IRTブロードウェイ-7番街線

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IRTブロードウェイ-7番街線
IRTブロードウェイ-7番街線を経由する運転系統は1979年から赤で彩色されている。
IRTブロードウェイ-7番街線を経由する運転系統は1979年から赤で彩色されている。
基本情報
種類 地下鉄高架鉄道
路線網 ニューヨーク市地下鉄
起点 ヴァン・コートラント・パーク-242丁目駅
終点 サウス・フェリー駅(マンハッタン支線)
ボロー・ホール駅英語版(ブルックリン支線)
駅数 44駅
1日利用者数 1,093,105人(96丁目以南)
348,027人(96丁目以北)[1]
開業 1904年 - 1919年
所有者 ニューヨーク市
運営者 ニューヨーク市交通局
路線構造 地下(ブルックリンとマンハッタンの大半
高架(125丁目駅、インウッド以北
路線諸元
軌間 1,435 mm
線路数 単線 - 複々線
電化方式 直流 625V 第三軌条方式
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IRTブロードウェイ-7番街線英語: IRT Broadway – Seventh Avenue Line)、別称7番街線またはウェストサイド線(英語: West Side Line)はニューヨーク市地下鉄の路線。Aディビジョン(インターボロー・ラピッド・トランジット:IRT)の路線の一つであり、ロウアー・マンハッタンサウス・フェリー駅から北進しブロンクス区リバーデイルヴァン・コートラント・パーク-242丁目駅へ向かう[2][3]。なお、チェンバーズ・ストリート駅で本線から分岐して南東方向へ進みクラーク・ストリート・トンネルを通ってダウンタウン・ブルックリン英語版ボロー・ホール駅英語版へ向かうブルックリン支線(英語: Brooklyn Branch)[4]もブロードウェイ-7番街線の一部である[5]

概要[編集]

ブルックリン支線の南端は不明である。1981年の「最も荒廃した地下鉄駅」 ("most deteriorated subway stations") 一覧では、MTAはボロー・ホール駅とクラーク・ストリート駅をIRTニューロッツ線の一部として記載している[6]。しかし2007年時点で、非常口のサインではボローホール駅はIRTブロードウェイ-7番街線の駅とされており、ボローホール駅の2部分はブロードウェイ-7番街線およびIRTイースタン・パークウェイ線英語版となると示されている。距離標に示されている路線記号の「K」(クラーク・ストリート・トンネル)と「M」(ジョレールモン・ストリート・トンネル英語版)はボロー・ホール駅で合流し「E」(イースタン・パークウェイ線)となる。

この路線はマンハッタンの西側に沿って走るため、IRTウェストサイド線としても知られる。42丁目以北の部分はニューヨークで最初の地下鉄の一部として建設された。リンカーン・センターコロンビア大学ニューヨーク市立大学シティカレッジなどの場所へのアクセスを便利にしている。

IRTブロードウェイ-7番街線を経由する運転系統は、地下鉄の標識や出版物においてトマトレッドで彩色されている。この路線には1 2 3系統の列車が走っており、運行区間についてみると同線の大部分で重なっている。以前は、1系統の列車は9系統英語版(2005年5月27日以降廃止)と連携して千鳥運転(skip-stop service、1系統と9系統の列車で小駅への停車を分担することで、一部の駅を通過して所要時間を短縮する)として運行していた。1994年以降、この千鳥運転はアッパー・マンハッタンにラッシュ時のみ存在している。

96丁目駅英語版以北の区間の大半に存在する現在未使用の線路(1本)はこれまでに、少なくとも96丁目駅-137丁目駅英語版間でラッシュ時に混雑方向にのみ停車する急行(peak direction express service)が使用したことがある[7]。現在、この中央の線路は保線工事によるルート変更時のみに使用される。

同線はマンハッタンで唯一高架駅を有する路線である。

クラーク・ストリート・トンネル[編集]

