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パトリック・キスノーボ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
パトリック・キスノーボ
名前
本名 パトリック・ファビオ・マクシム・キスノーボ
Patrick Fabio Maxime Kisnorbo
愛称 パディー
カタカナ パトリック キスノーボ
ラテン文字 Patrick Kisnorbo
基本情報
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
イタリアの旗 イタリア
モーリシャスの旗 モーリシャス
生年月日 (1981-03-24) 1981年3月24日(45歳)
出身地 オーストラリアの旗 オーストラリアメルボルン
身長 184cm
選手情報
ポジション DF(CB)
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2000-2003 オーストラリアの旗 サウス・メルボルンFC 67 (3)
2003-2005 スコットランドの旗 ハート・オブ・ミドロシアンFC 48 (1)
2005-2009 イングランドの旗 レスター・シティFC 126 (10)
2009-2013 イングランドの旗 リーズ・ユナイテッドAFC 49 (1)
2013 イングランドの旗 イプスウィッチ・タウンFCloan 3 (0)
2013-2016 オーストラリアの旗 メルボルン・シティFC 76 (5)
通算 369 (20)
代表歴2
2001 オーストラリアの旗 オーストラリア U-20 14 (1)
2003-2004 オーストラリアの旗 オーストラリア U-23 7 (0)
2002-2009 オーストラリアの旗 オーストラリア 18 (1)
監督歴
2016-2019 オーストラリアの旗 メルボルン・シティFC女子
2020-2022 オーストラリアの旗 メルボルン・シティFC
2022-2023 フランスの旗 トロワAC
2024 オーストラリアの旗 メルボルン・ビクトリーFC
2025 日本の旗 横浜F・マリノス
2026- オーストラリアの旗 シドニーFC
1. 国内リーグ戦に限る。2016年4月22日現在。
2. 2014年8月5日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

パトリック・キスノーボPatrick Fabio Maxime Kisnorbo1981年3月24日 - )は、オーストラリアメルボルン出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー(センターバック)。元オーストラリア代表

来歴

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選手時代

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モーリシャス人の父とイタリア人の母の間で生まれる[1]

2003年にスコティッシュ・プレミアリーグハート・オブ・ミドロシアンFCに2年契約で加入。その後レスター・シティFCへ移籍。当初はMFとしてプレーしていた。2009-10シーズンに2年契約でリーズ・ユナイテッドAFCへ加入。同シーズンのFAカップではマンチェスター・ユナイテッドFC相手に活躍、見事勝利に貢献した[2]

2010年3月、試合中にアキレス腱を負傷したためシーズン途中に離脱、2010 FIFAワールドカップのオーストラリア代表メンバーには選ばれなかった[3]ものの、フットボールリーグ1のベスト11に選ばれた。

2013年9月、地元メルボルンのメルボルン・ハートFC(後にメルボルン・シティに改名)に1年契約で加入[4]。その後チームとの契約を更新し、2シーズンに渡り主将を務めた。

2016年5月、現役引退を表明した[5]

指導者時代

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メルボルン・シティ

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引退後、メルボルン・シティのユースアシスタントコーチを務めた。またAリーグ・ウィメンチームのアシスタントコーチも務め、2017年7月にウィメンチームの監督に就任。

2018年7月に男子チームのアシスタントコーチに就任。同じシティ・フットボール・グループ傘下の横浜F・マリノスで監督を務めたエリク・モンバエルツをコーチとして支えた。

2020年9月、エリク・モンバエルツの退任に伴い、メルボルン・シティの監督に任命された 。 2021年5月、メルボルン・シティは同チームの11年の歴史で初のAリーグトロフィー獲得に導いた。自身が現役時代に持っていた闘志溢れるプレーをチームに植え付け、多くの賞賛が寄せられた。

同年6月、チームを初のAリーグ・チャンピオンシップに導き、Aリーグ監督デビューシーズンでダブル優勝を果たした。 ユースチームから昇格した選手も一部含まれた若いチームに、粘り強さと自信を植え付けたことによる功績が認められた。

