ドイツ国家民主党
| ドイツ国家民主党 - 人民連合 Nationaldemokratische Partei Deutschlands - Die Volksunion |
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2010年までのロゴマーク
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| 党首 | Holger Apfel |
| 成立年月日 | 1964年11月28日 |
| 本部所在地 | ベルリン |
| 党員・党友数 |
約5,300人[要出典]
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| 政治的思想・立場 | 汎ゲルマン主義 エスニック・ナショナリズム 白人至上主義 ドイツ・ナショナリズム |
| 公式サイト | Official site |
| シンボル | 白・赤 |
| 国際組織 | ヨーロッパ国民戦線 |
ドイツ国家民主党 - 人民連合(ドイツ語:Nationaldemokratische Partei Deutschlands -Die Volksunion、NPD)は、ドイツの極右・第三の位置政党。党はドイツ帝国党(ドイツ社会主義帝国党の分派)の後継政党として、1964年に結成された。
ドイツ政府の連邦憲法擁護庁(Verfassungsschutz)はNPDを綱領や思想から「憲法秩序に対する脅威」に分類して、彼らを監視中である。
近年、党は失業や経済問題といった幅広い社会問題に取り組んでいる。連邦レベルで議席はないが現在16の州議会のうちの2つに議席を持っている。
なお、旧東ドイツにもほぼ同じ名前の衛星政党(National-Demokratische Partei Deutschlands 略称はNDPD)が存在したが、この記事で扱う政党とは無関係である[1]。
目次 |
[編集] 綱領と思想
[編集] バラク・オバマ選出についての声明
2008年11月のアメリカ合衆国大統領選挙の後、NPDは「アフリカはホワイトハウスを征服した」というタイトルの文章を公開した。アメリカ合衆国で初のアフリカ系アメリカ人の大統領が選出されたのは「アメリカのユダヤ人と黒人との同盟」の結果だとして、「非白人のアメリカ人は、言語、文化的歴史そして伝統を基礎として有機的に育てられた社会的序列が、人間の本質だと信じている人々に対する宣戦布告である」「バラク・オバマは、この宣戦布告を、厚かましいくらい輝く笑顔の背後に隠しているのだ」と主張した。ドイツでオバマに対して支持が広がっていることについては「アフリカの伝染病に似ている」とした。
[編集] 国際関係
ヴォイトは、様々な白人至上主義の指導者(2009年にはアメリカの政治家デヴィッド・デュークと)との会談を行っている。Udo Pastörsは、2008年の南オセチア紛争におけるロシアの見解をNPDとして支持すると述べた。
[編集] 歴史
2009年にはメクレンブルク=フォアポンメルン州のポーランド国境に近いユッカー=ランドー郡で、「ポーランド人の侵略を阻止せよ」と書かれたプラカードを立て、当局に撤去されている(不当性を訴えて提訴し、下級審では認められたが上級審で「人の尊厳を傷つけ、治安を乱すものである」と判定され敗訴)。
[編集] 非合法の動き(2001-2003)
ドイツでは、ナチス政権成立の経緯への反省から基本法(憲法)の規定によって、民主主義・自由主義を否定する団体は非合法化される「戦う民主主義」が採られており、過去にドイツ社会主義帝国党とドイツ共産党が禁止されている。NPDの禁止の動きは2002年にあったが、政府側の証人として出廷した人物が政府のスパイだったことが明らかになり、連邦憲法裁判所での審議が中断した[2]。
[編集] 第二次世界大戦とホロコースト論争
2005年1月21日にザクセン州のドレスデンで、第二次世界大戦での大空襲から60年が経ち集会が行われた。一方、NPDは「ドレスデン爆撃は爆弾によるホロコーストだ」と主張して街頭デモをした。ドレスデン議会で行われたナチス犠牲者への追悼に対し、NPD所属の12人の議員は「第二次大戦中に連合軍の空爆を受けたドイツ各都市の犠牲者こそを悼むべきだ」と主張し、黙祷を拒否して退場した。
[編集] 選挙結果
連邦レベルでは、得票が議席獲得に必要な全国得票率5%に[3]達しないためドイツ連邦議会の議席はもっていないが、州レベルでは議席を獲得している。
- 1966年11月6日 ヘッセン州議会議員選挙で得票率7.9%を得て、8議席を獲得。翌日に行われたバイエルン州議会議員選挙でも7.4%(15議席)を得て第三党に躍り出た。
- 1968年4月28日 バーデンヴュルテンベルク州議会選挙で得票率7.9%を得て、12議席を獲得。
- 1969年9月28日 連邦議会総選挙で得票率4.3%を獲得したものの、議席獲得ならず[3]。
- 2004年9月19日 ザクセン州議会選挙で得票率9.2%を得て、12議席を獲得。
- 2006年9月17日 メクレンブルク=フォアポンメルン州議会選挙で得票率7.3%を得て、6議席を獲得。
- 2009年8月30日 ザクセン州議会選挙で得票率5.6%(前回比-3.6%)を得て、8議席(前回比-4)を獲得。
[編集] 歴代党首
- フリートリヒ・シーレン 1964-1967
- アドルフ・フォン・タッデン 1967-1971
- Martin Mussgnug 1971-1990
- ギュンター・デッカート 1991-1996
- ウド・ヴォイト 1996-2011
- Holger Apfel 現在
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ NDPDはドイツ再統一時に自由民主党(FDP)へ合流しており、現存していない。
- ^ 大空襲60周年追悼集会に5万人 しんぶん赤旗 2005年2月15日
- ^ a b ドイツは比例代表制(小選挙区比例代表併用制)を採用しているが、比例代表の欠点でありヴァイマル共和政時代の政治混乱の原因となった小党乱立を防ぐため、全国得票率が5%に満たない政党には比例代表の議席配分をしないようになっている。