ブラッドリー・ジョーンズ

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ブラッドリー・ジョーンズ Football pictogram.svg
Brad Jones.jpg
名前
本名 ブラッドリー・スコット・ジョーンズ
Bradley Scott Jones
愛称 ブラッド
ラテン文字 Brad JONES
基本情報
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
生年月日 1982年3月19日(32歳)
出身地 アーマーデール
身長 191cm
体重 77kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 リヴァプールFC
ポジション GK
背番号 1
利き足 右足
代表歴
2007- オーストラリアの旗 オーストラリア 2 (0)
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

ブラッドリー・ジョーンズ(Bradley Jones, 1982年3月19日 - )は、オーストラリアアーマーデール出身のサッカー選手。ポジションはゴールキーパー

来歴[編集]

クラブ[編集]

2000年からミドルズブラFCに籍を置くが、同チームでは2004年1月3日に行われたFAカップノッツ・カウンティFC戦(2-0)でデビュー。同シーズンにはプレミアリーグデビューも果たしている(ただし、この1試合のみ)。その後徐々に出場機会を増やしつつあるが、同胞のマーク・シュワルツァーが不動の正GKとして君臨していた。そのため、下部リーグのチームに短期間のレンタル移籍をすることが多かった。

2008年にシュワルツァーはフラムFCに移籍するが、この年は後輩のロス・ターンブルにポジションを譲った。2009年にターンブルがチェルシーFCに移籍後は念願叶って正GKの座を射止めた。

2010年8月18日ホセ・マヌエル・レイナの控えとしてリヴァプールFCへ移籍。しかし、出場機会に恵まれず。2011年3月24日ダービー・カウンティFCにレンタル。

2012年4月10日ブラックバーン・ローヴァーズFC戦で、出場停止中だったレイナの代わりに出場していたドニの退場によって移籍後初めてのリーグ戦出場を果たすと、ミドルズブラ時代の同僚であったヤクブ・アイェグベニのPKを止めるなど活躍を見せた。

代表[編集]

オーストラリアU-20代表としてプレーしたこともある。2007年6月2日ウルグアイ戦でA代表デビューを果たすも、致命的なミスを犯し、チームも1-2で敗れるなどほろ苦いデビュー戦となるも、そこから確かな成長を遂げ、2010 FIFAワールドカップのエントリーメンバーにも選出された。直前の2010年5月24日ニュージーランド戦の後半から出場し、見事無失点で乗り切って勝利に貢献するも、息子が白血病と診断されて看病のためにオーストラリアへ帰国。ワールドカップ出場を断念せざるを得なかった。

人物[編集]

オーストラリア代表において、マーク・シュワルツァーの後継者と言われる逸材。経験不足からくるミスが目に付くがゴールキーパーとしての実力はまずまず。

白血病と診断された長男は闘病生活の末、2011年11月18日に6歳の若さで亡くしている。

2012年4月、次男が誕生した。

所属クラブ[編集]

2001 →イングランドの旗 シェルボーンFC (loan)
2002-2003 →イングランドの旗 ストックポート・カウンティFC (loan)
2003 →イングランドの旗 ロザラム・ユナイテッド (loan)
2003-2005 →イングランドの旗 ブラックプールFC (loan)
2006 →イングランドの旗 シェフィールド・ウェンズデイFC (loan)
2011 →イングランドの旗 ダービー・カウンティFC