ブルックリン区ファーマン・ストリートにある非常口
1915年の7番街地下鉄崩壊の様子。車がトンネルに落下している。

クラーク・ストリート・トンネル(英語: Clark Street Tunnel)はイースト川の下にあり、マンハッタン区ブルックリン区を結ぶトンネルである。2 3系統の列車が通っている。このトンネルは1919年4月15日(火曜日)に営業列車 (revenue service) 用に開通し、これによりジョレールモン・ストリート・トンネル英語版の混雑が緩和され、乗客が直線ルートでブルックリンとマンハッタンの西側の間を移動できるようになった[8]。全長は約5,900フィート(約1,770メートル)であり、このうち水面下にある部分は約3,100フィート(約930メートル)である。

トンネルの建設工事は1914年10月12日に開始され、シールド工法圧気工法を併用して建設された。トンネルは後にホランド・トンネルの最初のチーフエンジニアとなる土木技師のクリフォード・ミルバーン・ホランドにより設計された[9][10]。北側のトンネルは1916年11月28日に貫通した[11]

1990年12月28日、クラーク・ストリート・トンネルでの電気火災により乗客が30分以上にわたって地下鉄の列車に閉じ込められ、乗客のうち2人が死亡し149人が負傷した[12]

歴史[編集]

1904年と1908年の間に最初の地下鉄が開業した時、主要な運行形態の1つに現在のIRTレキシントン・アベニュー線42丁目シャトル、IRTブロードウェイ-7番街線を経由してロウアー・マンハッタンヴァン・コートラント・パーク英語版を結ぶウェストサイド支線があった。各駅停車と急行列車のどちらも運行され、急行列車は96丁目駅英語版以南の急行線を使用していた。一部の急行列車はラッシュ時にはブルックリンのアトランティック・アベニュー駅を通っており、それ以外の全列車はシティ・ホール駅英語版サウス・フェリー駅で方向転換していた[13][14][15]

1915年9月22日、23丁目と25丁目の間での駅建設工事中に爆発が起き、トンネルが崩壊した[16]

1917年6月3日、ブロードウェイ-7番街線タイムズ・スクエア-42丁目駅以南で初めて42丁目駅と34丁目-ペン・ステーション駅を結ぶシャトル列車の運行が開始された[17]。このシャトル列車は1918年7月1日にサウス・フェリー駅まで南延され、同日チェンバーズ・ストリート駅ウォール・ストリート駅英語版を結んでいたブルックリン支線を走行するシャトル列車も運行を開始した[18]。最終的には1918年8月1日に「H」字の路線網が完成し、ブロードウェイ-7番街線の2区間が接続され全てのウェストサイド線の列車がタイムズ・スクエア駅以南に向かうようになった[19]

緩行線はサウス・フェリー駅まで続いていたが、ブルックリン支線が使用するウォール・ストリート駅へ向かう急行線は1919年4月15日にクラーク・ストリート・トンネルを通ってブルックリンのアトランティック・アベニュー駅まで延伸された[20]。その数年後にイースタン・パークウェイ線英語版の延伸線とノストランド・アベニュー線英語版ニューロッツ線の連絡線が開通し、最終的にウェストサイド線の列車はフラットブッシュ・アベニュー駅英語版ニューロッツ・アベニュー駅まで走行した。

1959年2月6日、1系統の列車はウェストサイド線の各駅停車となった。以前は、1系統の列車はウェストサイド線の急行線を走行してブルックリンに向かっており、3系統の列車はサウス・フェリー駅への各駅停車であった。これ以来、1系統の列車の運行区間に変化はない。

1989年8月21日、1/9系統の日中運行の千鳥運転方式の列車が運行を開始した[21]。千鳥運転方式の列車は137丁目-シティ・カレッジ駅以北で運行された。

1994年、日中運行の千鳥運転が廃止された[22]。この時までに、1系統の列車はマーブル・ヒル-225丁目駅、207丁目駅、145丁目駅を通過するのみであり、9系統の列車は238丁目駅、215丁目駅、ダイクマン・ストリート駅、157丁目駅を通過するのみであった。

アメリカ同時多発テロ事件以降、ワールド・トレード・センター・サイト英語版のすぐ下を通っていたIRTブロードウェイ-7番街線がツイン・タワーの崩壊により深刻な損傷を受けたため、1系統の列車を経路変更することになった。同系統は242丁目駅と14丁目駅の間でのみ運行し、96丁目駅以北は各駅停車として、96丁目駅以南は急行として運行された。この時、9系統の列車と千鳥運転は運行を中止した。

