レイマ・ボウィ

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レイマ・ロバータ・ボウィ
Leymah Roberta Gbowee
生誕 1972年2月1日(42歳)
リベリアの旗 リベリア
国籍 リベリアの旗 リベリア
職業 平和運動家
受賞 ノーベル平和賞
2011年
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ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:2011年
受賞部門:ノーベル平和賞
受賞理由: 平和構築活動に女性が安全かつ全面的に参加できるよう求めて非暴力の活動を行った

レイマ・ロバータ・ボウィLeymah Roberta Gbowee, 1972年2月1日 - )は、リベリア共和国の女性平和運動家。2011年ノーベル平和賞受賞者である[1][2]。名前の日本語表記はリーマ・ボウイーとも[3]

経歴[編集]

リベリア共和国中央部に生まれ、17歳で首都のモンロビアに移住、この時、第一次リベリア内戦が勃発した。心的外傷を負った兵士のカウンセラーとして働きチャールズ・テーラー率いる軍の元少年兵らを治療した。

2002年、社会活動家として、「平和のための女性リベリア大衆行動英語版」(Women of Liberia Mass Action for Peace)を組織した。この平和運動は魚市場で祈り歌う女性たちの運動として始まった。そしてキリスト教徒ムスリムを問わず平和を希求する非暴力の抵抗運動として広まって行った。 レイマの指導のもとに、女性たちはチャールズ・テーラー大統領との会見に成功し、大統領からガーナ共和国で開催される和平交渉への参加を確約させることに成功、レイマは女性たちを率いて女性たちの代表団をガーナに送り和平圧力を加えた。アクラの大統領官邸前で無言の抗議集会を行い、こうした運動の結果、膠着していた和平交渉も合意に達した。レイマらの運動は2003年第二次リベリア内戦の終結をもたらし、女性大統領エレン・ジョンソン・サーリーフの誕生に繋がった。

レイマらは平和を象徴する真っ白いTシャツを着て運動を行った。Tシャツにはナンバリングが示され、その数は数千となった。女性たちはこうして暴力や政府に反対する政治勢力であることを示した。レイマらの運動は、他のアフリカ諸国へも平和を求める運動として広がりを見せている。

レイマは、「Women in Peacebuilding Program/West African Network for Peacebuilding」(WIPNET/WANEP)の創設者の1人であり、現在はガーナの首都・アクラに本部を置く「Women Peace and Security Network Africa」(WIPSEN-Africa)の事務局長に就任、西アフリカ一帯に運動を広げるために活動を行っている。2013年10月よりコロンビア大学バーナード・カレッジのフェロー(Fellow in Residence at the Athena Center for Leadership Studies)に就任、同校講師等を務めている。

脚注[編集]

外部リンク[編集]