メクレンブルク=フォアポンメルン州

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
メクレンブルク=フォアポンメルン州
Land Mecklenburg-Vorpommern
メクレンブルク=フォアポンメルン州の旗 メクレンブルク=フォアポンメルン州の紋章
州旗 州の紋章
ドイツ国内におけるメクレンブルク=フォアポンメルン州の位置
州都 シュヴェリーン
面積 23,173.46 km² (第6位
人口
 - 総計
 - 人口密度
(2005/12/31)
1,707,266 人 (第14位
73.7 人/km²
ISO 3166-2:DE DE-MV
公式サイト メクレンブルク=フォアポンメルン州政府
政  治
州首相 Erwin Sellering (SPD)
与党 SPDCDU連立
前回選挙 2011年9月4日
次回選挙 2016年
連邦参議院(上院)
での投票権数
3
地  方
市町村数
 * 独立市
849
6
備考欄

メクレンブルク=フォアポンメルン州(標準ドイツ語: Mecklenburg-Vorpommern [ˈmeːklənbʊrk ˈfoːɐ̯pɔmɐn][1], 低地ドイツ語: Mekelnborg-Vörpommern [ˈmɛːkəlbɔɐ̯ç ˈfœɐ̯pɔmɛɐ̯n])は、ドイツに16ある連邦州のひとつであり、1990年ドイツ再統一により加盟した「新連邦州」のひとつ。

バルト海に面し、ドイツで最も人口密度が低い州である。バルト海に浮かぶ島々の海岸や州南部に多数ある湖が、観光スポットである。州内には、2つの総合大学と多くの工科大学がある。州内の郡独立市シュヴェリーン(州都)、ロストックの2都市である。

なお標準ドイツ語発音をカタカナ転写すれば「メークレンブルク=フォーアポマン」となる。

地理[編集]

メクレンブルク=フォアポンメルン州は、東はポーランドと接し、北はバルト海、西はシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州およびニーダーザクセン州、南はブランデンブルク州とわずかにザクセン=アンハルト州に隣接している。

ドイツの16ある州のうち6番目に広い面積を持つが、人口は国内全体のうち13%にとどまり、人口密度が最も低い。州都はシュヴェリーンであるが、バルト海に面した港町であるロストックのほうがよく知られている。

バルト海沿岸には数多くの島があり、そのうち有名なものではリューゲン島ヒッデンゼー島ウーゼドム島ペール島などがある。

方言[編集]

メクレンブルク=フォアポンメルン方言ドイツ語版英語版は、低地ドイツ語のうちの東低地ドイツ語ドイツ語版英語版に属する

歴史[編集]

メクレンブルク=シュヴェリーンとメクレンブルク=シュトレリッツ
フォアポンメルン。色分け部分は1934年におけるドイツ・ライヒの州及びプロイセン州の郡の版図。赤色線は1メクレンブルクとプロイセンの歴史的国境。灰色線は2008年におけるドイツ連邦共和国の国境・州境・県境

州は歴史的には、西部・中部のメクレンブルク (Mecklenburg) と、東部のフォアポンメルン(「前ポンメルン」。Vorpommern)からなる。フォアポンメルンは、現ポーランド領にまたがるポンメルンの西部である。

メクレンブルクには、1348年メクレンブルク公領が成立した。1701年、西のメクレンブルク=シュヴェリーン (Mecklenburg-Schwerin) と東のメクレンブルク=シュトレーリッツ (Mecklenburg-Stargard) とに分かれた。1815年、それぞれ大公国となった。1918年ドイツ革命により、両国は共和政へ移行し、1934年に合併しメクレンブルク州となった。

