マーク・シュワルツァー
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| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Mark Schwarzer | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1972年10月6日(53歳) | |||||
| 出身地 | シドニー | |||||
| 身長 | 195cm | |||||
| 体重 | 85kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | GK | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1990-1994 |
| 58 | (0) | |||
| 1994-1995 |
| 2 | (0) | |||
| 1995-1996 |
| 4 | (0) | |||
| 1996-1997 |
| 13 | (0) | |||
| 1997-2008 |
| 367 | (0) | |||
| 2008-2013 |
| 172 | (0) | |||
| 2013-2015 |
| 4 | (0) | |||
| 2015-2016 |
| 6 | (0) | |||
| 代表歴2 | ||||||
| 1989 |
| 6 | (0) | |||
| 1990-1991 |
| 8 | (0) | |||
| 1993-2013 |
| 109 | (0) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2014年6月25日現在。 2. 2014年6月25日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
マーク・シュワルツァー(Mark Schwarzer OAM, 1972年10月6日 - )は、オーストラリア・シドニー出身のサッカー選手で、元同国代表、同国代表歴代最多出場記録保持者(109試合)。ポジションはゴールキーパー。
姓のSchwarzerは「シュウォーツァー」、「シュウォーザー」などと表記されることもある。
クラブ経歴
[編集]ドイツ系オーストラリア人(両親が1968年にドイツからオーストラリアに移住)である。
1990年、オーストラリア国内リーグNSLのマルコーニ・スタリオンズで18歳でデビュー。ドイツのディナモ・ドレスデン、1.FCカイザースラウテルン、イングランドのブラッドフォード・シティAFCを経て、1997年にミドルズブラFCに入団。
ミドルズブラには2008年まで在籍し、11年間で通算367試合に出場。デニス・ベルカンプがアーセナルFC時代に作った外国人選手の1クラブ最多出場記録315試合を更新した。
FCバイエルン・ミュンヘンやユヴェントスFCからオファーを受けたが、正GKの保証がなかったため契約には至らなかった。2008年5月22日にフラムFCと2年契約を結んだ。2012-13年シーズン終了後、契約満了に伴いフラムFCから退団した。
2013年7月9日、ペトル・チェフの控えとしてチェルシーFCに1年契約で加入した[1]。同年12月11日、UEFAチャンピオンズリーグ 2013-14のステアウア・ブカレスト戦で41歳と66日でのデビューを飾り、チャンピオンズリーグの歴史上最高齢記録となったとともに、1-0と完封勝利に貢献した[2]。
2015年1月6日、レスター・シティFCに移籍した[3]。2015-16シーズン終了後、レスターを退団[4]。その後、現役引退。
代表経歴
[編集]1994 FIFAワールドカップ予選・北中米カリブ/オセアニア大陸間プレーオフのカナダ戦で代表デビュー。
2006 FIFAワールドカップ予選・南米/オセアニア大陸間プレーオフでは南米5位ウルグアイと1勝1敗でPK戦となり、2本のPKを止める活躍を見せ、1974年以来のワールドカップ出場に貢献した。本大会第1戦日本戦、第2戦ブラジル戦に出場したが、第3戦クロアチア戦では控えGKのジェリコ・カラッツにポジションを奪われた。決勝トーナメントイタリア戦で再び出場したが、後半ロスタイムにフランチェスコ・トッティにPKを決められ0-1で敗退した。
2012年9月6日のレバノン戦で通算100試合出場を達成。オーストラリア代表のゴールキーパーでは歴代最多のキャップ数を誇る。
2013年11月6日、代表引退を表明した[5]。
代表歴
[編集]出場大会
[編集]試合数
[編集]- 国際Aマッチ 109試合 0得点(1993年-2013年)[6]
| オーストラリア代表 | 国際Aマッチ | |
|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 |
| 1993 | 2 | 0 |
| 1994 | 2 | 0 |
| 1995 | 0 | 0 |
| 1996 | 1 | 0 |
| 1997 | 0 | 0 |
| 1998 | 0 | 0 |
| 1999 | 0 | 0 |
| 2000 | 4 | 0 |
| 2001 | 10 | 0 |
| 2002 | 0 | 0 |
| 2003 | 3 | 0 |
| 2004 | 6 | 0 |
| 2005 | 8 | 0 |
| 2006 | 8 | 0 |
| 2007 | 8 | 0 |
| 2008 | 11 | 0 |
| 2009 | 10 | 0 |
| 2010 | 9 | 0 |
| 2011 | 12 | 0 |
| 2012 | 9 | 0 |
| 2013 | 6 | 0 |
| 通算 | 109 | 0 |
タイトル
[編集]- ミドルズブラFC
- フットボールリーグカップ 2003-04
- レスターシティFC
- プレミアリーグ 2015-16
エピソード
[編集]- PK戦に強く、AFCアジアカップ2007準々決勝・日本戦でPK戦の末敗れたのがサッカー人生で初のPK戦敗退だという[7]。
- 英語、スペイン語、ドイツ語を話すことができる。
- フィリピン出身の妻との間に1男1女をもうけている。息子のジュリアンもゴールキーパーのポジションを務める元プロサッカー選手であった。2022年にフィリピン代表デビューし、2025年に現役引退した。
- 2009年、サッカー界とサッカーを通した社会貢献によりエリザベス2世よりオーストラリア勲章メダル(OAM)を授与された。
脚注
[編集]- ^ CHELSEA SIGN MARK SCHWARZER
- ^ シュウォーツァー、41歳でのCLデビューに「凄かった」
- ^ レスター、シュウォーツァー獲得を発表
- ^ Premier League (2016年6月10日). “Retained and released lists submitted by Premier League clubs”. PremierLeague.com. 2016年6月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月10日閲覧。
- ^ シュウォーツァーが豪代表引退を表明…ブラジルW杯には出場せず
- ^ マーク・シュワルツァー - National-Football-Teams.com
- ^ Schwarzer on wrong foot for first time
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- マーク・シュワルツァー - National-Football-Teams.com
- マーク・シュワルツァー - Soccerway.com
- マーク・シュワルツァー - Soccerbase.comによる選手データ
- マーク・シュワルツァー - FootballDatabase.eu
- マーク・シュワルツァー - WorldFootball.net
- マーク・シュワルツァー - Transfermarkt.comによる選手データ
- マーク・シュワルツァー - FIFA主催大会成績
- マーク・シュワルツァー - レキップ
- マーク・シュワルツァー - playmakerstats.com
- マーク・シュワルツァー - Fussballdaten.de
- FFA - Socceroo profile
- オーストラリアのサッカー選手
- サッカーオーストラリア代表選手
- ディナモ・ドレスデンの選手
- 1.FCカイザースラウテルンの選手
- ブラッドフォード・シティAFCの選手
- ミドルズブラFCの選手
- フラムFCの選手
- チェルシーFCの選手
- レスター・シティFCの選手
- FIFAコンフェデレーションズカップ2001出場選手
- FIFAコンフェデレーションズカップ2005出場選手
- 2006 FIFAワールドカップ出場選手
- 2010 FIFAワールドカップ出場選手
- AFCアジアカップ2007出場選手
- AFCアジアカップ2011出場選手
- FIFAセンチュリークラブ
- ドイツ系オーストラリア人
- シドニー出身の人物
- オーストラリア勲章受章者
- 1972年生
- 存命人物