ピンポンパン体操

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ピンポンパン体操」(ピンポンパンたいそう)は、フジテレビママとあそぼう!ピンポンパン」の楽曲のシリーズである。

1971年版[編集]

ピンポンパン体操
杉並児童合唱団・金森勢シングル
初出アルバム『ピンポンパン体操(KKS-4054)』
B面 ピンポンパンのうた
リリース
規格 レコード
ジャンル 童謡
レーベル 日本コロムビア
キャニオンレコード
作詞・作曲 阿久悠
小林亜星
プロデュース 木村英俊
チャート最高順位
ママとあそぼう!ピンポンパン(日本コロムビア) 年表
「ピンポンパン体操」杉並児童合唱団・金森勢
(1971年/SCS-149)
「パジャママンのうた」東京ちびっこ合唱団・石毛恭子
(1972年/SCS-153)
ママとあそぼう!ピンポンパン(キャニオンレコード) 年表
「ピンポンパン体操」杉並児童合唱団・金森勢
(1972年/CX-1)
「正調デベロンおんど」富田耕生・東京ちびっこ合唱団
(1972年/CX-2)
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作詞:阿久悠、作曲:小林亜星、歌:杉並児童合唱団・お兄さん(金森勢)。第14回日本レコード大賞童謡賞受賞。

阿久悠の著書には「NHKが制作する童謡の人気を上回るものを依頼され作詞した」とある[1]

番組内で出演者たちによるお遊戯の曲として使用されて大人気となり、レコードは約260万枚を売り上げた[2][3]。阿久悠によると「キャバレーのおねえさんたちも踊る」ほどの大流行になった[4]。※当時のオリコン規定で童謡チャートのみランキング。

歌詞には当時流行していた事柄・CM・歌などのパロディがふんだんに織り込まれている[4]

シングル収録曲[編集]

シングルレコードは日本コロムビア(SCS-149)とキャニオンレコード(CX-1)の競作で発売された。

  1. ピンポンパン体操
    作詞:阿久悠、作曲:小林亜星、歌:金森勢、杉並児童合唱団
  2. ピンポンパンのうた
    作詞:山元護久、作曲:渡辺岳夫、歌:石毛恭子、杉並児童合唱団

カバー[編集]

ピンポンパン体操


1972年版[編集]

ピンポンパン体操
東京荒川少年少女合唱隊・金森勢シングル
初出アルバム『ゴールデンパッケージ ママとあそぼう!ピンポンパン』
B面 ピンポンパンのうた
リリース
規格 レコード
ジャンル 童謡
レーベル 日本コロムビア
キャニオンレコード
作詞・作曲 阿久悠
小林亜星
ママとあそぼう!ピンポンパン(日本コロムビア) 年表
「かたづけサッサッサッ」杉並児童合唱団
(1972年/SCS-172)
「ピンポンパン体操」東京荒川少年少女合唱隊・金森勢
(1972年/SCS-179)
レイン・ドロップス」石毛恭子
(1972年/SCS-181)
ママとあそぼう!ピンポンパン(キャニオンレコード) 年表
「かたづけサッサッサッ」杉並児童合唱団
(1972年/CX-9)
「ピンポンパン体操」東京荒川少年少女合唱隊・金森勢
(1972年/CX-13)
「おさるがサ」東京荒川少年少女合唱隊・石毛恭子
(1973年/CX-19)
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作詞:阿久悠、作曲:小林亜星、編曲:筒井広志、歌:東京荒川少年少女合唱隊・お兄さん(金森勢)。

正式な曲題は、1971年版と同じ「ピンポンパン体操」であるが、オムニバスCDなどでは1971年版との識別を容易にする目的で、「ピンポンパン体操(第2ヴァージョン)[5]」「ピンポンパン体操 '72[6]」「ピンポンパン体操(その2)[7]」などといった表記が通例的に用いられている。当時の『ママとあそぼう!ピンポンパン』関連のLPでは1971年版を「ピンポンパン体操(ずんずん…)」、1972年版を「ピンポンパン体操(そっくり…)」と表記していた。

シングル収録曲[編集]

シングルレコードは日本コロムビア(SCS-179)とキャニオンレコード(CX-13)の競作で発売された。

  1. ピンポンパン体操
    作詞:阿久悠、作曲:小林亜星、歌:東京荒川少年少女合唱隊、金森勢
  2. ピンポンパンのうた
    作詞:山元護久、作曲:渡辺岳夫、歌:石毛恭子、杉並児童合唱団


ピンポンパン体操 '74[編集]

ピンポンパン体操 '74
東京荒川少年少女合唱隊・金森勢シングル
初出アルバム『ピンポンパン体操 '74(KKS-4086)』
B面 げんこつくん
ピンポンパンのうた
リリース
規格 レコード
ジャンル 童謡
レーベル 日本コロムビア
キャニオンレコード
作詞・作曲 阿久悠
小林亜星
ママとあそぼう!ピンポンパン(日本コロムビア) 年表
「ピンポンパンのクリスマス」石毛恭子
(1973年/SCS-216)
「ピンポンパン体操 '74」東京荒川少年少女合唱隊・金森勢
(1973年/SCS-218)
「シャンプーマン」東京荒川少年少女合唱隊・石毛恭子
(1973年/SCS-219)
ママとあそぼう!ピンポンパン(キャニオンレコード) 年表
「ピンクの貯金箱」東京荒川少年少女合唱隊・石毛恭子
(1973年/CX-20)
「ピンポンパン体操 '74」東京荒川少年少女合唱隊・金森勢
(1973年/CX-23)
「シャンプーマン」東京荒川少年少女合唱隊・石毛恭子
(1973年/CX-24)
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作詞:阿久悠、作曲:小林亜星、編曲:筒井広志、歌:東京荒川少年少女合唱隊・お兄さん(金森勢)。