96丁目駅のポイント切換に手間取ったものの、9月19日に経路変更が行われた。1系統は3系統からブルックリン区内の運行を引き継いで242丁目駅からクラーク・ストリート・トンネルおよびIRTイースタン・パークウェイ線経由でニューロッツ・アベニュー駅までの各駅停車として運転された。一方3系統はマンハッタン区内のハーレム148丁目駅 - 14丁目駅(深夜帯以外)/チェンバーズ・ストリート駅(深夜帯)間で急行運転を行うことになった。2002年9月15日、1系統の列車は元通りサウス・フェリー駅行きになり、9系統の列車と千鳥急行が再開された[23]

2005年5月27日、9系統の列車と千鳥急行が廃止された[22]

2009年3月16日、サウス・フェリー・ループス駅と同駅に停車する1系統の各駅停車が廃止され、新しいサウス・フェリー駅(終点)が開業した[24]。これはIND63丁目線英語版の駅が開業した1989年以降に開業した最初の新駅であった。サウス・フェリー駅にあった2つのループ線はどちらも現在でも途中駅で折り返す列車(ブルックリンへ向かわない5系統の列車など)のために使用されているが、プラットホームは客扱いをしなくなった。このループ駅は、2009年に建設された駅がハリケーン・サンディによる被害を受けたため2013年4月に再開された。

運行区間と運転系統[編集]

以下の運転系統はブロードウェイ-7番街線の一部または全てを経由している。なお、運転系統を示す系統標識(bullet)の色はトマトレッドである。

  時間帯 運行区間
深夜を除く全て 深夜
NYCS 1 各駅停車 サウス・フェリー駅までの全線
NYCS 2 急行 各駅停車 96丁目駅英語版の南からボローホール駅英語版まで
NYCS 3 急行 96丁目駅の南からボロー・ホール駅まで(深夜を除く全て)
96丁目駅とタイムズ・スクエア駅の間(深夜)


駅一覧[編集]

