第一号型哨戒特務艇

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第一号型哨戒特務艇
哨戒特務艇第173号
艦級概観
艦種 哨戒特務艇
艦名
前級 -
次級 -
要目
排水量 基準:238トン
公試:250トン
全長 水線長:28.5m
全幅 6.14m
吃水 2.35m
機関 中速ディーゼル機関 1基
1軸推進 400馬力
速力 9.0ノット
航続距離
燃料 重油
乗員
兵装 25mm機銃 連装1基、単装2挺
爆雷12個、投下軌条2条
12cmロケット砲2門
魚雷落射機2基
レーダー 13号電探1基
ソナー 三式3型探信儀
同型艇 27隻

第一号型哨戒特務艇(だいいちごうがたしょうかいとくむてい)は、日本海軍哨戒特務艇

概要[編集]

太平洋戦争時、日本海軍は小型木造漁船を大量に徴用し特設哨戒艇として洋上監視任務に就かせたが、被害も多かった。そのため新造船建造に迫られ、鋼材の不足もあり木造漁船形式の哨戒艇とした。1944年(昭和19年)より国内の有力木造造船所で船体を建造、兵装は横須賀工廠などの各海軍工廠で艤装することで量産に入った。計画では200隻建造の予定だったが終戦までに起工したものは57隻、そのうち竣工したものは27隻、船体のみ完成状態のものが10隻に過ぎなかった。建造の遅れは木材の供給が不足していたためと言われる。十分に寝かせた木材を使用しなかったために竣工後に木材の間に隙間が空いて浸水したり、また虫害にあうなど悩まされたという[1]1945年(昭和20年)に入り戦局が更に悪化したため残りの建造は中止となり、海防艇(乙)の建造に切り替わった。

1番艇の竣工が1945年(昭和20年)2月になったため終戦までの喪失は1隻(第173号)のみであった。戦後は木造船体のため第一号型駆潜特務艇とともに磁気機雷の掃海作業に当たった。この時に座礁や触雷などで8隻が喪失している。その後は漁船となった艇もある。第31号その他は1948年(昭和23年)から海上保安庁の掃海艇になり、後に海上自衛隊に移管している。

同型艇[編集]

  • 艇番号:竣工日(船体建造所/兵装艤装工廠)。喪失日と原因(場所)、または戦後の状況。

艇番号が斜字の艇は終戦時未成。
船体建造所は、市川=市川造船所(宇治山田市)、強力=強力造船所(宇治山田市)、小柳=小柳造船所(静岡市)、佐賀=佐賀造船鉄工所(新湊市)、四国=四国船渠工業所(高松市)、自念=自念造船鉄工所[2]門司市)、徳島=徳島合同造船[3]徳島市)、西井=西井造船所(宇治山田市)、林兼=林兼重工業(下関市)、福岡=福岡造船鉄工(福岡市)、福島=福島造船鉄工所(松江市)、船矢=船矢造船鉄工所[4]函館市)、三保=三保造船所(清水市)、村上=村上造船所(石巻市)、山西=山西造船鉄工所(石巻市)、米子=米子造船所(米子市)。
兵装艤装工廠は横須賀=横須賀海軍工廠=呉海軍工廠佐世保=佐世保海軍工廠舞鶴=舞鶴海軍工廠