シングル収録曲[編集]

シングルレコードは日本コロムビア(SCS-218)とキャニオンレコード(CX-23)の競作で発売された。

  1. ピンポンパン体操 '74
    作詞:阿久悠、作曲:小林亜星、歌:東京荒川少年少女合唱隊、金森勢
  2. げんこつくん
    作詞:阿久悠、作曲:小林亜星、歌:石毛恭子、東京荒川少年少女合唱隊
  3. ピンポンパンのうた
    作詞:山元護久、作曲:渡辺岳夫、歌:石毛恭子、杉並児童合唱団

カバー[編集]

ピンポンパン体操 '74
  • 池田鴻、サカモト児童合唱団(1974年、キングレコード SKM(H)-2191)
    • 編曲:佐藤亘弘。LP『テレビマンガ全員集合!』に収録。
  • CBS・ソニー児童合唱団(1975年、CBS・ソニー SOBU-1)
    • 編曲:池田正城。LP『よいこのテレビマンガ大行進 '75』に収録。


ピンポンパン体操 '80 ブッチュン・キッスだ!ピンポンパン[編集]

ブッチュン・キッスだ!ピンポンパン
宮澤芳春、ビッグ・マンモス、ピンポンパンちびっこ合唱隊シングル
初出アルバム『ともだちいっぱい!ピンポンパン(CS-7148/C18G0024)』
B面 ハチャメチャ音頭
リリース
規格 レコード
ジャンル 童謡
レーベル 日本コロムビア
キャニオンレコード
作詞・作曲 荒木とよひさ
大野雄二
チャート最高順位
ママとあそぼう!ピンポンパン(日本コロムビア) 年表
「ドリーム・ボーイ/青空特急」ビッグ・マンモス
(1979年/SCS-487)
「ブッチュン・キッスだ!ピンポンパン」宮澤芳春、ビッグ・マンモス、ピンポンパンちびっこ合唱隊
(1979年/SCS-496)
「社長さんスッテンコ」ビッグ・マンモス
(1980年/SCS-552)
ママとあそぼう!ピンポンパン(キャニオンレコード) 年表
「青空特急/ドリーム・ボーイ」ビッグ・マンモス
(1979年/CX-52)
「ブッチュン・キッスだ!ピンポンパン」宮澤芳春、ビッグ・マンモス、ピンポンパンちびっこ合唱隊
(1979年/CX-53)
「社長さんスッテンコ」ビッグ・マンモス
(1980年/CX-58)
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作詞:荒木とよひさ、作曲・編曲:大野雄二、歌:お兄さん(宮澤芳春)、ビッグ・マンモス、ピンポンパンちびっこ合唱隊。

一般的には単に「ブッチュン・キッスだ!ピンポンパン」と表記されることが多い。シングルレコードのジャケットには「ピンポンパン体操 '80 ブッチュン・キッスだ!ピンポンパン」と表記されている。

シングル収録曲[編集]

シングルレコードは日本コロムビア(SCS-496)とキャニオンレコード(CX-53)の競作で発売された。

  1. ピンポンパン体操 '80 ブッチュン・キッスだ!ピンポンパン
    作詞:荒木とよひさ、作曲・編曲:大野雄二、歌:宮澤芳春、ビッグ・マンモス、ピンポンパンちびっこ合唱隊
  2. ハチャメチャ音頭
    作詞:鈴木悦夫、作曲・編曲:服部克久、歌:大野かおり、坂本新兵、宮澤芳春、石村治樹、大竹宏、ビッグ・マンモス


脚注[編集]

  1. ^ 阿久悠著「愛すべき名歌たち」岩波新書
  2. ^ 木村英俊『THEアニメ・ソング―ヒットはこうして作られた』角川書店、1999年、174頁。ISBN 4048531522
  3. ^ 惰学記 ピンポンパン体操大橋建一HP
  4. ^ a b c d e f g h 阿久悠『歌謡曲の時代 歌もよう人もよう』新潮社、2004年、166-167頁。ISBN 4-10-470801-1
  5. ^ 2003年発売『 昭和キッズTVシングルスVol.7』(日本コロムビア、COCX-32221〜2)
  6. ^ 2008年発売『ママとあそぼう!ピンポンパン ベスト・コレクション』(ポニーキャニオン、PCCS-60)
  7. ^ 2008年発売『阿久ちゃんねる〜阿久悠作詞のTVテーマ・CMソング集』(日本コロムビア、COCP-34858)
  8. ^ 『オリコン年鑑 1981年版』、45頁。

関連項目[編集]