神龍 (航空機)

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神龍(じんりゅう)は、大日本帝国海軍太平洋戦争中に試作した特別攻撃機

概要[編集]

1945年(昭和20年)前半に海軍より必要条件が提示され、機体の設計は逓信省が、製造は美津野グライダー製作所が行なった。1945年5月に機体が完成、7月に試験飛行が行われ、本土決戦に備えて特別攻撃隊のパイロットの訓練が行われていたが、実戦投入前に終戦の日をむかえたため、特に戦果はない。終戦までに製造されたのは4機の試作機のみだった。

木製グライダー型飛行機であり、桜花と同様の火薬式ロケット3基で30秒間飛行できたが、飛行特性は悪かった。一型は胴体内に100kg爆弾を搭載。飛行場から洞穴から発進し、目標に対して体当たり攻撃を行う。想定された攻撃目標は、本土決戦に際して上陸してきたアメリカ軍の戦車揚陸艇、特に新型重戦車として出現が警戒されていた「M1重戦車」(M26パーシングの誤伝)だった。

生存したパイロットは、後世、「当たったとしても戦車だから5、6人くらいしか巻きぞえにできないし、上空から向かって行っても戦車に撃ち落とされていただろうから、お国のためとはいえ、納得がいかない。なぜこのような乏しい作戦を立てるのか」といった旨のコメントを残している。

計画のみの二型は、固体ロケットブースターの再装填によって同時期のドイツ空軍で開発されていたBa 349と同程度の120秒程度の航続時間を持つ、デルタ翼カナードを有する戦闘攻撃機として開発されていた(秋水#各型も参照)。武装は攻撃用ロケット弾の装備を予定していた。

諸元(一型)[編集]

  • 全長:8.22 m
  • 全幅:7.00 m
  • 全高:1.80 m
  • エンジン:ロケットエンジン × 3
  • 最大速度:275 km/h
  • 武装:100 kg爆弾 × 1(内蔵)
  • 乗員:1名

参考[編集]

関連項目[編集]