変装
変装(へんそう)とは、人が本来の姿や印象と違った見かけを装うために、化粧や装飾や髪型や服装や体形などを変えること。
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概要[編集]
様々な理由や立場から変装の必要性があり、コスプレ以外は文化までに昇華しているとはいいがたいが、変装は変身願望を満たすための、一つの方法論でもある。
映像が記録され、様々な媒体で公開されることから、著名な人々のプライバシーに限らず、肖像が記録される状況、例えば主義主張の伴うデモンストレーション行進や、特定の興行や物品販売の行列においても、あらかじめ変装をして臨む人もいる。
その他、犯罪を実行する場合や、逃亡など身分を隠す必要があるときや、本来の自分の社会的な評価を変えて人を騙す詐欺行為の手段として、現在の社会でも変装は行われているが、美容整形やピアスや刺青なども含め、変装の延長線上にある行為ともいえる。
擬似体験[編集]
社会的な意義として、弱者や困窮者や被差別者の立場や意味を理解するために、疑似体験としての変装が、社会学や心理学などの実験や研究や問題提議の見地から試みられている。映画や物語でも主題やエピソードとして取り上げられ、黒人に変装したり、障害者や生活困窮者の身なりを装うことで、弱者などに対する社会の助力や忌避や保護が、実際にどのように降りかかるかといったことの体験を通して、社会の現状を知るものである。
日本においても盲人や妊婦や高齢者や障害者の体験として、各自治体で行われているが、社会の対応を個人的な視点から試すという意味合いは薄く、行動することが困難であるといったことを体験するために、濃い濃度のサングラスや視界制限のあるメガネの着用や、四肢の自由に制限を設けて固定するプロテクターや、胎児に相当する重り付きのコルセットの着用などがある。ただし、アイマスクや盲人用の杖を身に着けることや、車椅子に乗ることなどにおいては、周囲の健常者の反応も2次的に体験することになり、こういった疑似体験は当事者となってみて初めて理解できるための変装ともいえる。
類例[編集]
- 扮装 - 扮装は、映画や舞台において、役者がその役柄に近づくための変装であるが、一般的には、ある形が定型的になっている人の形をしたものに仮装することをさし、チャップリンや鬼やピエロなどの「イメージの確立されたものへの変装」をいう。
- 物真似・なりきり - 芸としての技で、声色(こわいろ)を真似たり、形態模写をする芸人がひとの真似をする場合、その人が着ているものや着るであろうと考えられる衣装や、カツラを身につけ扮装することがある。また信望する人や崇拝する人に少しでも近付こうと、一般の人がその人を真似て、髪形やファッションスタイル同じくまたは似せて扮装する場合がある。
- 仮装 - 日本に限らず、会社やその他のコミュニティーにおいての、親睦のためのイベントや悪戯(いたずら)などで、おこなわれる「短期的な変装」をいう場合が多い。日本や世界各地の祭りやイベントにおいて、仮装や扮装を伴うものがある。
- 迷彩 - 迷彩とは戦場において、戦闘服として背景となるその地域の、土地や環境に似せた色彩を施した被服を着用することで、一般に迷彩服ともいう。その他現地に生える植物をカモフラージュとして身につけたり、ファンデーションを顔に塗って目立つ肌の色を隠すことも行われ、「その場所や景色に溶け込むための変装」といえる。
- 変身 - 変身は「人を被覆する装飾」だけの変化に限らず、身体の美容整形まで含めた体の本来の形まで変えることや、内面の心や知識まで変わる事をさす。その他の変身は変身を参照。
歴史[編集]
現在でも発展途上国の少数民族において、祭りや年中行事などで、呪術的意味合いから変装が行われている。日本においても特別な儀式において、化粧や装束を変えてきた歴史があり、現在に伝わる職業の上での装束や、宗教上の装束や、晴れ着などの概念として残っている。
ヨーロッパの中世においては、貴族階級の者が社交界において、定期的に仮面舞踏会という仮装パーティーを開いており、仮面や普段と違う衣装を身に付け変装することにより、固定観念から脱却し、以前から見知る人との新たな出会いの場が提供されていた。また、イギリスでは中世と同様に議会や裁判において、議員や裁判官は、その当時と同じ衣装と鬘(かつら)を身に付け権威の象徴としている。このように変装は、個人に対する第三者からの固定観念の打破や、もしくは権威という観念を、個人に固定化するためにも使われる印象操作でもある。
ヨーロッパやインド地方などの古くから身分制度がある社会では、その身分制度から逃れるためや反発やアンチテーゼとして、変装の手段がとられ史実や伝承として伝わっている。物語では乞食王子やシンデレラなど、身分を高くまたは低く見せるために、変装が重要な鍵となっている。日本においても江戸町奉行大岡忠相の民間に伝承される人物像でも、町人髷を結い刺青をし裃を脱いで、庶民に変装したともいわれるが、史実としても、生臭坊主が医者に変装し、船宿で女遊びをしたことや、武士が庶民文化であった花見や初鰹などを楽しむため町人に変装したことが、川柳などで詠まれている。
