エアトゥーレ

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エアトゥーレ
品種 サラブレッド
性別
毛色 芦毛
生誕 1997年3月10日(12歳)
死没 (現役繁殖馬)
トニービン
スキーパラダイス
母の父 Lyphard
生国 日本北海道千歳市
生産 社台ファーム
馬主 (株)ラッキーフィールド
調教師 森秀行栗東
競走成績
生涯成績 23戦6勝
(うち海外3戦0勝)
獲得賞金 1億6152万4000円
(日本のみ)
  

エアトゥーレは、日本の元競走馬で、現在は繁殖牝馬となっている馬である。叔父にスキーキャプテンがいる。

※同馬が現役中の2001年から日本では馬齢表記が変更になったため、記事中は競走の名称を除き現表記で統一する。

目次

[編集] 経歴

[編集] 競走馬時代

[編集] 1999年

10月10日京都競馬場で行われた3歳新馬戦で、母にも騎乗経験のある武豊騎乗でデビュー。単勝1.5倍の1番人気に支持されるが、2着だった。10月30日に同じく京都競馬場で行われた新馬戦でも1番人気に支持され、デビュー2戦目で初勝利を挙げる。

[編集] 2000年

重賞初挑戦となったクイーンカップでは、3番人気に支持されるが7着という結果に終わった。続く報知杯4歳牝馬特別でも3番人気に支持され、人気どおりの3着となり桜花賞の優先出走権を獲得した。しかし桜花賞では、4番人気だったが11着という結果に終わった。秋以降は条件戦を走り、全て1番人気に支持され3戦2勝という成績だった。

[編集] 2001年

この年初戦は条件馬ながら京都牝馬ステークスに出走し3着となり、続くうずしおステークス(1600万下)では2着となった。秋に条件レースを2連勝し、迎えた阪神牝馬ステークスでは、ビハインドザマスクダイヤモンドビコーダイワルージュなどの強豪馬らを破り、重賞初勝利を挙げた。

[編集] 2002年

この年初戦の京都牝馬ステークスでは、1番人気に支持されるが4着。続く高松宮記念は、6番人気で10着という結果に終わった。その後は日本国外へ遠征を行い、シンガポールクランジ競馬場クリスフライヤースプリント(G3)に出走し、3着となる[1]。その後、欧州に渡った同馬はイギリスニューマーケットにあるジェフ・ラグ(Geoff Wragg)厩舎を拠点として、フランスモーリス・ド・ゲスト賞(G1)ではメイボール(May Ball)に敗れたが2着と善戦した。さらにイギリスに留まり、スプリントカップ(G1)に出走するも11着であった。帰国後はキャピタルステークスで3着、連覇を目指した阪神牝馬ステークスでは8着だった。

6歳となった2003年阪急杯で7番人気ながら4着となり、迎えた高松宮記念では12番人気で14着と大敗。このレースを最後に引退することになり、4月12日付でJRAの競走馬登録を抹消された。

[編集] 繁殖牝馬時代

[編集] 繁殖成績

馬名 厩舎 馬主 戦績
第1子 アルティマトゥーレ 美浦奥平雅士 (有)社台レースホース 8戦5勝(現役・2009年6月27日現在)
第2子 キャプテントゥーレ 栗東・森秀行 (有)社台レースホース 7戦3勝(現役・2008年4月20日現在)

[編集] 血統表

エアトゥーレ血統  

*トニービン
Tony Bin
1983 鹿毛
*カンパラ
1976 黒鹿毛
Kalamoun *ゼダーン
Khairunissa
State Pension *オンリーフォアライフ
Lorelei
Severn Bridge
1965 鹿毛
Hornbeam Hyperion
Thicket
Priddy Fair Preciptic
Campanette

*スキーパラダイス
Ski Paradise
1990 芦毛
Lyphard
1969 鹿毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Goofed Court Martial
Barra
Ski Goggle
1980 芦毛
*ロイヤルスキー Raja Baba
Coz o'Nijinsky
Mississippi Siren Delta Judge
Cable Censor F-No.3-l

[編集] 脚注

  1. ^ 日本調教馬としては初のシンガポール遠征でもあった。