六試特殊爆撃機

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六試特殊爆撃機(ろくしとくしゅばくげきき)は、大日本帝国海軍が試作した急降下爆撃機。本項では改良型の七試特殊爆撃機(ななし - )についても述べる。

概要[編集]

1930年(昭和5年)、海軍は海軍技術研究所航空機部の長畑順一郎技師を渡米させ、カーチス社製のSBCを始めとする急降下爆撃機の資料を収集。長畑技師の帰国後、艦載可能な急降下爆撃機の研究のために海軍航空廠(空廠)で六試特爆を開発することとなり、長畑技師を設計主務者として基礎設計が行われた。

機体の製造は1931年(昭和6年)に中島飛行機に発注された。中島の山本良造技師らによって子細の設計と実機の制作が行われ、試作一号機は1932年(昭和7年)11月に完成。続いて1933年(昭和8年)初頭に二号機も完成した。海軍による審査は極秘裏に進められたが、操縦性と縦安定性の不足などの多くの問題点があり、同年11月26日に急降下試験中の一号機が墜落事故を起こし、テストパイロットを務めていた藤巻恒男一等操縦士が殉職した。これによって審査は中止された。

機体は木金混合骨組みに羽布張りの複葉機で、降着装置は固定脚。急降下中の重心と抗力中心を合わせ安定性を高めるために、下主翼を上主翼より前方に配した逆スタッガー翼の採用や、下主翼を逆ガル翼にするなどの特殊な翼型・翼配置を行っていたが、有効なものにはならなかった。

七試特殊爆撃機[編集]

六試特爆の墜落事故を受け、空廠と中島は同じ主要メンバーによって、六試特爆の設計にエンジンの変更や逆スタッガー翼の使用取りやめなどの改良を加えた七試特爆の開発を行った。七試特爆は1933年に試作機1機が完成し、海軍によって審査されたが、さらなる研究の余地があるとされ、続く八試特殊爆撃機の開発が開始されることになった。

諸元(推定値)[編集]

六試特殊爆撃機
  • 全長:8.20 m
  • 全幅:11.00 m
  • 全高:3.20 m
  • 主翼面積:32.0 m2
  • 自重:1,500 kg
  • 全備重量:2,300 kg
  • エンジン:中島 寿二型 空冷星型9気筒(最大580 hp) × 1
  • 最大速度:240.8 km/h
  • 実用上昇限度:6,500 m
  • 航続距離:833 km
  • 武装:
    7.7mm固定機銃 × 1
    7.7mm旋回機銃 × 1
    250kg爆弾 × 1
  • 乗員:2名
七試特殊爆撃機
  • 全長:8.50 m
  • 全幅:11.00 m
  • 全高:3.50 m
  • 主翼面積:30.0 m2
  • 自重:1,500 kg
  • 全備重量:2,300 kg
  • エンジン:中島 寿二型改一 空冷星型9気筒(最大580 hp) × 1
  • 最大速度:241 km/h
  • 実用上昇限度:6,500 m
  • 航続距離:740 km
  • 武装:
    7.7mm固定機銃 × 1
    7.7mm旋回機銃 × 1
    250kg爆弾 × 1
  • 乗員:2名


参考文献[編集]