十四試中型飛行艇

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十四試中型飛行艇(じゅうよんしちゅうがたひこうてい)は、大日本帝国海軍が計画した飛行艇略符号は「H10H」[1]

概要[編集]

予算の都合上十分な数を調達できないと見られた二式飛行艇などの大型飛行艇(大艇)を補完する機体として、大艇並みの性能を有する中型飛行艇が求められ、1939年昭和14年)4月から開発が開始された。広海軍工廠(広廠)の松浦陽恵を主任として開発は進められたが、基礎計画は大築志夫を主務者とする海軍航空廠(空廠)の人員が行っている。風洞試験中に発生したナセル・ストールへの対応、広廠と空廠の間の面子問題や設計人員の不足などの影響を受けて計画は遅れ、その間に所要数の大艇を製造できるだけの軍費増強が行われたこと、さらに十五試双発陸上爆撃機(のちの銀河)の開発が始まりそちらに人員を集中させる必要が生じたことを受け、実機の主桁が完成した1941年(昭和16年)8月に計画は中止された。

機体は4発高翼で、艇首と後方に銃座を有する。航続力では大艇に劣る分、大艇以上の高速を発揮可能な機体として計画されている。艇体のステップ(段差)は、滑走時にメイン・ステップにのる新構想のロング・ステップを採用。なお、開発中止時にはナセル・ストールを解消できる目処は立っていた。

諸元(計画値)[編集]

  • 全幅:28.0 m
  • 重量:18,000 kg
  • エンジン:三菱 金星五〇型 空冷星型14気筒(離昇1,300 hp) × 4
  • 最大速度:472 km/h(255 kt)
  • 航続距離:6,482 km(3,500浬)
  • 武装:
    20mm機銃 × 2
    13mm機銃 × 3

参考文献[編集]

  1. ^ 小川利彦 『日本陸海軍 幻の新鋭機』 戦史刊行会、1976年、119頁。全国書誌番号:69023244