ブラッドリー・ジョーンズ

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ブラッドリー・ジョーンズ Football pictogram.svg
Brad Jones Liverpool 2014 (cropped) Roma.jpg
リヴァプール時代のジョーンズ (2014年)
名前
本名 ブラッドリー・スコット・ジョーンズ
Bradley Scott Jones
愛称 ブラッド
ラテン文字 Brad JONES
基本情報
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
生年月日 (1982-03-19) 1982年3月19日(34歳)
出身地 西オーストラリア州の旗西オーストラリア州
パースアーマーデール
身長 191cm
体重 76kg
選手情報
在籍チーム オランダの旗 フェイエノールト
ポジション GK
背番号 25
利き足 左足
ユース
1997-1999 オーストラリアの旗 ベイスウォーター・シティ
1999-2001 イングランドの旗 ミドルズブラ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2010 イングランドの旗 ミドルズブラ 57 (0)
2001 イングランドの旗 シェルボーン (loan) 2 (0)
2002-2003 イングランドの旗 ストックポート・カウンティ (loan) 1 (0)
2003 イングランドの旗 ロザラム・ユナイテッド (loan) 0 (0)
2003 イングランドの旗 ブラックプール (loan) 5 (0)
2004-2005 イングランドの旗 ブラックプール (loan) 12 (0)
2006 イングランドの旗 シェフィールド・W (loan) 15 (0)
2010-2015 イングランドの旗 リヴァプール 11 (0)
2011 イングランドの旗 ダービー・カウンティ (loan) 7 (0)
2015 イングランドの旗 ブラッドフォード 3 (0)
2016 オランダの旗 NEC 17 (0)
2016- オランダの旗 フェイエノールト 16 (0)
代表歴2
2001  オーストラリア U-20 1 (0)
2003-2004  オーストラリア U-23 6 (0)
2007- オーストラリアの旗 オーストラリア 4 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年12月17日現在。
2. 2014年3月5日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ブラッドリー・"ブラッド"・ジョーンズBradley "Brad" Jones, 1982年3月19日 - )は、オーストラリアアーマーデール出身のサッカー選手。元オーストラリア代表。ポジションはゴールキーパーフェイエノールト所属。

『ブラッド・ジョーンズ』と表記されることもある。

来歴[編集]

クラブ[編集]

2000年からミドルズブラFCに籍を置くが、同チームでは2004年1月3日に行われたFAカップノッツ・カウンティFC戦(2-0)でデビュー。同シーズンにはプレミアリーグデビューも果たしている(ただし、この1試合のみ)。その後徐々に出場機会を増やしつつあるが、同胞のマーク・シュワルツァーが不動の正GKとして君臨していた。そのため、下部リーグのチームに短期間のレンタル移籍をすることが多かった。

2008年にシュワルツァーはフラムFCに移籍するが、この年は後輩のロス・ターンブルにポジションを譲った。2009年にターンブルがチェルシーFCに移籍後は念願叶って正GKの座を射止めた。

2010年8月18日ホセ・マヌエル・レイナの控えとしてリヴァプールFCへ移籍。しかし、出場機会に恵まれず。2011年3月24日ダービー・カウンティFCにレンタル。

2012年4月10日ブラックバーン・ローヴァーズFC戦で、出場停止中だったレイナの代わりに出場していたドニの退場によって移籍後初めてのリーグ戦出場を果たすと、ミドルズブラ時代の同僚であったヤクブ・アイェグベニのPKを止めるなど活躍を見せた。

2015年6月10日、リヴァプールと契約満了することを発表した[1]。2015年8月17日にリーグ1所属のブラッドフォード・シティAFCと1年契約で移籍するも、9月以降出場がなく10月をもって退団。2016年1月5日、シーズン終了までの契約でエールディヴィジ所属のNECナイメヘンに入団。NECナイメヘンでは正GKとして活躍をするも契約は延長せず、シーズン終了後退団。多くの関心とオファーが集まっていたが、ケネト・フェルメールの長期離脱で代役を探していたフェイエノールトからのオファーが届いたことで2016年7月8日に1年契約で移籍[2]

プレシーズンにペル・ハンソンとのポジション争いに勝利すると、エールディヴィジ第1節から不動のスタメンに。ゴール前での落ち着きが高く評価され、第6節のPSVとのアウエーゲームでは2回の決定的セーブで0-1勝利に貢献し、アルメーヘン・ダッハブラッドで週間最優秀選手に選ばれた[3]

代表[編集]

オーストラリアU-20代表としてプレーしたこともある。2007年6月2日ウルグアイ戦でA代表デビューを果たすも、致命的なミスを犯し、チームも1-2で敗れるなどほろ苦いデビュー戦となるも、そこから確かな成長を遂げ、2010 FIFAワールドカップのエントリーメンバーにも選出された。直前の2010年5月24日ニュージーランド戦の後半から出場し、見事無失点で乗り切って勝利に貢献するも、息子が白血病と診断されて看病のためにオーストラリアへ帰国。ワールドカップ出場を断念せざるを得なかった。

人物[編集]

白血病と診断された長男は闘病生活の末、2011年11月18日に6歳の若さで亡くしている。

2012年4月、次男が誕生した。

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴


個人成績[編集]

シーズン クラブ リーグ リーグ カップ リーグカップ 国際大会 その他 合計
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
2002-03 ミドルズブラ プレミアリーグ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
2002-03 ストックポート・カウンティ (loan) ディビジョン2 1 0 0 0 0 0 0 0 1 0
2003-04 ブラックプール (loan) 5 0 0 0 0 0 2 0 7 0
2003-04 ミドルズブラ プレミアリーグ 1 0 1 0 0 0 0 0 0 0 2 0
2004-05 ブラックプール (loan) リーグ1 12 0 0 0 0 0 0 0 12 0
2004-05 ミドルズブラ プレミアリーグ 5 0 0 0 0 0 0 0 0 0 5 0
2005-06 9 0 3 0 0 0 4 0 0 0 16 0
2006-07 シェフィールド・ウェンズデイ (loan) チャンピオンシップ 15 0 0 0 0 0 0 0 15 0
2006-07 ミドルズブラ プレミアリーグ 2 0 1 0 0 0 0 0 3 0
2007-08 1 0 0 0 2 0 0 0 3 0
2008-09 16 0 5 0 1 0 0 0 22 0
2009-10 チャンピオンシップ 23 0 0 0 0 0 0 0 23 0
2010-11 リヴァプール プレミアリーグ 0 0 0 0 1 0 1 0 0 0 2 0
2010-11 ダービー・カウンティ (loan) チャンピオンシップ 7 0 0 0 0 0 0 0 7 0
2011-12 リヴァプール プレミアリーグ 1 0 1 0 0 0 0 0 0 0 2 0
2012-13 7 0 2 0 2 0 4 0 0 0 15 0
2013-14 0 0 3 0 0 0 0 0 0 0 3 0
2014-15 3 0 0 0 2 0 0 0 0 0 5 0
2015-16 ブラッドフォード・シティ リーグ1 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 3 0
2015-16 NEC エールディヴィジ 17 0 0 0 0 0 0 0 0 0 17 0

タイトル[編集]

クラブ[編集]

イングランドの旗 ブラックプールFC

脚注[編集]

外部リンク[編集]