諜報・工作活動[編集]
その他、地域や民族間の争いにおいての敵味方の区別や、敵味方の区別を難しくするための撹乱や、諜報活動として、迷彩服ではなく、ジュネーヴ条約違反である敵兵の兵装をする偽装兵装という変装や、便衣兵という民間人を装った変装が、行われてきた。
間諜、斥候、忍者、スパイなどとも呼ばれる、工作者や工作活動において、必須のような行為であり、事実かは分からないが、イギリスの諜報部などを題材とした物語の作品では、必ずといっていいほど、変装の場面が登場する。日本の忍者も本来は工作活動や偵察として、関所を通過しやすい職業の装束を身に纏い、主に薬売りに変装していたと伝えられる。また、探偵が登場する物語においても、尾行や身辺調査のために変装する設定が描かれることも多い。
変装の道具[編集]
変装をするには、むろん道具が必要になってくる。また、その道具を使う技術や方法も必要となる。 個人的に入手や試行が簡易に出来る道具や方法を記述する。
- 帽子・めざし帽
- カツラ・散髪
- メガネ・サングラス・コンタクトレンズ
- マスク(衛生用マスク)
- 付け髭
- 付けボクロ
- 化粧・皮膚の色を変えるためのファンデーション
- 含み綿 - ふくよかな頬や下垂した高齢者の頬を、演出するために口に真綿を含むこと。見せ掛けの体形を変えるため衣服の下に綿を忍ばせることも行われる。
- 被服 - 衣類や装身具などを身につけることで、普段と違った雰囲気を醸し出すことができる。これはある程度、身なりによって人客観的にその人の人となりを計っているからである。それを逆手にとって本来の自分の客観的な位置付けと違った人物像に作り替えるといったトリックでもある。
- 上げ底靴(シークレットブーツ・シークレットシューズとも) - 身長を変えるための装身具でもあるが、背が低い独裁者(ナポレオン・ボナパルト・ヒトラー・金正日)や権威者や芸能人などが、権威や人気が削がれぬように、これを使用する場合があることが史実として伝わっている。
また、少し高価にはなるが、完全に別人になる変装もある。その例を以下に挙げる。
なお、人でないもの(動物・怪獣等)に変装する方法としては、次のようなものがある。
祭・イベント[編集]
様々な祭りで変装や仮装がなされるが、もともとは宗教や信仰においての呪術的な意味合いが強く、神霊の力を借りるために、その神霊を模した変装や、または悪霊や魔などを跳ね除けるために、相対する神霊になるための変装でもある。世界中にある民族の固有の「面」は神や悪魔を模したものが多く、祭礼などで舞い踊りをする時に着用される変装の道具でもある。
日本の祭[編集]
日本では「なまはげ」などに代表されるいわゆる役や福男や福娘なども神懸りや神降ろしの側面を持っていて、恵比寿舞や大黒舞や獅子舞などの神楽も一種の変装であり、その他の祭りや縁日でも面などを被って変装する慣わしも各地域にのこり、神事とされる文化においては、猿楽や能でも、面などを用いた役作りの扮装でもあるが、憑依としての変装でもある。
ハロウィン[編集]
「ハロウィン」も参照
ハロウィンとは、ケルト民族において伝承される民間信仰としての祭りであるが、ヨーロッパの各地域でも行われ、変装という語彙より仮装といえる主に子どものための「お祭り」である。本来は日本で言えば、「逢魔時」のように、神域や異界から祖霊や悪霊や悪魔が訪れる日とされ、その悪霊を退散させるために、自ら怪物や妖怪や精霊に変装するというものである。また、日本のなまはげのように戒めとして、「扮装した子どもが、近隣の家々を巡り脅かし、お菓子を強奪する」といった慣わしにもなっている。
コスプレ[編集]
「コスプレ」も参照
コスプレ(コスチュームプレイ)は、ゲームや映画や漫画やアニメーションに登場するキャラクターに自分自身を投影し、現実逃避や変身願望から、または自己の存在の主張や自己顕示欲を満たすための注目を浴びる手段[要出典]とも言える。短期間な扮装であり、仮装でもあるのでハロウィーンや世界各国の仮装や扮装を伴う祭りと同じものだともいえる。唯一違うのは、いわゆるサブカルチャーにおける物語の登場人物などの役を演じることであるため、物真似やなりきりといわれる行為でもあり、自己投影や崇拝をあらわしてもいる。[要出典]そしてその共通の嗜好や真似ることへの共感を持ったいわゆるオタクと呼ばれる傾向がある人々の、親睦や交流の場や機会となっていることである。これは祭りや地域のイベントと違い、ある程度の遠距離でも共通の趣味を持つ仲間の集いでもあり、一つの嗜好と共感よる社会集団の形成[要出典]とも言える。