本吉郡

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宮城県本吉郡の範囲(緑:南三陸町 薄黄:後に他郡に編入された区域)

本吉郡(もとよしぐん)は、宮城県陸奥国陸前国)の

人口11,735人、面積163.4km²、人口密度71.8人/km²。(2017年10月1日、推計人口

以下の1町を含む。

郡域[編集]

1878年明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1町に気仙沼市および登米市の一部(津山町各町)、石巻市の一部(北上町十三浜)を加えた区域にあたる。

歴史[編集]

近代以降の沿革[編集]

区分 村数 村名 所属代官区 所轄郡奉行
北方 1郷19村 気仙沼本郷、赤岩村、岩尻村、岩月村、歌津村、大島村、唐桑村、小泉村、小原木村、最知村、鹿折村、新城村、月立村、津谷村、長磯村、波路上村、平磯村、馬籠村、松崎村、山田村 気仙沼代官所
(気仙沼本郷)
奥郡奉行
南方 8村5浜 北沢村、南沢村、入谷村、折立村、黄牛村、志津川村、水戸辺村、柳津村、荒戸浜、清水浜、十三浜、滝ノ浜、長清水浜 横山代官所
(北沢村)
中奥郡奉行
  • 明治8年(1875年)10月17日 - 以下の各村の統合が行われる。(1郷16村1浜)
    • 本吉村 ← 志津川村、荒戸浜、清水浜
    • 戸倉村 ← 折立村、水戸辺村、滝ノ浜、長清水浜
    • 横山村 ← 北沢村、南沢村
    • 麻崎村 ← 柳津村、黄牛村
    • 御嶽村 ← 津谷村、馬籠村・山田村
    • 大谷村 ← 岩尻村、平磯村
    • 階上村 ← 波路上村、岩月村、最知村、長磯村
    • 松岩村 ← 松崎村、赤岩村
    • 新月村 ← 新城村、月立村
  • 明治8年(1875年)11月22日 - 水沢県が磐井県に改称。
  • 明治9年(1876年)4月18日 - 第2次府県統合により宮城県の管轄となる。
  • 明治9年(1876年)11月 - 区の再編により、本吉郡は桃生郡牡鹿郡と共に宮城県第5大区となる。
  • 明治11年(1878年)10月21日 - 郡区町村編制法の宮城県での施行により、行政区画としての本吉郡が発足。郡役所が本吉村(志津川宿)に設置。同日大区小区制廃止。

町村制以降の沿革[編集]

1.麻崎村 2.横山村 3.十三浜村 4.戸倉村 5.入谷村 6.本吉村 7.歌津村 8.小泉村 9.御岳村 10.大谷村 11.階上村 12.松岩村 13.新月村 14.気仙沼町 15.鹿折村 16.唐桑村 17.大島村(紫:石巻市 赤:登米市 桃:気仙沼市 橙:南三陸町)
  • 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足[1]。(1町16村)
  • 明治27年(1894年)4月1日 - 郡制を施行。
  • 明治28年(1895年)10月31日 - 本吉村が町制施行して志津川町となる。(2町15村)
  • 明治39年(1906年)11月1日 - 麻崎村が町制施行して柳津町となる。(3町14村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存置。
  • 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和16年(1941年)11月3日 - 御嶽村が町制施行して津谷町となる。(4町13村)
  • 昭和26年(1951年)4月1日 - 鹿折村が町制施行して鹿折町となる。(5町12村)
  • 昭和28年(1953年)6月1日 - 気仙沼町・鹿折町・松岩村が合併して気仙沼市が発足。郡より離脱。(3町11村)
  • 昭和29年(1954年)11月3日 - 柳津町・横山村が合併して津山町が発足。(3町10村)
  • 昭和30年(1955年
    • 2月11日 - 唐桑村が町制施行して唐桑町となる。(4町9村)
    • 3月1日 - 志津川町・戸倉村・入谷村が合併し、改めて志津川町が発足。(4町7村)
    • 3月30日(4町4村)
    • 4月1日 - 新月村・階上村・大島村を気仙沼市に編入。(4町1村)
  • 昭和34年(1959年)4月1日 - 歌津村が町制施行し、歌津町となる。(5町)
  • 平成17年(2005年
  • 平成18年(2006年)3月31日 - 唐桑町が気仙沼市と合併し、改めて気仙沼市が発足、郡より離脱。(2町)
  • 平成21年(2009年)9月1日 - 本吉町が気仙沼市に編入。(1町)

変遷表[編集]

行政[編集]

  • 歴代郡長
氏名 就任 退任 備考
1 戸沢精一郎 明治11年(1878年)
2 秋山峻 明治16年(1883年)
3 戸沢精一郎 明治22年(1889年) 再任
任期途中、郡制施行
4 八乙女盛次 明治29年(1896年)
5 今野三朔 明治31年(1898年)
6 大立目謙吾 明治34年(1901年)11月 明治36年(1903年)2月10日
7 菅原通実 明治36年(1903年)2月10日[2] 明治37年(1904年)12月23日
8 飯塚清通 明治37年(1904年)12月23日[3]
9 真殿彬 明治45年(1912年)3月
10 菊池忠良 大正2年(1913年)3月
11 小山田義祐 大正10年(1921年)1月
12 細川荒雄 大正11年(1922年)1月 任期途中、郡会廃止
13 佐藤曾代吉 大正13年(1924年)11月 大正15年(1926年)6月30日 郡役所廃止により、廃官

脚注[編集]

  1. ^ 町村の統合自体は前日の3月31日付で実施されている。(明治22年(1889年)2月9日付、宮城県令第8号)
  2. ^ 『官報』第5880号、明治36年2月12日。
  3. ^ 『官報』第6447号、明治37年12月24日。

参考文献[編集]