前田直堅

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前田 直堅(まえだ なおかた、天和3年5月17日1683年6月11日) - 享保14年8月9日1729年9月1日))は、江戸時代中期の加賀藩の人物。加賀八家筆頭前田土佐守家の4代当主。父は土佐守家3代・前田直作。兄弟は兄2人が確認されている。子は土佐守家5代・前田直躬大音厚曹など。官位は従五位下近江守。直堅関係の現存する記録は石川県史に2点が確認できる。

生涯[編集]

元禄2年(1689年)父直作の死去により家督相続。神護寺請取火消、人持組頭、大年寄を歴任。950石の加増を受けて知行1万1000石となる。元禄15年(1702年)4月従五位下近江守に叙任。正徳元年(1711年)公儀御用(宗門方御触)兼任。享保18年(1729年)8月9日没。享年47。

参考文献[編集]

  • 『加賀藩史稿』
  • 『石川県史』