に行われている。その中で成績の優秀な選手、または大学が全国大会に進出する。

現在は北海道・東北・関東・北信越・中部・関西・中四国・九州の8地区に分けられている。

学生名人戦
「大学将棋」の一つ。日本将棋連盟、全日本学生将棋連盟主催
春季個人戦を勝ち抜いた各地区の代表32名でトーナメント戦を行う。優勝者は朝日杯将棋オープン戦の出場資格を得る。
学生十傑戦(学生王将戦)
「大学将棋」の一つ。日本将棋連盟、全日本学生将棋連盟主催。
秋季個人戦を勝ち抜いた代表16名により争われる。まず4人ずつ4組に分かれて予選(2勝勝ち抜け)を行い、通過した8人で本戦トーナメントを行う。決勝戦以外の敗者は順位決定戦を行い、1位から8位まで順位を決定する。また本戦に進めなかった選手の中でもトーナメント戦が行われ、優勝者が9位、準優勝者が10位となる。
毎日杯争奪全国大学対抗将棋大会
「大学将棋」の一つ。
各地区の団体戦優勝校に関東・関西両地区の準優勝校を加えた10校で争われる。5人制の団体戦で、チームには8人まで選手を登録可能。
全日本学生将棋団体戦(学生王座戦)
各地区の秋季団体戦優勝校と関東・関西両地区で行われる選抜トーナメント(優勝校以外の成績上位校が参加)優勝校を加えた10校により争われる。7人制の団体戦で、登録可能な人数は14人。

高専棋戦[編集]

全国高等専門学校将棋大会
全国の高等専門学校学生(専攻科生は除く)が参加できる。予選大会はない。団体戦(3人制)、個人戦、女子個人戦の3種目が行われる。個人戦優勝者には「高専名人」の称号が贈られる。

高校棋戦[編集]

全国高等学校将棋選手権大会(全国高等学校総合文化祭将棋部門)
各都道府県の予選大会を勝ち抜いた代表校・選手が参加する。男女別の団体戦(3人制)と個人戦が行われる。1995年から全国高等学校総合文化祭の将棋部門として編入された。
全国高等学校将棋竜王戦
各都道府県の予選を勝ち抜いた代表選手と、招待された女子選手が参加する。会場は福岡県。予選参加者には、竜王が揮毫した特製扇子が記念品として贈られる。
高校将棋女子選抜大会
高校将棋新人大会
関東高校将棋リーグ戦
高校生王将戦

※高専生も、3年生までは高校棋戦に参加できる。

小・中学生棋戦[編集]

中学生将棋名人戦
日本将棋連盟主催で毎年8月に東京で開催される。
過去の優勝者には、中村修丸山忠久屋敷伸之という、後にプロのタイトルホルダーとなった者がいる。
全国中学生選抜将棋選手権大会
天童市、日本将棋連盟、天童青年会議所主催で毎年8月3日、4日に天童市で開催される。各都道府県代表(男女別)によるトーナメント。
男子の部優勝者には初代大会名誉総裁寬仁親王を冠した「寬仁親王牌」が二代大会名誉総裁であられる彬子女王より授与される。女子の部優勝者には、同女王より「彬子女王牌」が授与される。生前は寬仁親王より親王杯は授与されていた。
小学生名人戦
詳細、歴代優勝者等は、「小学生将棋名人戦 」を参照。
準決勝以降はNHK教育で放送。
日本将棋連盟主催、文部科学省・文化庁後援、小学館集英社協賛。
羽生善治佐藤康光森内俊之、屋敷伸之、渡辺明ら数多くの棋士を輩出。
中学生将棋王将戦
関東中学将棋団体戦
全国小学生倉敷王将戦
2002年創設。岡山県倉敷市・倉敷市文化振興財団・日本将棋連盟の主催、倉敷市教育委員会の共催で毎年8月に倉敷市で低学年の部と高学年の部に分かれて開催される。3月から7月に掛けて予選が行われる。また、小学生将棋名人戦の優勝者と前年の高学年の部優勝者、倉敷市の代表2名の特別枠がある他、各都道府県の代表により争われる。過去には大山と縁が深かった青森県上北郡おいらせ町の代表2名も特別枠出場していた。
大山名人杯争奪の冠は、同地出身の大山康晴十五世名人没20年の2012年第11回大会より付された。
前身小学生王将戦は、1995年中国地方の小学生のみ対象で、低学年の部・高学年の部で優勝者を争ったもの。回を重ねるごとにが地域を拡大し、2001年第7回まで開催。その後現大会となり、同時に1回大会となった。
創設されて間もないがプロ棋士を輩出しており、優勝者から菅井竜也佐々木勇気阿部光瑠増田康宏、出場者から里見香奈高見泰地ら複数いる。前身大会からは、糸谷哲郎稲葉陽澤田真吾が輩出されている。
文部科学大臣杯小・中学生将棋団体戦
ジュニア銀河戦
上述の「将棋アマチュア銀河戦」のジュニア版として2011年に創設。アマチュア銀河戦同様、全国各地のケーブルテレビ局及びひかりTVでの地区大会、ネット予選を経て決勝トーナメントに進む。決勝戦は囲碁・将棋チャンネルで放送される。

