前田利極

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前田利極
時代 江戸時代後期
生誕 文化9年10月21日1812年11月24日
死没 天保9年9月12日1838年10月29日
改名 鍛太郎(幼名)、利極
諡号 静斎
戒名 恭正院殿仁応道儀大居士
墓所 石川県加賀市の実性院
官位 従四位下、駿河
幕府 江戸幕府
加賀大聖寺藩
氏族 前田氏
父母 父:前田利之、母:厚見氏(智泉院)
兄弟 造酒丞、鈴、利極、緩次郎、利建利平
建、桂
正室:前田斉広の娘・寿正院
1女(政)、養子:前田利平

前田 利極(まえだ としなか)は、加賀大聖寺藩の第10代藩主。

文化9年(1812年)10月21日、第9代藩主・前田利之の次男として江戸で生まれる。長兄・造酒丞が早世したために世子となる。天保7年12月10日(1837年1月16日)の父の死去により、天保8年(1837年)2月13日に家督を継いで藩主となる。

天保9年(1838年)9月12日に死去した。享年27。跡を弟で養子の利平が継いだ。