凡例
Stops all times 常時停車
Stops all times except late nights 深夜を除き常時停車
Stops late nights only 深夜のみ停車
Stops weekdays only 平日のみ停車
Stops rush hours only ラッシュアワーのみ停車
Stops rush hours in peak direction only ラッシュアワーの混雑方向のみ停車
時間帯詳細
所在する地区
(おおよそ)
バリアフリー・アクセス 駅名 線路 運行系統 開業 接続・備考
リバーデイル ヴァン・コートラント・パーク-242丁目駅 1 Stops all times 1908年8月1日[25]
中央の急行線が開始(定期運行なし)
240丁目車両基地への連絡線
キングスブリッジ英語版およびリバーデイル 238丁目駅英語版 緩行線 1 Stops all times 1908年8月1日
バリアフリー・アクセス 231丁目駅英語版 緩行線 1 Stops all times 1907年1月27日
マーブル・ヒル英語版 マーブル・ヒル-225丁目駅英語版 緩行線 1 Stops all times 1907年1月14日[26] メトロノース鉄道ハドソン線マーブル・ヒル駅)と接続
ブロードウェイ橋
インウッド 215丁目駅英語版 緩行線 1 Stops all times 1906年3月12日[27]
207丁目車両基地への連絡線
207丁目駅英語版 緩行線 1 Stops all times 1906年3月16日 Bx12 セレクト・バス・サービス
中央の急行線が終了
バリアフリー・アクセス ダイクマン・ストリート駅 1 Stops all times 1906年3月12日[27] 南行き方面のみADAに準拠
ワシントンハイツ 191丁目駅英語版 1 Stops all times 1911年1月14日[28]
181丁目駅 1 Stops all times 1906年3月16日
168丁目駅英語版 1 Stops all times 1906年4月14日[29] IND8番街線 (A Stops all times C Stops all times except late nights)
157丁目駅英語版 1 Stops all times 1904年11月12日[30]
中央の急行線が開始(定期運行なし)
ハーレム 145丁目駅英語版 緩行線 1 Stops all times 1904年10月27日[31]
137丁目車両基地の線路が本線を囲む
137丁目-シティ・カレッジ駅英語版 緩行線 1 Stops all times 1904年10月27日[31]
125丁目駅英語版 緩行線 1 Stops all times 1904年10月27日[31]
モーニングサイド・ハイツ 116丁目-コロンビア大学駅英語版 緩行線 1 Stops all times 1904年10月27日[31] M60 セレクト・バス・サービスラガーディア空港行き)
カテドラル・パークウェイ-110丁目駅英語版 緩行線 1 Stops all times 1904年10月27日[31]
アッパー・ウェスト・サイド 103丁目駅英語版 緩行線 1 Stops all times 1904年10月27日[31]
中央の急行線が終了
IRTレノックス・アベニュー線が急行線として接続 (2 Stops all times 3 Stops all times)
バリアフリー・アクセス 96丁目駅英語版 全て 1 Stops all times 2 Stops all times 3 Stops all times 1904年10月27日[31]
91丁目駅英語版 緩行線 1904年10月27日[31] 1959年2月2日閉鎖
86丁目駅英語版 緩行線 1 Stops all times 2 Stops late nights only 1904年10月27日[31]
79丁目駅英語版 緩行線 1 Stops all times 2 Stops late nights only 1904年10月27日[31]
バリアフリー・アクセス 72丁目駅英語版 全て 1 Stops all times 2 Stops all times 3 Stops all times 1904年10月27日[31]
バリアフリー・アクセス 66丁目-リンカーン・センター駅英語版 緩行線 1 Stops all times 2 Stops late nights only 1904年10月27日[31]
ミッドタウン バリアフリー・アクセス 59丁目-コロンバス・サークル駅 緩行線 1 Stops all times 2 Stops late nights only 1904年10月27日[31] IND8番街線 (A Stops all times B Stops weekdays only C Stops all times except late nights D Stops all times)
50丁目駅 緩行線 1 Stops all times 2 Stops late nights only 1904年10月27日[31]
42丁目シャトルへ向かう北行緩行線と合流(定期運行なし)
バリアフリー・アクセス タイムズ・スクエア-42丁目駅 全て 1 Stops all times 2 Stops all times 3 Stops all times 1917年6月3日[32] IRTフラッシング線 (7 Stops all times)
IND8番街線 (A Stops all times C Stops all times except late nights E Stops all times) 42丁目-ポート・オーソリティ・バスターミナル駅
BMTブロードウェイ線 (N Stops all times Q Stops all times R Stops all times except late nights)
42丁目シャトル (S Stops all times except late nights)
ポート・オーソリティ・バスターミナル
バリアフリー・アクセス 34丁目-ペン・ステーション駅 全て 1 Stops all times 2 Stops all times 3 Stops all times except late nights 1917年6月3日[32] ペンシルベニア駅アムトラックロングアイランド鉄道NJトランジットと接続
M34 / M34A セレクト・バス・サービス
チェルシー 28丁目駅英語版 緩行線 1 Stops all times 2 Stops late nights only 1918年7月1日
23丁目駅英語版 緩行線 1 Stops all times 2 Stops late nights only 1918年7月1日
18丁目駅英語版 緩行線 1 Stops all times 2 Stops late nights only 1918年7月1日
14丁目駅 全て 1 Stops all times 2 Stops all times 3 Stops all times except late nights 1918年7月1日 IND6番街線 (F Stops all times M Stops weekdays only) 14丁目駅
BMTカナーシー線 (L Stops all times) 6番街駅
PATH14丁目駅と接続
グリニッジ・ヴィレッジ クリストファー・ストリート-シェリダン・スクエア駅英語版 緩行線 1 Stops all times 2 Stops late nights only 1918年7月1日 パストレイン クリストファー・ストリート駅英語版と接続
ハウストン・ストリート駅英語版 緩行線 1 Stops all times 2 Stops late nights only 1918年7月1日
トライベッカ キャナル・ストリート駅英語版 緩行線 1 Stops all times 2 Stops late nights only 1918年7月1日
フランクリン・ストリート駅英語版 緩行線 1 Stops all times 2 Stops late nights only 1918年7月1日
フィナンシャル・ディストリクト バリアフリー・アクセス チェンバーズ・ストリート駅 全て 1 Stops all times 2 Stops all times 3 Stops all times except late nights 1918年7月1日[33]
急行線がブルックリン支線へ向けて分岐 (2 Stops all times 3 Stops all times except late nights)、緩行線は本線として続く (1 Stops all times)
コートランド・ストリート駅英語版 緩行線 1918年7月1日 2001年9月11日から閉鎖
パストレイン ワールド・トレード・センター駅と接続
レクター・ストリート駅英語版 緩行線 1 Stops all times 1918年7月1日
サウス・フェリー・ループス駅で本線と外側のループが分離
サウス・フェリー・ループス駅
(ループ線にあるプラットホーム)
外側のループのみ 1 Stops all times 1918年7月1日[33] 新駅建設により2009年3月16日閉鎖
新駅の被災に伴い2013年4月4日から1系統の終点として営業再開
バリアフリー・アクセス サウス・フェリー駅
(新しいプラットホーム)
緩行線 2009年3月16日[24] ハリケーン・サンディによる被害により2012年11月に閉鎖、再建中
BMTブロードウェイ線 (R Stops weekdays only)
M15 セレクト・バス・サービス
サウス・フェリースタテン島フェリー
本線が終了 (1 Stops all times)
 
