前田孝中

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前田 孝中(まえだ たかなか、天保10年12月6日1840年1月10日) - 安政4年2月29日1857年3月24日))は、加賀藩重臣。加賀八家前田対馬家10代当主。

父は加賀藩年寄前田孝本。養子は前田孝敬。幼名菊丸。通称菊之丞、大炊。

生涯[編集]

天保10年(1839年)12月6日加賀藩年寄前田孝本の次男として生まれる。安政3年(1856年)父の死去により家督と知行1万8000石を相続する。

翌安政4年(1857年)2月29日死去。享年19。家督は、分家前田孝備の嫡男孝敬が末期養子となって相続した。

参考文献[編集]

  • 「加能郷土辞彙」