遠田郡

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宮城県遠田郡の範囲(1.涌谷町 2.美里町 薄緑:後に他郡から編入した区域 薄黄:後に他郡に編入された区域)

遠田郡(とおだぐん)は、宮城県陸奥国陸前国)の

人口40,723人、面積157.11km²、人口密度259人/km²。(2017年10月1日、推計人口

以下の2町を含む。

郡域[編集]

1878年明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記2町に大崎市の一部(田尻各町および古川狐塚・古川馬放・古川長岡針・古川休塚・古川淵尻・古川富長・古川上埣・古川桑針・古川馬櫛・古川下谷地・古川鶴ヶ埣・古川深沼)を加えた区域にあたる。ただし、美里町青生は1954年志田郡から編入されている。また、登米市米山町西野、米山町中津山が1878年まで本郡に所属した。

歴史[編集]

近世以降の沿革[編集]

田尻村、中目村、八幡村、小松村、諏訪峠村、沼木村、休塚村、狐塚村、馬放村、長岡針村、富長村、上埣村、淵尻村、成田村、荻埣村、平針村、中埣村、北高城村、南高城村、小塩村、成沢村、大沢村、北牧目村、南牧目村、中高城村、大嶺村、桜田高野村、通木村、沼部村、三高野村、蕪栗村、大貫村、小里村、太田村、吉住村、西野村、中津山村、涌谷村、馬場谷地村、上郡村、下郡村、小塚村、猪岡短台村、木間塚村、二郷村、練牛村、大柳村、福ヶ袋村、和多田沼村、不動堂村、南小牛田村、北小牛田村、牛飼村、北浦村、関根村、桑針村、深沼村、鶴ヶ埣村
  • 明治7年(1874年)4月 - 区の再編により、全域が宮城県第8大区となる。
  • 明治11年(1878年)10月21日 - 郡区町村編制法の宮城県での施行により、行政区画としての遠田郡が発足。郡役所が馬場谷地村に設置。同日大区小区制廃止。
  • 明治13年(1880年)1月17日 - 西野村・中津山村(現・登米市)の所属郡が登米郡に変更[2]。(56村)
  • 明治14年(1881年)3月21日 - 吉住村から箆岳村が分立[3]。(57村)
  • 明治19年(1886年)5月12日 - 三高野村が沼部村に編入[4]。(56村)

町村制以降の沿革[編集]

1.涌谷町 2.元涌谷村 3.箆岳村 4.大貫村 5.沼部村 6.田尻村 7.富永村 8.中埣村 9.北浦村 10.小牛田村 11.不動堂村 12.南郷村(紫:大崎市 赤:涌谷町 橙:美里町)
  • 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足[5]。(1町11村)
    • 涌谷町(馬場谷地村が単独町制。現存
    • 元涌谷村 ← 涌谷村、小塚村、上郡村、下郡村(現・涌谷町)
    • 箆岳村 ← 篦岳村、吉住村、猪岡短台村、太田村、小里村、成沢村(現・涌谷町)
    • 大貫村 ← 大貫村、蕪栗村(現・大崎市)
    • 沼部村 ← 沼部村、大沢村、小塩村、桜田高野村、北小牛田村、北高城村(現・大崎市)
    • 田尻村 ← 田尻村、大嶺村、小松村、諏訪峠村、通木村、中目村、沼木村、八幡村、北牧目村(現・大崎市)
    • 富永村 ← 富長村、上埣村、狐塚村、長岡針村、淵尻村、馬放村、休塚村(現・大崎市)
    • 中埣村 ← 中埣村、荻埣村、成田村、平針村、中高城村、南高城村、南牧目村(現・美里町)
    • 北浦村 ← 北浦村、関根村(現・美里町)、桑針村、鶴ヶ埣村、深沼村(現・大崎市)
    • 小牛田村 ← 南小牛田村、牛飼村(現・美里町)
    • 不動堂村(単独村制。現・美里町)
    • 南郷村 ← 木間塚村、大柳村、二郷村、福ヶ袋村、練牛村、和多田沼村(現・美里町)
  • 明治27年(1894年)4月1日 - 郡制を施行。
  • 明治35年(1902年)12月26日 - 田尻村が町制施行して田尻町となる。(2町10村)
  • 明治40年(1907年)4月1日 - 小牛田村が町制施行して小牛田町となる。(3町9村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和23年(1948年)12月1日 - 涌谷町・元涌谷村が合併し、改めて涌谷町が発足。(3町8村)
  • 昭和25年(1950年
    • 4月1日 - 不動堂村が町制施行して不動堂町となる。(4町7村)
    • 12月16日 - 富永村が古川市に編入。(4町6村)
  • 昭和29年(1954年
    • 3月3日 - 田尻町・沼部村・大貫村が合併し、改めて田尻町が発足。(4町4村)
    • 4月1日 - 小牛田町・不動堂町・中埣村・北浦村が合併し、改めて小牛田町が発足。(3町2村)
    • 7月1日 - 南郷村が町制施行して南郷町となる。(4町1村)
    • 8月1日 - 小牛田町が志田郡敷玉村の一部(青生)を編入(敷玉村の残部は古川市に編入)。
  • 昭和30年(1955年)7月15日 - 涌谷町・箆岳村が合併し、改めて涌谷町が発足。(4町)
  • 昭和31年(1956年)1月1日 - 小牛田町の一部(桑針・鶴ヶ埣・深沼)が古川市に編入。
  • 平成18年(2006年)1月1日 - 小牛田町・南郷町が合併して美里町が発足。(3町)
  • 平成18年(2006年)3月31日 - 田尻町が古川市・志田郡三本木町松山町鹿島台町玉造郡岩出山町鳴子町と合併して大崎市が発足し、郡より離脱。(2町)

変遷表[編集]

行政[編集]

  • 歴代郡長
氏名 就任 退任 備考
1 鈴木純之進 明治12年(1879年)2月12日 明治36年(1903年)2月10日 任期途中、郡制施行
2 大立目謙吾 明治36年(1903年)2月10日 明治39年(1906年)2月28日
3 近藤晋二郎 明治39年(1906年)2月28日 明治43年(1910年)4月23日
4 戸田元太郎 明治43年(1910年)4月23日 大正6年(1917年)3月12日
5 土居通次 大正6年(1917年)3月12日 大正9年(1920年)7月24日
6 内田左平 大正9年(1920年)7月24日 大正11年(1922年)4月12日
7 小山田義祐 大正11年(1922年)4月12日 大正12年(1923年)2月18日
8 小山喜寿 大正12年(1923年)3月12日

脚注[編集]

  1. ^ 明治元年12月23日(1869年2月4日)の「諸藩取締奥羽各県当分御規則」(法令全書通番明治元年太政官布告第1129)に従って設置された県だが、明治政府が権知県事を任命したわけではなく、そのため明治政府の公文書には全く記録が残っておらず、正式な県とは認められていない。
  2. ^ 同日付、宮城県令甲第7号
  3. ^ 同日付、宮城県令甲第56号
  4. ^ 同日付、宮城県令甲第34号
  5. ^ 町村の統合自体は前日の3月31日付で実施されている。(明治22年(1889年)2月9日付、宮城県令第8号)

参考文献[編集]