ポンメルンにはポモージェ公国が成立し、13世紀以降、神聖ローマ帝国内に入った。ポモージェ公国は1637年に公家が断絶した。1648年ヴェストファーレン条約により、ポンメルンは東西に分割された。東半分のヒンターポンメルン地方はブランデンブルク辺境伯プロイセン公が、西半分のフォアポンメルン地方は、スウェーデン王が、それぞれ公を兼任することとなった。ナポレオン戦争の後、フォアポンメルンはプロイセン王国に割譲され、すでにプロイセン領であったヒンターポンメルン(「後ポンメルン」。Hinterpommern)とあわせてシュテティーンを州都とするポンメルン州となった。

1945年第二次世界大戦終結後、ポツダム宣言に基づく新国境オーデル・ナイセ線の策定によりオーデル川以東のヒンターポンメルンやシュテティーンポーランド領になった(ドイツ人追放)。ソ連軍占領下で、旧メクレンブルク州と旧ポンメルン州のドイツ残留部分が合同し、メクレンブルク=フォアポンメルン州が創設された。東ドイツ(ドイツ民主共和国)が成立すると、メクレンブルク=フォアポンメルンはその1州部となった。1952年、東ドイツは中央集権化のため州制度を廃止し、(旧)メクレンブルク=フォアポンメルン州はおおむね、ロストック県シュヴェリーン県ノイブランデンブルク県の3つの県に分割された。1990年に東西ドイツが統一されると、これら3県は再び取りまとめられ1州となり、メクレンブルク=フォアポンメルン州としてドイツ連邦共和国連邦州となった。

政治[編集]

州議会[編集]

州議会の議場があるシュヴェリーン城

州議会 (Landtag) の定数は71で、2011年9月4日に行われた前回選挙での政党別議席配分は以下の通りである[2]

SPDとCDUが大連立を組んで与党となっている。改選前7議席を持っていた自由民主党 (FDP) は、全議席を同盟90/緑の党に奪われる形になった。

歴代州首相[編集]

地方行政[編集]

2011年統廃合後の郡と独立市の区分図

メクレンブルク=フォアポンメルン州の地方自治体は、広域自治体の (Landkreis) と基礎自治体の市町村 (Gemeinde) の2層構造をとる(市町村は、市と町と村の総称ではなく、日本の市町村に相当する地方公共団体の意味である)。2011年9月の統廃合により12郡6独立市から6郡2独立市となった。

[編集]

郡と郡庁所在地および旧郡名。郡名のみドイツ語綴りを付記。

  1. ロストック郡 (Landkreis Rostock) - ギュストロウ – 旧バート・ドベラーン郡と旧ギュストロウ郡
  2. ルートヴィヒスルスト=パルヒム郡 (Landkreis Ludwigslust-Parchim) - パルヒム – 旧ルートヴィヒスルスト郡と旧パルヒム郡
  3. メクレンブルギッシュ=ゼーンプラッテ郡 (Landkreis Mecklenburgische Seenplatte) - ノイブランデンブルク – 旧デミーン郡の大部分、旧ミューリッツ郡、旧メクレンブルク=シュトレーリッツ郡および旧ノイブランデンブルク独立市
  4. ノルトヴェストメクレンブルク郡 (Landkreis Nordwestmecklenburg) - ヴィスマル – 旧ノルトヴェストメクレンブルク郡と旧ヴィスマル独立市
  5. フォアポンメルン=グライフスヴァルト郡 (Landkreis Vorpommern-Greifswald) - グライフスヴァルト – 旧デミーン郡の一部、旧オストフォアポンメルン郡、旧グライフスヴァルト独立市および旧ユッカー=ランドウ郡
  6. フォアポンメルン=リューゲン郡 (Vorpommern-Rügen) - シュトラールズント – 旧ノルトフォアポンメルン郡と旧リューゲン郡、および旧シュトラールズント独立市

独立市[編集]

冒頭の記号は、自動車のナンバープレートに使われる都市コードで、右上の区分図の記号に対応している。

シンボル[編集]

文化[編集]

教育[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Das Aussprachewörterbuch (6 ed.). Duden. pp. 543, 825. ISBN 978-3-411-04066-7. 
  2. ^ Wahl in MV 2011SPIEGEL ONLINE)

外部リンク[編集]