中田廉

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中田 廉
広島東洋カープ #26
HC-Ren-Nakata20110623.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府大阪市
生年月日 (1990-07-21) 1990年7月21日(26歳)
身長
体重
189 cm
91 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2008年 ドラフト2位
初出場 2010年7月16日
年俸 2,000万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

中田 廉(なかた れん、1990年7月21日 - )は、大阪府出身の広島東洋カープに所属するプロ野球選手投手)。旧姓野林(のばやし)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学5年時に野球を始め、八尾ファイターズに入る。以来投手一筋。長吉西中時代は長瀬タイガースに所属。中学3年生の時には関西選抜メンバーに選ばれる。この頃から最速137km/hを記録する速球派投手だった。

広陵高等学校に進学し、1年春から公式戦に出場した。1年秋には明治神宮野球大会で、2年生では第79回選抜高等学校野球大会でも登板し、広陵のエース候補筆頭だった。しかし同年夏の広島大会で不調となり、第89回全国高等学校野球選手権大会のメンバーに入ることはできなかった。

3年生になると再び頭角を現し、背番号3の投手兼一塁手として夏のメンバー入り。広島大会では主戦投手として活躍し、第90回全国高等学校野球選手権記念大会出場に大きく貢献。1回戦の高知高校戦で先発し、90回大会では最速の148km/hを記録。チームは2回戦で横浜高校に敗退。高校3年夏の公式戦では31打数13安打10打点を記録するなど打者としても注目されていた[誰によって?]

2008年10月30日ドラフト会議広島東洋カープから2位指名を受け、同年11月17日に契約金7000万円・年俸720万円(金額は推定)で仮契約。ドラフト指名時には「どこの球団でもいいと言っていたけど、カープが一番よかったです」と会見で述べ、涙を流した。

プロ入り後[編集]

2009年は体調不良でファームでも1試合の登板に留まり、体重も増加したが、体調の戻った翌2010年は80kg前後に絞り、7月16日中日ドラゴンズ戦でプロ初登板を果たした。また、台湾で開催された第17回IBAFインターコンチネンタルカップの日本代表に選出されたものの、直前に左太もも裏肉離れの怪我をしたため、やむなく辞退した。

2013年後半には中継ぎとして一軍定着。クライマックスシリーズでの登板も経験した。

2014年はチーム救援投手の中で唯一年間を通して一軍に帯同。6・7回を中心に、チーム事情によって8回での登板、回跨ぎをするなどセットアッパーとしてフル回転で活躍し、66試合78 2/3回を投げている。特に6月半ばまでは防御率0点台をマーク、磐石のリリーフ陣の一角を担った。

2015年は右肩の故障により5試合のみの登板だった。

選手としての特徴[編集]

190cm近い長身から投げ下ろす平均球速約139km/h[2]、最速149km/h[3]の速球と縦横のスライダー、カーブ、フォークなどの多彩な変化球が武器の本格派右腕。

人物[編集]

高校時代の寮ではスポーツ店で貰ったカープのポスターを貼っていた。

父は元プロ野球選手で広島にも在籍したこともある野林大樹[4]。叔父(母の実妹の夫)は元近鉄などの村上隆行。親子で広島に在籍するのは永田徹登永田利則以来2組目。さらに村上の義弟(村上の実妹の夫)は元DeNAなどの中村紀洋で、食事を共にしたり、野球を始めた小6の頃に中村の自宅へ遊びに行ったことがある。その時にグラブとバット、そしてトレーニングウエアをプレゼントされ、今でも宝物として大切にしている。

同じ大阪のボーイズリーグのチームである忠岡ボーイズのエースには前田健太が在籍していた。カープ入団の背番号は、前田のルーキー時と同じ34番。11月の仮契約の際には「(前田健太さんは)坂本さんや田中さんよりも凄かった。憧れです。話を聞きたいです」と目を輝かせていた。前田健太は「ドラフトの時から気になってました。僕の昔を知っている人は少ないので、嬉しいです。自分もやることが多いですけど、ピッチャーでは下から2番目(の年齢)ですし、今年は一軍を経験できたので色々と教えてあげたいです。先輩には聞きにくいと思うので、気さくに話しかけたいですね」と述べている。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2010 広島 13 4 0 0 0 1 1 0 0 .500 112 25.0 20 5 14 0 2 17 1 0 13 12 4.32 1.36
2011 2 1 0 0 0 0 0 0 0 ---- 36 7.0 10 0 3 0 0 4 1 1 6 5 6.43 1.86
2012 27 0 0 0 0 1 0 0 4 1.000 151 34.2 38 3 12 0 1 26 2 0 15 15 3.89 1.44
2013 15 0 0 0 0 0 0 0 3 ---- 109 24.2 25 2 9 1 2 21 1 0 8 8 2.92 1.46
2014 66 0 0 0 0 9 8 0 18 .529 334 78.2 78 9 25 1 3 69 2 0 34 34 3.89 1.31
2015 5 0 0 0 0 1 0 0 0 1.000 20 5.0 4 0 3 1 0 4 0 0 0 0 0.00 1.40
2016 8 0 0 0 0 1 1 0 1 .500 23 4.1 5 1 4 0 1 6 0 0 8 8 16.62 2.08
通算:7年 136 5 0 0 0 13 10 0 26 .565 785 179.1 180 20 70 3 9 147 7 1 84 82 4.12 1.39
  • 2016年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
打撃記録

背番号[編集]

  • 34 (2009年 - 2016年)
  • 26 (2017年 - )

脚注[編集]

  1. ^ 広島 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2016年11月13日閲覧。
  2. ^ 『2013 プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2013年、59頁。ISBN 978-4-905411-11-6
  3. ^ 2010年7月27日明治神宮野球場にて。
  4. ^ ただし野林と中田の実母は2008年離婚。この件については野林の項目も参照されたい。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]