暁雲 (航空機)

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暁雲(ぎょううん)は、大日本帝国海軍が計画した偵察機。試作名称は「十七試陸上偵察機」、略符号は「R1Y」、試作番号(実計番号)は「Y-30」。

開発[編集]

1939年昭和14年)頃から基礎設計が進められていた高高度記録機「Y-30」を前身として、速力と航続性能で陸軍一〇〇式司令部偵察機を上回る陸上偵察機を目指し、1941年(昭和16年)12月に海軍航空技術廠(空技廠)で計画を開始。大築志夫技術少佐を設計主務者として1942年(昭和17年)夏から本格的な設計が開始され、1943年(昭和18年)末に試作一号機が完成する予定だったが、設計値が要求性能を下回っていたため、同年3月に約85パーセントまで設計が完了し、模型による風洞実験が行われていたところで計画は中止された。

設計[編集]

本機は三座の双発機で、当初要求された性能は以下のようなものだった。

  • 与圧気密室を有すること。偵察席は最前方。
  • 局地偵察・洋上索敵が可能なこと。
  • 最大速度は667 km/h(高度6,000 m時)。
  • 航続距離は巡航速度436 km/hで7,410 km(高度4,000 m時)。

当初、エンジンは三菱重工業で開発中の水冷H型24気筒「ME2A」(出力2,500 - 3,000 hp)2基を連結した「ヌ号」(出力5,000 hp)を装備する予定だったが、乗員の視界を確保するために三菱「火星」の18気筒型である「MK10A」(出力2,400 hp)に変更された。この時点での最大速度は685 km/h(高度8,000 m時)だったが、MK10Aの開発が難航し、設計の変更された「MK10C」となったため、最大速度は648 km/h(高度6,000 m時)まで低下し、計画中止の主因となった。

主翼には層流翼型「LB翼」を採用し、構造を外翼と中央翼に分割することで容易に胴体と結合できるように工夫された。また、構造様式や材料、製造過程を同時期に空技廠で開発されていた陸上爆撃機「銀河」に近づけることによって、開発期間の短縮が計られていた。

また、開発中には山名正夫技術少佐による、排気タービンつきダイムラー・ベンツ製エンジンを双子化して胴体に内蔵し、最大速度741 km/h(高度10,000 m時)、航続距離3,334 - 3,704 kmを発揮するという、航続力よりも速力を重視した別案が有力視されたこともあったが、機体構造が複雑化するため実用機としては不適だとする強い反対意見も存在した。

諸元(計画値・最終時)[編集]

  • 全長:15.0 m
  • 全幅:19.0 m
  • 翼面積:50.0 m2
  • 自重:10,500 kg
  • 全備重量:14,000 kg
  • エンジン:三菱 MK10C 空冷複列星型18気筒(2,400 hp) × 2
  • 最大速度:704 km/h(380 kt・高度9,000 m時)
  • 航続距離:7,408 km(4,000浬・高度4,000 m時)
  • 乗員:3名

参考文献[編集]