ブルックリン支線 (2 Stops all times 3 Stops all times except late nights)
フィナンシャル・ディストリクト パーク・プレイス駅 急行線 2 Stops all times 3 Stops all times except late nights 1918年8月1日 IND8番街線 (A Stops all times C Stops all times except late nights) チェンバーズ・ストリート駅
IND8番街線 (E Stops all times) ワールド・トレード・センター駅
パストレイン ワールド・トレード・センター駅と接続
フルトン・ストリート駅 急行線 2 Stops all times 3 Stops all times except late nights 1918年8月1日 IRTレキシントン・アベニュー線 (4 Stops all times 5 Stops all times except late nights)
IND8番街線 (A Stops all times C Stops all times except late nights)
BMTナッソー・ストリート線 (J Stops weekdays only Z Stops rush hours in peak direction only)
BMTブロードウェイ線 (R Stops weekdays only) コートランド・ストリート駅英語版と接続(デイ・ストリート連絡通路英語版経由)
ウォール・ストリート駅英語版 急行線 2 Stops all times 3 Stops all times except late nights 1918年8月1日
クラーク・ストリート・トンネル
ブルックリン・ハイツ英語版 クラーク・ストリート駅英語版 急行線 2 Stops all times 3 Stops all times except late nights 1919年4月15日
ダウンタウン・ブルックリン英語版 バリアフリー・アクセス ボロー・ホール駅英語版 急行線 2 Stops all times 3 Stops all times except late nights 1919年4月15日 IRTイースタン・パークウェイ線英語版 (4 Stops all times 5 Stops weekdays only)
BMT4番街線英語版 (N Stops late nights only R Stops all times except late nights) コート・ストリート駅英語版
IRTイースタン・パークウェイ線英語版の緩行線となる (2 Stops all times 3 Stops all times except late nights)

脚注[編集]

