子供の領分

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子供の領分(こどものりょうぶん、原題:Children's Corner)は、フランスの作曲家クロード・ドビュッシー1908年に完成させたピアノのための組曲である。

この作品は当時3歳だったドビュッシーの娘クロード・エマ(愛称はシュシュ)のために作曲された。この作品は子供に演奏されることを意図したものではなく、あくまでも大人が子供らしい気分に浸ることを目的とした作品である。この点において、シューマンの『子供の情景』とも通じる精神がある。

目次

[編集] 曲の構成

『子供の領分』は、6つの小品からなる組曲であり、各々の楽曲には英語のタイトルが付されている。1905年、ドビュッシーは前妻・リリー・テクシエと離婚し、銀行家夫人だったエマと駆け落ち同然に再婚する。そしてその年、一人娘のクロード・エマ(愛称 “シュシュ” Chouchou)が誕生。43歳にして初めて授かったこの子を、ドビュッシーは溺愛した。この作品は、彼女に捧げられている。題名が英語表記なのは、エマ夫人の英国趣味に影響されたものと言われている。

[編集] 1. Doctor Gradus ad Parnassum

第1曲『グラドゥス・アド・パルナッスム博士』は、クレメンティの練習曲集『グラドゥス・アド・パルナッスム』(パルナッスム山への階梯)のパロディであり、練習曲に挑戦する子供の姿を生き生きと描いたものとされる。退屈な練習に閉口する子供の心理を、巧みに現した興味深い曲。

[編集] 2. Jumbo's Lullaby

象の子守歌。五音音階による旋律と2度の和音が異国情緒を掻き立てる。ドビュッシー自身の命名は“Jumbo's Lullaby”であったが、フランス語では Jumbo と Jimbo の発音が同じようになることから、出版社によるミススペル(Jimbo's Lullaby)が広く定着することとなった(現在のデュラン社による新校訂版では、元来の綴りに戻されている)。

[編集] 3. Serenade of the Doll

人形へのセレナード。 この曲集中、最初に作られたのがこの曲。1906年には単曲の楽譜も出版されている。表題の英語表記は、「本当は“Serenade for the Doll”が正しいのでは?」という指摘がなされている。

[編集] 4. The Snow is Dancing

雪は踊っている。静かに舞い降りていく雪を、窓辺で飽きることなくじっと眺めている子供たち。時には風に舞い、時にはちらほらと……強くなったり弱くなったりしながら降り続く。

[編集] 5. The Little Shepherd

小さな羊飼い。おそらくグリーグの『抒情小曲集』を念頭に置いて書かれている。

[編集] 6. Golliwog's Cakewalk

6曲中最も有名なのが第6曲『ゴリウォーグのケークウォーク』である。ゴリウォーグ [1] とは、フローレンス・アップトン(Florence Upton) [2] の絵本(1895など)に出てくる黒人の男の子人形のキャラクターの名前で、ケークウォークは黒人のダンスの一種である。この曲は、西洋音楽とアフリカの黒人音楽の接触の初期の例のひとつとしてしばしば挙げられている。ケークウォークの中間部では、ヴァーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』の冒頭部分が引用されている。

[編集] 出版、初演

子供の領分は、1908年、デュラン社から出版され、その年の12月18日パリにてハロルド・バウアーによって初演された。1911年アンドレ・カプレによってオーケストレーションがなされ、その年の3月25年にその初演が行われた。


[編集] 関連する楽曲


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[編集] 外部リンク

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