裸足の季節

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裸足の季節
松田聖子シングル
初出アルバム『SQUALL(#1)
Seiko Box(#2)』
B面 RAINBOW〜六月生まれ
リリース
ジャンル アイドル歌謡曲
レーベル CBS・ソニー
(8cmCD含む)
ソニー・ミュージックレコーズ
(12cmCDのみ)
作詞・作曲 三浦徳子小田裕一郎
チャート最高順位
  • 週間12位(オリコン
  • 11位(ザ・ベストテン
  • 1980年5月度月間18位(オリコン)
  • 1980年6月度月間11位(オリコン)
  • 1980年度年間50位(オリコン)[1]
松田聖子 シングル 年表
裸足の季節
(1980年)
青い珊瑚礁
(1980年)
収録アルバムSQUALL
トロピカル・ヒーロー
(4)
裸足の季節
(5)
ロックンロール・デイドリーム
(6)
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裸足の季節」(はだしのきせつ)は、1980年4月にリリースされた松田聖子のデビュー曲である。

品番:06SH 746(レコード)

解説[編集]

  • 80年代アイドルブームの火付け役である松田聖子のファーストシングル。
  • アイドル歌手でデビューした当時のキャッチフレーズは抱きしめたい ミスソニー」。
  • 作詞:三浦徳子、作曲:小田裕一郎のコンビは松田の礎となる初期の楽曲のほとんどを担当している。
  • 1989年には8cmCDとして、2004年には紙ジャケット仕様の完全生産限定盤12cmCDとして再びリリースされている。

逸話[編集]

松田は元々女優デビューが先であり、資生堂の「エクボ洗顔フォーム」のCMもモデルとして出演するためにオーディションを受けたが、自身はえくぼができないために出演条件を満たせず不合格となった。代わりにCMソングを歌う事が決まり、2月末にレコーディングされたのがこの曲である。

元々別のタイトルで他の歌手のために作られたが、所属歌手の売り上げ不振に頭を悩ませていたところで松田のタイアップが急遽決まり、事務所の方針転換がなされたという話がある。しかし、当時のCBSソニープロデューサーの若松宗雄は後のインタビューでこの説を否定している[2]ジャケットの衣装は自ら新宿で探したもので、撮影も10分ほどで行われた。レコーディングは資生堂や代理店の関係者に囲まれる中で行われた。途中、松田は感激のあまり泣き出したという。

CM出演者には同じく新人タレントの山田由紀子が抜擢された。山田出演のCMは注目を集め、「唄・松田聖子」のクレジットが表示されていたものの、山田が歌っていると誤解される事も多かった[3]。資生堂のキャンペーンで2人揃ってのサイン会も催されたが、山田の前にはサインを求める人の列ができ、顔が知られていない松田の方には人が集まらず悔しい思いをしたという。

ニッポン放送のラジオ番組「ロッテ集まれ!ヤンヤン 熱気でムンムン!」の公開録音で最初に披露され、それが歌手としてのデビューともなった。その際、曲名は『ハイヌーンは熱く』となっていたが、その日の内に現タイトルに変更されたという[4]フジテレビの音楽番組「夜のヒットスタジオ」にもデビューから28日目という早さで初登場している(1980年4月28日)。この時、“山口百恵引退後のアイドル界を担う逸材”という業界内の評価から、司会の井上順が「郵便受け(=ポストをもじったもの)百恵ちゃん」と彼女を紹介している。TBSテレビザ・ベストテン」では、「今週のスポットライト」コーナーで、同期デビューの岩崎良美と共に出演した(1980年7月3日)。

オリコンチャートで週間53位に初登場(4月14日のチャート)と出足はそこそこだったが、テレビでの露出が増えるに従って順位も上げていった。CMでの伸びのある歌声と本人の顔が一致した事で瞬く間に知名度を上げ人気を得ていった。最終的にオリコン12位まで到達し、レコード総売り上げは30万枚近くに上った。

シングル盤収録曲[編集]

  1. 裸足の季節(3分43秒)(資生堂エクボ洗顔フォームCM曲)
  2. RAINBOW〜六月生まれ(4分12秒)

参考文献[編集]

  1. ^ 別冊宝島2611『80年代アイドルcollection』p.38.
  2. ^ 濱口英樹『ヒットソングを創った男たち 歌謡曲黄金時代の仕掛人』シンコーミュージック・エンタテイメント、2018年、197頁。ISBN 978-4-401-64526-8
  3. ^ 「聖子20歳 愛と歌の青春譜(少年画報社、1982年)」
  4. ^ 「もう一度あなた」(ワニブックス、1981年)

関連作品[編集]