女性棋戦[編集]

以下は女性のみを対象にしたアマチュア棋戦である。

女流アマ名人戦
日本将棋連盟主催、報知新聞社後援。毎年8~9月(2007年以前は5~6月)頃、東京で開催される。名人戦のほか、一般戦として棋力別と年齢別にA、B、C1、C2クラスが行われる。
関西女流アマ名人戦
日本将棋連盟関西本部主催で、2月に関西将棋会館で開催される。棋力別のA~Dクラスが行われる。
アマ女王戦
フェアリープリンセス(女性将棋同好会)主催。毎年6月に東京で開催される。棋力別のA~C2クラスが行われる。挑戦手合制が採用されており、A級優勝者は8月に前回優勝者と三番勝負を行う。
日本将棋連盟は第20回大会まで後援に加わっており、大会も3月開催、三番勝負も5月開催となっていたが、第21回大会で後援から降り、代わりにLPSA(日本女子プロ将棋協会)が後援に加わっている。
女子アマ王位戦
LPSA主催。全国4会場にて地区ブロック大会を行い、各ブロック大会の優勝者が11月に東京で開催される優勝者決定戦に進出。優勝者はNTTル・パルク杯天河戦に出場できる。
LPSA女子アマ将棋団体戦
LPSA主催。5人制(補欠1人も登録可)。

女子の学生棋戦[編集]

学生女流名人戦
「大学将棋」の一つ。日本将棋連盟、全日本学生将棋連盟主催。1980年に第1回大会が行われた。
全国高等学校将棋選手権大会
上述。(女子部門)
全国高等学校将棋女子選抜大会
日本将棋連盟・藤枝学園主催。
全国中学生選抜将棋選手権大会
上述。女子の部は第20回(1999年)大会で創設された。
中学生女子将棋名人戦
LPSA主催。全国2会場にて地区ブロック大会を行い、各ブロック大会の優勝者が8月下旬または9月初旬に東京で開催される優勝者決定戦に進出。
小学生女子将棋名人戦
LPSA主催。全国4会場にて地区ブロック大会を行い、各ブロック大会の優勝者が8月下旬または9月初旬に東京で開催される優勝者決定戦に進出。
小学生駒姫名人戦
日本将棋連盟主催。企画・運営は女流棋士会が行っている。2008年に東急東横店将棋まつりのイベントとして第1回大会が行われ、以降毎年8月に開催されている。2012年に女流棋士となった竹俣紅は、第1回大会で優勝している。

年代別棋戦[編集]

シニア名人戦
60歳以上のアマ日本一を決める大会。日本将棋連盟支部会員のみ対象。都道府県予選(所属支部の所在地から出場)の後、東日本大会と西日本大会を開催。両大会優勝者が、後日「東西決戦」を行う。なお、前回代表選手は出場不可。
全国健康福祉祭(ねんりんピック)
60歳以上対象。団体戦(3人)と、団体戦の予選敗退チームの選手によるブロック別個人戦を行う。他の大会と異なり、都道府県のほかに政令指定都市も独自に代表チームを派遣する。最高齢者賞(男女各1人)と高齢者賞(男女各3人)もある。代表選手の決め方は、各地で異なるようである。会場は各都道府県持ち回りで行われる。
全国青年大会
原則として35歳以下の社会人対象。各都道府県の青年大会(予選会)を勝ち抜いた代表選手4人が個人戦を行う。団体戦(3人制、補欠1人も登録可)も行われていたが、廃止された。以前は2日かけ行われていたが、現在は1日だけとなった。学生(全日本学生将棋連盟に所属していないことが条件)または36歳以上も各都道府県から1人だけ参加可。会場は2007年まで将棋会館の対局室だったが、2008年から近くの日本青年館に変更された。なお、代表選手を派遣しない(将棋の予選会をしていない)、あるいは青年団員でないと予選会に参加できない都道府県もある。