  1. ^ MTA. “Average weekday subway ridership”. 2012年8月21日閲覧。
  2. ^ MTA Capital Construction - South Ferry Terminal Project, Environmental Assessment and Section 4(f) Evaluation, Chapter 5-13: Archaeological and Historic Resources (PDF, 198 KiB)
  3. ^ Metropolitan Transportation Authority, Proposed Program of Projects, Federal Fiscal Year 2007 (PDF, 362 KiB)
  4. ^ MTA Capital Construction, Status Report On the Programmatic Agreement regarding the Fulton Street Transit Center Project In New York City, New York (PDF, 838 KiB)
  5. ^ MTA Capital Construction, Second Avenue Subway, Supplemental Draft Environmental Impact Statement, Chapter 5B: Transportation—Subway and Commuter Rail (PDF, 317 KiB)
  6. ^ New York Times, Agency Lists Its 69 Most Deteriorated Subway Stations, June 11, 1981, section B, page 5
  7. ^ New York Times, New Subway Expresses, November 18, 1906, page 3
  8. ^ “New Subway Service Between Brooklyn and Manhattan Boroughs”. The New York Times. (1919年4月13日). http://query.nytimes.com/gst/abstract.html?res=950DE0DC1F3BE03ABC4B52DFB2668382609EDE 2009年9月5日閲覧。 
  9. ^ “Work Begins on New Tubes Under River”. The New York Times. (1914年10月11日). http://query.nytimes.com/gst/abstract.html?res=9506E5D8153FE233A25752C1A9669D946596D6CF 2010年2月28日閲覧。 
  10. ^ Aronson, Michael (1999年6月15日). “The Digger Clifford Holland”. Daily News (New York). http://www.nydailynews.com/archives/news/1999/06/15/1999-06-15_the_digger_clifford_holland.html 2010年7月2日閲覧。 
  11. ^ Under-River Tunnel Headings Meet”. nycsubway.org. 2010年2月28日閲覧。
  12. ^ McFadden, Robert D. (1990年12月29日). “2 Subway Riders Die After Blast”. The New York Times. http://www.nytimes.com/1990/12/29/nyregion/2-subway-riders-die-after-a-blast.html 2009年9月5日閲覧。 
  13. ^ Commerce and Industry Association of New York, Pocket Guide to New York, 1906, pp. 19-26
  14. ^ New York Times, Bronx to Montauk; One Change of Cars, April 30, 1908, page 4
  15. ^ Brooklyn Daily Eagle Almanac, 1916
  16. ^ “Disaster at Rush Hour. Lays Work in New Tunnel from 23d to 25th St. in Tangled Ruin. Bursting Gas and Water Mains Impede Scores in Cavity Aiding the Wounded. Horrified Crowds Look On. Two Passengers Killed in Panic Among Struggling Victims in Wrecked Trolley. Gas or Free Dynamite May Be the Cause. Chief of Blasters Is Sought by the Police”. New York Times. http://select.nytimes.com/gst/abstract.html?res=F10616F93A5C13738DDDAA0A94D1405B858DF1D3 2013年12月19日閲覧. "Seven persons were killed and eighty-five injured shortly before 8 o'clock yesterday morning when a blast of dynamite in the excavation for the new Seventh Avenue subway carried away all the plank thoroughfare between Twenty-third and Twenty-fifth Streets, sweeping down into the great hole a crowded trolley car and a brewery automobile truck." 
  17. ^ New York Times, Three New Links of the Dual Subway System Opened, June 3, 1917, page 33
  18. ^ New York Times, Open New Subway to Regular Traffic, July 2, 1918, page 11
  19. ^ New York Times, Open New Subway Lines to Traffic, August 2, 1918, page 1
  20. ^ New York Times, Open Clark Street Line, April 16, 1919, page 18
  21. ^ “The New York City Transit Authority in the 1980s”. nycsubway.org. http://www.nycsubway.org/articles/history-nycta1980s.html 
  22. ^ a b Chan, Sewell (2005年1月12日). “MTA Proposes Dropping No. 9 Train”. New York Times. http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9B07E5D71638F931A25752C0A9639C8B63 2010年5月5日閲覧。 
  23. ^ Lueck, Thomas J. (2002年9月15日). “Old Service, Old Stops Restored on West Side”. New York Times. http://select.nytimes.com/gst/abstract.html?res=F30C10FE3D540C768DDDA00894DA404482 2010年5月5日閲覧。 
  24. ^ a b MTA Opens New South Ferry Station Retrieved March 16, 2009
  25. ^ New York Times, Our First Subway Completed at Last, August 2, 1908, page 10
  26. ^ New York Times, Farthest North in Town by the Interborough, January 14, 1907, page 18
  27. ^ a b New York Times, Trains to Ship Canal, March 13, 1906, page 16
  28. ^ New York Times, untitled, January 22, 1911, page X11
  29. ^ New York Times, New Subway Station Open, April 15, 1906, page 1
  30. ^ 157th Street station
  31. ^ a b c d e f g h i j k l m n New York Times, Our Subway Open: 150,000 Try It, October 28, 1904
  32. ^ a b New York Times, Three New Links of the Dual Subway System Opened, June 3, 1917, page 33
  33. ^ a b New York Times, Open New Subway to Regular Traffic, July 2, 1918, page 11

外部リンク[編集]