自由民主党 (ドイツ)

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ドイツの旗 ドイツの政党
自由民主党
Freie Demokratische Partei
Freie Demokratische Partei, Deutschland (logo - 2005).svg
党首(Vorsitzender) クリスティアン・リントナー
成立年月日 1948年12月11日
本部所在地 ベルリン
ドイツ連邦議会議席数
0 / 630   (0%)
2013年9月22日現在)
連邦参議院議席数
未定 / 69
(●年●月●日現在)
政治的思想・立場 中道右派
自由主義
公式サイト FDP
シンボル 黄色
国際組織 自由主義インターナショナル
欧州自由民主改革党
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自由民主党(じゆうみんしゅとう、Freie Demokratische Partei; FDP)は、ドイツ中道自由主義政党自由主義インターナショナル加盟。シンボルカラーは黄色

概要[編集]

1948年ヴァイマル共和国時代の旧ドイツ人民党と旧ドイツ民主党のメンバーが合流する形で結成された。1990年には旧東ドイツ自由民主党(LDPD)を統合した。なお、バーデン・ヴュルテンベルク州では民主人民党がFPDの州支部の役割を果たしているほか、ザールラント州ではザール民主党(Demokratische Partei Saar)の名称を党名に冠している。

西ドイツの成立から、1998年までアデナウアー政権の一時期とキージンガー左右「大連立」政権を除く全ての内閣で、キリスト教民主同盟キリスト教社会同盟 (CDU/CSU)、ドイツ社会民主党 (SPD) の二大政党のいずれかと連立内閣を組んで国政に参加し、ドイツ連邦議会キャスティング・ボートを握る存在として影響力を保ってきた。社会民主党と連立を組んでいた時期には社会自由主義(ドイツ語:Linksliberalismus、直訳すると「左派自由主義」)の政党と考えられたこともあったが、近年では、どちらかと言うと中道右派新自由主義的な政策を主張しており、同じ自由主義インターナショナル所属でも中道左派・社会自由主義政党であるイギリス自由民主党等とは異なっている。

2002年連邦議会選挙では同盟90/緑の党に押されて議会第4党に後退したが、2005年選挙では二大政党が得票を減らす中で得票を伸ばし、議会第3党の地位を確保した。

2009年連邦議会選挙では得票を大きく伸ばして躍進し、結党以来最大の議席数である93議席を獲得。選挙翌月の10月26日にCDU/CSUと政策合意に達し、28日に連邦議会でCDUのメルケルが首相に再任され、コール政権以来11年ぶりに連立与党の座に復帰した。

ところが、その後献金問題などで支持率が低下し、2011年3月の州議会選挙ではバーデン・ヴュルテンベルク州で議席を大幅に減らし、ラインラント=プファルツ州ではそれまで持っていた10議席を同盟90/緑の党に奪われて全議席を失った。このため、党首のヴェスターヴェレが辞任し、フィリップ・レスラーに交代した。しかしその後も支持率の低下は止まらず、2011年のブレーメン[1]メクレンブルク=フォアポンメルン[2]ベルリン[3]2012年ザールラント[4]2013年バイエルン[5]の各州議会選挙では議席獲得に必要な5%ラインを割り込み全議席を失った。

党勢が低迷したまま迎えた2013年の連邦議会選挙では、反ユーロを掲げる新興政党である「ドイツのための選択肢」(AfD)と競合した結果、5%を下回る得票率しか得られなかったため1949年以来初めて1議席も獲得できず、連邦議会における全議席を失い、議会第3党の座を旧東ドイツの政権党であったドイツ社会主義統一党の流れを汲む左翼党(64議席)に明け渡す事になる[6]。この結果を受けて党執行部は党首のレスラーを含めて総退陣することを決定し、同時に規制緩和や減税などの党の政権公約見直しの是非について協議をすることになった[7]。同年12月に行われた臨時党大会でクリスティアン・リントナーを党首とする新指導部が発足、院外政党となった党の立て直しを図ることになった[8]

薄黄は2014年12月時点で州議会に議席を有している州

歴代党首一覧[編集]

連邦議会選挙における党勢推移[編集]

歴代連邦議会選挙での議席数と得票数/率
選挙 年月日 得票数
(政党票)
得票率(%) 議席 (選挙区)
1949年選挙 1949年8月14日 2,402,923 10.1 44 10
1953年選挙 1953年9月6日 2,629,163 9.5 48 14
1957年選挙 1957年9月15日 2,307,135 7.7 41 1
1961年選挙 1961年9月17日 4,028,766 12.8 67 0
1965年選挙 1965年9月19日 3,096,739 9.5 49 0
1969年選挙 1969年9月28日 1 903 422 5.8 30 0
1972年選挙 1972年11月19日 3,129,982 8.4 41 0
1976年選挙 1976年10月3日 2,995,085 7.9 39 0
1980年選挙 1980年10月5日 4,030,999 10.6 53 0
1983年選挙 1983年3月5日 2,706,942 7.0 34 0
1987年選挙 1987年1月25日 3,440,911 9.1 46 0
1990年選挙 1990年12月2日 5,123,233 11.0 79 1
1994年選挙 1994年10月16日 3,258,407 6.9 47 0
1998年選挙 1998年9月27日 3,080,955 6.2 43 0
2002年選挙 2002年9月22日 3,538,815 7.4 47 0
2005年選挙 2005年9月18日 4,648,144 9.8 61 0
2009年選挙 2009年9月27日 6,316,080 14.6 93 0
2013年選挙 2013年9月22日 2,082,305 4.8 0 0

出典:“Bundestagswahlen”より

脚注[編集]

  1. ^ ドイツ、反原発・緑の党また躍進 ブレーメン州議会選47NEWS 2011年5月23日 2011年9月19日閲覧)
  2. ^ 独州議会選挙で首相率いる中道右派敗北、中道左派が躍進ロイター 2011年9月5日 2011年9月19日閲覧)
  3. ^ ベルリン市議選、社民党が第1党読売新聞社 2011年9月19日 2011年9月19日閲覧)
  4. ^ 独ザールラント州議会選、与党CDU勝利も連立組むFDPは大敗(ロイター 2012年3月25日 2012年4月16日閲覧)
  5. ^ メルケル独首相の姉妹政党、バイエルン州議会選で勝利(ロイター 2013年9月17日 2013年9月17日閲覧)
  6. ^ Deborah COLE (2013年9月23日). “ドイツ総選挙で保守与党が大勝 メルケル首相、歴史的3選へ”. AFPBB News. http://www.afpbb.com/article/politics/2969852/11395470 2013年9月23日閲覧。 
  7. ^ “ドイツ連立与党、執行部が総退陣 全議員落選で引責”. 日本経済新聞. (2013年9月25日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM2404P_V20C13A9EB1000/ 2013年10月1日閲覧。 
  8. ^ “Christian Lindner führt die FDP in die Apo”. DIE WELT. (2013年12月7日). http://www.welt.de/politik/deutschland/article122682208/Christian-Lindner-fuehrt-die-FDP-in-die-Apo.html 2013年12月26日閲覧。 

関連項目[編集]