上厚内信号場

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上厚内信号場
駅舎(2013年9月)
駅舎(2013年9月)
かみあつない
Kami-Atsunai
K40 浦幌 (11.8km)
(6.6km) 厚内 K42
所在地 北海道十勝郡浦幌町字上厚内
駅番号 K41
所属事業者 JR logo (hokkaido).svg北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 根室本線
キロ程 243.5km(滝川起点)
電報略号 カア
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
0人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1910年明治43年)12月1日
備考 設置当初は信号所(信号場)、1926年大正15年)8月1日より上厚内駅となり、2017年平成29年)3月4日に駅として廃止[1]、現在は信号場。
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1977年の上厚内駅と周囲約500m範囲。右が根室方面。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

上厚内信号場(かみあつないしんごうじょう)は、北海道十勝郡浦幌町字上厚内にる北海道旅客鉄道(JR北海道)根室本線信号場

概要[編集]

1910年鉄道院の国有鉄道釧路線(後のJR北海道根室本線)の上厚内信号所(鉄道省の根室本線時代の1922年に上厚内信号場に改称)として設置された。1926年に一般駅に昇格し、上厚内駅となった。1971年に貨物・荷物扱いの終了に伴い簡易委託駅となり、1987年に国鉄の分割民営化に伴ってJR北海道に継承され、1992年には無人駅となった。

駅時代の電報略号カア駅番号K41であった。2011年から2015年の1日平均乗車人数は1人以下[2]であり、2017年に利用者減少に伴い駅として廃止[1]され、上厚内信号場となった[3]

駅・信号場名は厚内川の上流に所在することに由来する。

歴史[編集]

廃止時の構造[編集]

1線スルー化はされておらず、駅舎側の旧1番線が下り線、旧2番線が上り線となっている。

旅客駅時代は相対式2面2線ホームを有する地上駅で、互いのホームは屋根のない跨線橋で連絡していた。

駅周辺[編集]

小集落があるのみ。

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道(JR北海道)
根室本線
浦幌駅 (K40) - (常豊信号場) - (上厚内信号場) - 厚内駅 (K42)

脚注[編集]

  1. ^ a b c 平成29年3月ダイヤ改正について (PDF)”. 北海道旅客鉄道 (2016年12月16日). 2016年12月16日閲覧。
  2. ^ a b どうしんウェブ/電子版(経済) (2016年10月4日). “上厚内駅も廃止方針 根室線 JR、浦幌町に伝達” (日本語). 北海道新聞 (北海道新聞社). オリジナル2016年10月5日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20161005095435/http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/economy/economy/1-0323071.html 2016年10月5日閲覧。 
  3. ^ a b 「存廃に揺れる北辺の本線」、『鉄道ジャーナル』No.610、2017年8月、 56頁。
  4. ^ “駅番号表示(駅ナンバリング)を実施します” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2007年9月12日), http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2007/070912-3.pdf 2014年9月6日閲覧。 
  5. ^ WEB TOKACHI (2016年10月3日). “上厚内駅 来年3月廃止 JR北海道” (日本語). 十勝毎日新聞 (十勝毎日新聞社). オリジナル2016年10月3日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/20161003130920/http://kachimai.jp/article/index.php?no=2016103133228 2016年10月3日閲覧。 
  6. ^ 上厚内駅の歴史振り返る 浦幌町博物館、25,26日に説明会 写真の提供呼びかけ”. どうしんweb・北海道新聞 (2017年2月17日). 2017年2月17日閲覧。

関連項目[編集]