海 (ドビュッシー)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

- 管弦楽のための3つの交響的素描』(うみ、: La Mer, trois esquisses symphoniques pour orchestre )は、フランスの作曲家クロード・ドビュッシー1905年に作曲した管弦楽曲。題名の通り、海の情景を表した標題音楽であり、交響詩『海』とも呼ばれる。ドビュッシーの最高傑作の1つであるばかりでなく、印象主義音楽を代表する作品であり、近代音楽史上最も重要な作品の1つである。この作品の次作にあたる管弦楽のための『映像』の作曲中にドビュッシーは、「音楽の本質は形式にあるのではなく色とリズムを持った時間なのだ」と語っているが、本作はこの言葉を裏付ける「音楽」である。演奏時間は約23分。

作曲の経緯[編集]

この作品は1903年の夏に着手された。この頃ドビュッシーはブルゴーニュ地方にある妻リリー・テクシーの実家にいた。この年の9月12日付の手紙でアンドレ・メサジェ宛に、この作品に取りかかったこと、この作品が、「サンギネールの島々の美しい海」、「波の戯れ」、「風が海を踊らせる」という副題を持つ3つの楽章から構成されることを伝えている。同じ手紙の中で彼は、自分が今いるブルゴーニュから海は見えないが、記憶の中の海の方が現実よりも自分の感覚には合っていると述べている。尚、実際に書き上がった作品では、これらの副題は外され、「海の夜明けから真昼まで」「波の戯れ」「風と海との対話」というタイトルが付された。

しかし、実際にはこの作曲は難航した。ドビュッシーはペレアスとメリザンドの成功で作曲家としての名を楽壇に轟かせた一方、私生活では、1904年妻リリーを捨て、著名な銀行家の妻であったエマ・バルダックと駆け落ちをするというスキャンダルを起こしたのである。これはリリーの自殺未遂にまで発展し、友人の多くがドビュッシーを離れ、彼は世間の批判の矢面に立たされる結果となった。皮肉にも、この作品は、その後の生涯の伴侶となるエマとの生活における第一作となった。完成したのは1905年3月5日、ロンドン近郊、ドーヴァー海峡に面したイースト・ボーンの海辺においてである。

初演と評価[編集]

初演は、1905年10月15日、カミーユ・シュヴィヤール指揮のコンセール・ラムルー管弦楽団によって行われた。 前述したエマとのスキャンダルが冷めやらぬなか、オーケストラの団員は作品に背を向けたため、演奏の出来は芳しいものではなかった。聴衆、批評家たちの反応も賛否両論であり、彼らは、この作品が「海」らしくなく、「ペレアスとメリザンド的」なドビュッシーの音楽ではないことに面食らったようである。

しかし、3年後の1月19日、作曲者自身の指揮、コロンヌ管弦楽団によって行われた再演では、この作品の真価が認められ、以後、主要な管弦楽作品として定着するとともに、印象主義音楽、20世紀音楽を代表する傑作としての評価が確定することとなった。

楽器編成[編集]

ピッコロ1、フルート2、オーボエ2、コーラングレ1、クラリネット 2、ファゴット 3、コントラファゴット1、ホルン 4、トランペット3、コルネット2、トロンボーン3、チューバ1、ティンパニ大太鼓トライアングルシンバルタムタムグロッケンシュピールまたはチェレスタハープ 2、弦五部

弦楽器の演奏者数については指定されていないが、チェロは第1楽章のdivisi演奏箇所に於いて一部に16人の指定がされているが、現実には多額の費用がかかり、実際には10人程で済ませている。

楽曲構成[編集]

海の夜明けから真昼まで (De l'aube à midi sur la mer)

序奏部では、PPPによる神秘的な導入に続き、6小節目、「2度上行し下降する」音程と、「十六分音符+付点八分音符」のリズムを持った第一の循環主題が提示される。まもなくして、12小節目、コーラングレと弱音器付きトランペットのユニゾンによって、緩やかな「三連符+二連符」のリズムを持つ第二の循環主題が提示される。この二つの循環主題の持つ特徴は、その後、楽曲を展開させるに必要なさまざまな音型を派生させ、楽曲展開の種子となる。これらが提示されるのが序奏部であるが、ニ長調あるいはロ短調をあらわす記号が記されているものの、調性は曖昧である。主部では、木管、ホルンによる33小節目からの主題を軸とした前半と、4部に分かれたチェロによって奏される動的な主題を軸とした後半を経て、海の様相の変化を鮮やかに描きだす。コーダは、132小節目、第二の循環主題から派生したコラール風の音型によって始まり、第一の循環主題から派生した旋法風の音型と、主部の第1主題とが同時に奏される圧倒的なクライマックスを築いて終わる。

波の戯れ (Jeux de vagues)

8小節の短い導入に続き、9小節目、この楽章中最も重要な、全音音階的で細やかな動機がコーラングレによって提示される。この主題から派生した36小節目からのトリルを伴った弦楽器の奏する動機、それらが一段落した後、ハープのグリッサンドを経て、50小節目、ホルンによって奏される経過句が、62小節目からのコーラングレによる動機を派生させる。しかし、同時にこの3つの動機は、主題提示的というよりは、同時に移行部として曲想やリズムの変化を生成する働きをもつ。こうしたこの楽章の性格を、ピエール・ブーレーズは「絶えず更新される形式」と呼んだ。

風と海の対話 (Dialogue du vent et de la mer)

冒頭、風の動きを表すかのような低弦による動機が示された後、その動機を経ながら9 - 30小節目にかけて循環主題に関連した音型が断片的に現れる。31小節目では、トランペットによって第二の循環主題が2度明確に繰り返される。46小節目には、海原を表すかのような動機が木管群により提示され、これら二つの動機と二つの循環主題とが相互作用を繰り返し、前半の猛烈なクライマックスを形作る。それらが一段落した133小節目、一楽章コーダの冒頭に現れたコラール風の動機が現れ、25小節目に現れた第一の循環主題から派生した動機と対話し、158小節目には46小節目で現れた動機がフルートとオーボエのユニゾンによって奏される。それがクレッシェンドされ盛り上がりを見せると、212小節目には冒頭の速いテンポに回帰し、循環主題と動機とが再び相互作用を繰り返していく。259小節目、再びコラール風の動機に導かれたあとは、二つの循環主題、冒頭の動機とが同時に奏される、疾風怒濤たるクライマックスを形成し、変二音のユニゾンによって全曲を締めくくる。

第3楽章の音型の問題[編集]

1909年デュラン社から出版されたものがドビュッシーが出版を認めた「海」の出版譜の最後のものである。この版で、ドビュッシーは練習番号59のトランペットとホルンのユニゾンで奏される音型を削除した。デュラン社によるCritical Editionでもこのモチーフが削除された版を採用しているが、レコーディングによってはこれを復活させているものもある (モントゥー指揮ボストン交響楽団ミトロプーロス指揮ニューヨーク・フィルハーモニーアンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団ミュンシュ指揮ボストン交響楽団、デュトワ指揮モントリオール交響楽団カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団マイケル・ティルソン・トーマス指揮フィルハーモニア管弦楽団アバド指揮ルツェルン祝祭管弦楽団 など)。

その他[編集]

スコア表紙

関連項目[編集]

  • 武満徹 - 晩年の作品であるオーケストラと2台のピアノのための「夢の引用」を「海」からの多数の引用によるコラージュとして作曲した。

参考図書[編集]

外部リンク[編集]