トロワAC

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2022年11月23日、フランスのトップディビジョンチームでシティ・フットボール・グループのクラブであるトロワACの監督に就任すると発表された。彼はヨーロッパ主要リーグ「トップ5」のチームを率いる初のオーストラリア人監督となった。

しかし、彼の指揮下でチームはリーグ2に降格。2023-24シーズンの最初の15試合でわずか2勝しか挙げられず、リーグ2でも降格圏に落ちた後、キスノーボは2023年12月6日に双方の合意により退任した。

メルボルン・ビクトリーFC

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2024年6月、オーストラリアに復帰。メルボルン・ビクトリーFCの監督として3年契約を結んだ。リーグ戦で5勝1引き分け1敗という好成績を残したものの、わずか7試合で退任したことを発表した。

横浜F・マリノス

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2024年12月23日、2025年シーズンより、横浜F・マリノスのヘッドコーチ就任を発表[6]スティーブ・ホランド新監督のアシスタントとしてチームを率いることとなった。4月18日、ホランド監督の解任により、暫定監督となった。

2025年5月5日、正式に監督就任となった。だが公式戦で2勝8敗と振るわず、天皇杯ではJFLラインメール青森FCに敗れるなど低迷し、6月18日付けで退任した[7]

所属クラブ

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代表歴

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指導歴

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  • 2016年 - 2022年 オーストラリアの旗 メルボルン・シティFC
    • 2016年 - 2017年 ユースチームアシスタントコーチ/女子チーム監督
    • 2017年 - 2019年 トップチームアシスタントコーチ/女子チーム監督
    • 2019年 - 2020年 トップチーム アシスタントコーチ
    • 2020年 - 2022年 トップチーム 監督
  • 2022年 - 2023年 フランスの旗 トロワAC 監督
  • 2024年 オーストラリアの旗 メルボルン・ビクトリーFC 監督
  • 2025年 - 同年6月 日本の旗 横浜F・マリノス
    • 2025年 - 同年4月 トップチーム ヘッドコーチ
      • 2025年4月 暫定監督
    • 2025年5月 - 同年6月 トップチーム 監督
  • 2026年3月 - オーストラリアの旗 シドニーFC 監督

監督成績

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年度所属クラブリーグ戦カップ戦
順位勝点試合ルヴァンカップ天皇杯
2025J1横浜FM20位68206-2回戦敗退
  • 2025年は4月から6月まで指揮。順位は退任時点。

タイトル

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選手時代

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サウス・メルボルンFC
レスター・シティFC
U-20オーストラリア代表
オーストラリア代表
個人

監督時代

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メルボルン・シティFC
  • Aリーグレギュラーシーズン : 1回 (2020-21)
  • Aリーグファイナルシリーズ : 1回 (2020-21)
個人
  • Aリーグ年間最優秀監督:1回(2020-21)

出典

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  1. Celebrity Profile – Patrick Kisnorbo Archived 2011年7月6日, at the Wayback Machine.
  2. FA Cup Team of the Week, January 3, 2010
  3. Australia's Patrick Kisnorbo set to miss World Cup
  4. Former Leeds United defender Patrick Kisnorbo has signed for Australian A-League side Melbourne Heart.
  5. “A-League: Patrick Kisnorbo retires after 16 years, will stay with City as youth coach” (英語). The Sydney Morning Herald. (2016年5月1日) 2017年1月16日閲覧。{{cite news}}: CS1メンテナンス: 先頭の0を省略したymd形式の日付 (カテゴリ)
  6. パトリック キスノーボ氏 ヘッドコーチ就任のお知らせ”. 横浜F・マリノス. 2024年12月23日閲覧。
  7. 最下位・横浜FMがキスノーボ監督の退任を正式発表「すべての関係者にとって、私がチームを離れることが最善であると合意に至りました」”. ゲキサカ. 2025年6月19日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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