柴田郡

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宮城県柴田郡の範囲(1.大河原町 2.村田町 3.柴田町 4.川崎町)

柴田郡(しばたぐん)は、宮城県陸奥国陸前国)の

人口82,905人、面積428.17km²、人口密度194人/km²。(2017年9月1日、推計人口

以下の4町を含む。

郡域[編集]

1878年明治11年)に行政区画として発足して以来、郡域は上記4町のまま変更されていない。

人口[編集]

現市町村界での国勢調査人口の推移(単位:人)を以下に示す[1][2]

                     柴田郡                      Flag of Shibata Miyagi.JPG 柴田町                      Flag of Ogawara, Miyagi.svg 大河原町                      Flag of Murata Miyagi.JPG 村田町                      Flag of Kawasaki, Miyagi.svg 川崎町


歴史[編集]

文献上における初見は、養老5年(721年)10月で、柴田郡から苅田郡を分割した旨の記事であり、それ以前の柴田郡は、現在の柴田・刈田両郡を合わせた範囲を指していたことになる。

近世以降の沿革[編集]

船岡村、上名生村、中名生村、下名生村、大谷村、船迫村、入間野村、四日市場村、上川名村、海老穴村、小成田村、成田村、大河原村、平村、堤村、新寺村、小山田村、福田村、沼辺村、薄木村、関場村、小泉村、村田郷、足立村、小野村、本砂金村、今宿村、川内村、支倉村、入間田村、菅生村、富沢村、葉坂村、沼田村、前川村
  • 明治7年(1874年)4月 - 区の再編により、刈田郡と共に宮城県第9大区となる。
  • 明治9年(1876年)11月 - 区の再編により、刈田郡・伊具郡亘理郡と共に宮城県第1大区となる。
  • 明治11年(1878年)10月21日 - 郡区町村編制法の宮城県での施行により、行政区画としての柴田郡が発足。「柴田刈田郡役所」が大河原村に設置され、刈田郡とともに管轄。同日大区小区制廃止。

町村制以降の沿革[編集]

1.大河原町 2.金ヶ瀬村 3.船岡村 4.槻木村 5.沼辺村 6.村田村 7.富岡村 8.川崎村(赤:大河原町 紫:柴田町 桃:村田町 橙:川崎町)
  • 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足[3]。(1町7村)
    • 大河原町 ← 大河原村、大谷村、小山田村、福田村(現存
    • 金ヶ瀬村 ← 平村、堤村、新寺村(現・大河原町)
    • 船岡村 ← 船岡村、上名生村、中名生村、下名生村(現・柴田町)
    • 槻木村 ← 入間野村、入間田村、海老穴村、上川名村、富沢村、成田村、小成田村、葉坂村、四日市場村、船迫村(現・柴田町)
    • 沼辺村 ← 沼辺村、関場村、沼田村(現・村田町)
    • 村田村 ← 村田本郷、足立村、薄木村、小泉村(現・村田町)
    • 富岡村 ← 菅生村(現・村田町)、支倉村(現・川崎町)
    • 川崎村 ← 前川村、本砂金村、今宿村、小野村、川内村(現・川崎町)
  • 明治27年(1894年)4月1日 - 郡制を施行。郡役所が大河原町に設置。
  • 明治28年(1895年)10月31日 - 村田村が町制施行して村田町となる。(2町6村)
  • 明治37年(1904年)4月1日 - 槻木村が町制施行して槻木町となる。(3町5村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和16年(1941年)11月3日 - 船岡村が町制施行して船岡町となる。(4町4村)
  • 昭和23年(1948年)5月3日 - 川崎村が町制施行して川崎町となる。(5町3村)
  • 昭和30年(1955年)4月20日(5町1村)
    • 村田町・沼辺村と富岡村の一部(菅生)が合併し、改めて村田町が発足。
    • 川崎町と富岡村の一部(支倉)が合併し、改めて川崎町が発足。
  • 昭和31年(1956年
    • 4月1日 - 船岡町・槻木町が合併して柴田町が発足。(4町1村)
    • 9月30日 - 大河原町・金ヶ瀬村が合併し、改めて大河原町が発足。(4町)
  • 昭和35年(1960年)3月14日 - 川崎町の一部(表支倉地区[4]、0.54平方km、133人)が村田町に編入。

変遷表[編集]

行政[編集]

  • 柴田・刈田郡長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 富田広信 明治12年(1879年)2月13日 明治27年(1894年)3月31日
  • 柴田郡長
氏名 就任 退任 備考
1 富田広信 明治27年(1894年)4月1日 明治33年(1900年)12月27日 柴田・刈田郡長より転任
2 片野続 明治33年(1900年)12月27日 明治34年(1901年)4月4日[5]
3 白極誠一 明治34年(1901年)4月20日[6] 明治35年(1902年)9月2日
4 伊藤近春 明治35年(1902年)9月2日 明治41年(1908年)7月29日
5 坂元蔵之允 明治41年(1908年)7月29日 明治43年(1910年)8月29日
6 仙石卯策 明治43年(1910年)8月29日 大正2年(1913年)6月30日
7 兼子悌次 大正2年(1913年)7月31日 大正3年(1914年)12月28日
8 土居通次 大正3年(1914年)12月28日 大正6年(1917年)3月12日
9 中井正猪 大正6年(1917年)3月12日 大正7年(1918年)5月10日
10 渡邊寿 大正7年(1918年)5月10日 大正9年(1920年)4月19日
11 卯埜正路 大正9年(1920年)4月19日 大正9年(1920年)12月28日
12 森田専七郎 大正9年(1920年)12月28日 大正11年(1922年)4月12日
13 古川為二 大正11年(1922年)4月12日 大正13年(1924年)1月25日 任期途中、郡会廃止
14 本田鶴吉 大正13年(1924年)1月25日 大正13年(1924年)12月10日
15 手島伝 大正13年(1924年)12月10日

脚注[編集]

  1. ^ 平成17年国勢調査1次結果(宮城県)
  2. ^ 平成27年国勢調査人口等基本集計結果(確定値)(宮城県)
  3. ^ 町村の統合自体は前日の3月31日付で実施されている。(明治22年(1889年)2月9日付、宮城県令第8号)
  4. ^ 大字支倉のうち、字櫛挽・字道海・字道海前山および字東湯沢の一部
  5. ^ 『官報』第5326号、明治34年4月9日。
  6. ^ 『官報』第5337号、明治34年4月22日。

参考文献[編集]