その他[編集]

三浦三崎マグロ争奪将棋大会
同大会実行委員会主催。全国最大規模(定員400人)のローカル将棋大会。一般A級(四段以上)、B級(二段 - 三段)、C級(初段以下)、小学生の部、レディ-スの部の5部門。副賞として各部門優勝者や入賞者にマグロが贈呈される。
ペアマッチ将棋大会
フェアリープリンセス(女性将棋同好会)主催、東京アマチュア将棋連盟共催。男女ペア限定のペア将棋の大会。9月頃に東京で開催。
全国障害者将棋大会
同大会実行委員会主催。
全国盲人将棋大会
日本盲人会連合と開催都道府県の視覚障害者団体連合会が主催。日本盲人会連合組織団体の会員が対象。A級(有段者)、B級(級位以下)の2クラスを行う。
升田幸三杯将棋大会
升田幸三名人杯将棋大会実行委員会主催。三次広域商工会・日本将棋連盟三次支部・三良坂町観光協会・三良坂町自治振興区連絡協議会が構成団体となり,三次市・三次市教育委員会・広島県将棋支部連合会・日本女子プロ将棋協会・アマチュア将棋連盟などが後援している。主管は日本将棋連盟三次支部・アマチュア将棋連盟中国ブロック事務局。将棋棋士(故)升田幸三の生まれた地である広島県三次市で8月末か9月初めに毎年開催。S級、A級、B級、C級、高校生の部、中学生の部、小学生(高学年の部・低学年の部)、女性の部、市内の部の9つの部門。プロ棋士を招いての無料指導や優秀者への賞品などに特色がある。

脚注[編集]

  1. ^ 朝日杯将棋オープン戦には学生名人1名も出場するため、アマチュアの出場者は合計10名。
  2. ^ a b c d 平畑善介、加賀敬治、大田学、小池重明は、真剣師(の経験者)として知られる。
  3. ^ 1986年、歴代アマ名人戦で優勝、七段獲得(『将棋ジャーナル』1987年2月号他)。
  4. ^ 1989年、第2回歴代アマ名人戦で優勝、七段獲得。
  5. ^ 谷川俊昭は谷川浩司の兄。
  6. ^ 金子タカシには『詰みより必死 - 終盤の超発想法』等の著書がある。
  7. ^ 菊田裕司は詰将棋作家として知られる。
  8. ^ このときの準アマ王将・瀬川晶司が銀河戦で大活躍(1回目)。
  9. ^ 瀬川が銀河戦で大活躍(2回目)。
  10. ^ 清水上は、1991年の小学生将棋名人戦と1992年の中学生将棋名人戦の優勝者。
  11. ^ このときの準アマ王将・瀬川が銀河戦で大活躍(3回目)。
  12. ^ 吉田正和は、この優勝をもって奨励会初段試験に挑戦し、合格(史上初)。
  13. ^ 前年優勝者の吉田正和が奨励会に入ったため、三番勝負なしで加藤幸男が優勝。
  14. ^ 今泉は、これをもって奨励会三段編入試験に挑戦して合格。同制度で初の合格者となる。また、「2手目△3二飛」で、升田幸三賞を受賞。
  15. ^ 秋山はこれをもって奨励会三段編入試験に挑戦するが、不合格。
  16. ^ 加來博洋は赤旗名人として第41期新人王戦(2010年度)へ出場し、決勝三番勝負にまで進出。もしも優勝すれば史上初のアマチュア選手の棋戦優勝となるところであったが、1-2で阿部健治郎に阻まれ準優勝。なお、加來は、第38期新人王戦(2007年度)で奨励会三段として出場し、阿久津主税らを破ってベスト4進出をした実績がある。
  17. ^ 稲葉聡は稲葉陽の兄。
  18. ^ 東日本大震災のため(第49回(2011年)「しんぶん赤旗」全国囲碁・将棋大会(赤旗名人戦)中止のお知らせ
  19. ^ 春と秋のS級優勝チームが異なる場合は、優勝できなかった大会での成績が、準優勝、3位、それ以外の3区分で比べたときに高順位のチームが出場する。それでも同順位の場合は秋の大会の優勝チームが出場する。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]