  • 第1号:1945年3月28日竣工(山西/横須賀)。終戦時横須賀に所在(推定)。
  • 第2号:1945年5月20日竣工(山西/横須賀)。終戦時横浜に所在。
  • 第3号:1945年8月5日竣工(山西/横須賀)。終戦時横須賀に所在。
  • 第4号:未成(山西/横須賀)。戦後漁船「熊野丸」となる。
  • 第25号:1945年4月27日竣工(村上/横須賀)。終戦時下関に所在。1945年9月18日浸水着底。
  • 第26号:1945年8月2日竣工(村上/横須賀)。戦後漁船に改造。
  • 第27号:未成(村上/-)。戦後解体。
  • 第31号:1945年7月29日竣工(船矢/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省海上保安庁掃海船「MS18号」後に「うしきま」と改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1961年「掃海雑船17号」、1963年3月31日除籍。
  • 第32号:未成(船矢/-)。戦後漁船改造許可。
  • 第33号:未成(船矢/-)。戦後漁船改造許可。
  • 第34号:未成(船矢/-)。戦後漁船に改造。
  • 第37号:1945年6月2日竣工(三保/横須賀)。1945年7月18日米空母機の攻撃(横須賀)。
  • 第38号:未成(三保/-)。戦後解体。
  • 第54号:1945年8月5日竣工(小柳/横須賀)。終戦時横須賀に所在、戦後沈没。
  • 第55号:未成(小柳/-)。
  • 第64号:未成(佐賀/舞鶴)。戦後漁船改造許可。
  • 第65号:未成(佐賀/-)。
  • 第66号:未成(佐賀/-)。
  • 第84号:1945年6月7日竣工(米子/舞鶴)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS19号」朝鮮戦争で掃海に従事、後に「つるしま」と改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)、1962年「掃海雑船24号」、1963年3月31日除籍。
  • 第85号:未成(米子/-)。戦後漁船改造許可。
  • 第86号:未成(米子/-)。
  • 第90号:1945年4月11日竣工(市川/横須賀)。1945年8月から9月に触雷沈没(酒田)。
  • 第91号:未成(市川/横須賀)。
  • 第92号:未成(市川/-)。
  • 第93号:未成(市川/-)。
  • 第110号:未成(西井/横須賀)。1945年7月18日米空母機の攻撃で沈没(横須賀)。
  • 第111号:未成(西井/横須賀)。
  • 第122号:未成(強力/横須賀)。1945年7月18日米空母機の攻撃で沈没(横須賀)。
  • 第123号:未成(強力/横須賀)。
  • 第134号:1945年2月26日竣工(四国/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS20号」朝鮮戦争で掃海に従事、後に「おとしま」と改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1961年「掃海雑船32号」、1962年3月31日除籍。
  • 第135号:1945年5月23日竣工(四国/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS21号」朝鮮戦争で掃海に従事、後に「まつしま」と改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1962年「特務雑船32号」、1964年3月31日除籍。
  • 第136号:1945年6月5日竣工(四国/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS22号」朝鮮戦争で掃海に従事、後に「ひめしま」と改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1961年掃海雑船19号、1962年3月31日除籍。
  • 第137号:1945年7月15日竣工(四国/呉)。戦後掃海艦指定、1946年4月18日荒天のため浸水擱座、放棄(下関)。
  • 第138号:1945年8月11日竣工(四国/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS23号」朝鮮戦争で掃海に従事、後に「あわしま」と改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1961年「掃海雑船20号」、1963年3月31日除籍。
  • 第139号:未成(四国/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS24号」朝鮮戦争で掃海に従事、後に「くるしま」と改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1962年「掃海雑船25号」、1964年3月31日除籍。
  • 第140号:未成(四国/-)。
  • 第152号:1945年5月23日竣工(福島/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS25号」朝鮮戦争で掃海に従事、後に「かもしま」と改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1961年「掃海雑船21号」、1962年3月31日除籍。
  • 第153号:1945年7月23日竣工(福島/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS26号」朝鮮戦争で掃海に従事、後に「たかしま」と改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1962年「特務雑船33号」、1967年3月31日除籍。
  • 第154号:未成(福島/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS27号」1949年5月23日触雷沈没(関門海峡)。
  • 第155号:未成(福島/-)。
  • 第156号:未成(福島/-)。
  • 第163号:1945年2月10日竣工(林兼/佐世保)。1945年8月22日触雷着底(七尾湾)、後に引き揚げ漁船に改造。
  • 第164号:1945年3月2日竣工(林兼/佐世保)。座礁(種子島)、後に解体。
  • 第165号:1945年5月15日竣工(林兼/佐世保)。終戦時横須賀に所在、戦後沈没。
  • 第166号:1945年7月23日竣工(林兼/佐世保)。1945年8月12日被爆沈没(浦崎南西)。
  • 第173号:1945年3月26日竣工(徳島/呉)。1945年3月29日触雷(若松港)、浮揚のち解体。
  • 第174号:1945年5月10日竣工(徳島/呉)。終戦時敦賀に所在。
  • 第175号:1945年6月6日竣工(徳島/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS28号」1950年10月30日座礁喪失(須崎沖)。
  • 第176号:未成(徳島/呉)。戦後掃海艦指定、1946年4月18日擱座沈没(下関吉見)。
  • 第177号:未成(徳島/-)。
  • 第178号:未成(徳島/-)。
  • 第179号:1945年5月20日竣工(自念/佐世保)。戦後掃海艦指定>海上保安庁掃海船「MS29号」、後に「おおしま」と改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1962年3月31日除籍。
  • 第180号:未成(自念/-)。
  • 第181号:未成(福岡/-)。
  • 第191号:1945年3月27日竣工(福岡/佐世保)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS30号」朝鮮戦争で掃海に従事中、1950年10月27日座礁沈没。
  • 第192号:1945年7月27日竣工(福岡/佐世保)。終戦時元山に所在(推定)。
  • 第193号:未成(福岡/-)。1945年9月18日台風で沈没。

参考文献[編集]

  • 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第13巻 小艦艇I』(光人社、1990年) ISBN 4-7698-0463-6
  • 日本造船学会『昭和造船史 第1巻』第3刷(原書房、1981年)ISBN 4-562-00302-2
  • 世界の艦船 増刊第45集 日本海軍護衛艦艇史』海人社、1996年2月号増刊、第507集。

脚注[編集]

  1. ^ 『日本の軍艦 第13巻』p195。
  2. ^ 『世界の艦船 日本海軍護衛艦艇史』による。『昭和造船史』によると自念組造船鉄工所。
  3. ^ 『世界の艦船 日本海軍護衛艦艇史』による。『昭和造船史』によると徳島造船。
  4. ^ 『世界の艦船 日本海軍護衛艦艇史』による。『昭和造船史』によると船矢造船所。

関連項目[編集]