チアミン
チアミン塩化物 | |
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2-[3-[(4-amino- 2-methyl- pyrimidin- 5-yl) methyl]- 4-methyl- thiazol- 5-yl] ethanol | |
別称
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識別情報 | |
CAS登録番号 | 70-16-6, 59-43-8 (Cl-), 67-03-8 (Cl-.HCl 塩酸塩) |
PubChem | 1130 6042 (Cl-) 6202 (Cl-.HCl 塩酸塩) |
ChemSpider | 5819 |
日化辞番号 | J203.781E (Cl-) J237.156A (Cl-.HCl 塩酸塩) |
KEGG | DG00125 C00378 D08580 (Cl-) D02094 (Cl-.HCl 塩酸塩) |
MeSH | Thiamine |
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特性 | |
化学式 | C12H17N4OS+Cl-.HCl |
モル質量 | 337.27 |
融点 |
248-260℃ |
危険性 | |
主な危険性 | アレルギー |
関連する物質 | |
関連物質 | チアミンピロリン酸 |
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。 |
チアミン(thiamin, thiamine)は、ビタミンB1(vitamin B1)とも呼ばれ、ビタミンの中で水溶性ビタミンに分類される生理活性物質である。栄養素のひとつ。このほか、サイアミン、アノイリンとも呼ばれる。
日本では1910年に鈴木梅太郎がこの物質を米糠から抽出し、1912年にオリザニンと命名したことでも知られる。脚気を予防する因子として発見された。
糖質および分岐脂肪酸の代謝に用いられ、不足すると脚気や神経炎などの症状を生じる。酵母、豚肉、胚芽、豆類に多く含有される。
補酵素形はチアミン二リン酸(TPP)。
目次
構造[編集]
分子式は C12H17N4OS である。
2-メチル-4-アミノ-5-ヒドロキシメチルピリミジン(ピリミジン部、OPM、構造式左半分の六角形の部分)と4-アミノ-5-ヒドロキシエチルチアゾール(チアゾール部、Th、構造式右半分の五角形の部分)がメチレン基を介して結合したもの。生体内では、各組織においてチアミンピロリン酸(チアミン二リン酸)に変換される。チアミン二リン酸は、生体内において各種酵素の補酵素として働く。チアミン三リン酸は、シナプス小胞において、アセチルコリンの遊離を促進し、神経伝達に関与するといわれている。
生理活性[編集]
血中濃度は通常68.1±32.1 (ng/mL)で40 (ng/mL)を切ると脚気などの欠乏症状があらわれるといわれている。リン酸基は構造式右側のヒドロキシ基(OH基)に結合する。結合するリン酸の長さにより、チアミン一リン酸(TMP, thiamine monophosphate)、チアミン二リン酸(TPP, thiamine pyrophosphate)、チアミン三リン酸(TTP, thiamine triphosphate)がある。
物性[編集]
- 分子量 300.81
- 水溶性。加熱により可溶性が増す。
- アルコールに不溶。
- 無色。
- アルカリ条件下で容易に分解。
- 弱酸性条件下で安定。
CAS番号 59-43-8
多く含む食品[編集]
日本人においては、摂取総量の半分をトウモロコシや大豆などの穀物および豆類から摂取しているといわれる。豆腐やあんこなどの豆類の加工品も流通している。トウモロコシはとうきびとも呼ばれ、安土桃山時代から流通している。それ以前については、麦飯が古事記に登場する。また、食肉が解禁されてからは牛肉よりも安価な豚肉の消費量は増加傾向にあり、資源の減少により高価になりつつある魚類の消費量は減少傾向にある[要出典]。
酵母は、アルコール発酵によりピルビン酸を脱炭酸してエタノールを生成することができ、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ(EC 1.2.4.1)の補因子であるチアミンを自ら合成できるとともに、培地に存在するチアミンを吸収し、細胞内に集積することができる。種によっては、その乾燥重量の10%近くのチアミンを集積できる[1]。酒粕にも酵母が含まれているため、チアミンが含まれている。
摂取時の注意[編集]
1日の所要量は成人男性で1.1 ミリグラム、成人女性で0.8 ミリグラム。加えて、摂取エネルギー1,000 キロカロリーあたり0.35 ミリグラムが必要とされる。
食品中に含まれる総量のうち、約半分から1/3は調理中に失われる。水溶性であり、食材を水にさらすと流失してしまう。煮汁やゆで汁を利用すれば、食材から流失した分を取り戻すことができる。米を磨ぐ際は手早く少ない水量で行うか、無洗米・麦飯・玄米あるいは強化米を利用すると良い。
アルカリ条件下において分解が進むので、重曹を調理に利用すると分解されてしまう。ニンニクに含まれるアリシンと結合し、アリチアミンとなると吸収効率が向上する(詳細はニンニクを参照のこと)。
強度の労作や、消耗性疾患の罹患により要求量がかなり上昇する。一方で、脂質の摂取により、要求量が少し減少する。体内に貯蔵できる量は少なく、吸収効率は高くない。進行時の脚気など、胃腸が弱っているときにはさらに吸収効率が下がる可能性がある。こういった場合は、高吸収率のビタミンB1誘導体を摂取すると良い。過剰に摂取しても、速やかに排泄されるため問題はない。
欠乏症[編集]
- 脚気
- 代謝性アシドーシス(乳酸アシドーシス)
- ウェルニッケ脳症 - 慢性化するとコルサコフ症候群
- 多発性神経炎、神経痛、筋肉痛、関節痛、末梢神経炎
- 浮腫
- 心臓肥大、心筋代謝異常
- 馬のワラビ中毒
- チャステック病
- 大脳皮質壊死症
- 二次性肺高血圧症[2]慢性的に不足している条件では、神経系(脳を含む)におけるグルコース利用が困難になるため、多発性神経炎症状が出やすくなるといわれる。
アノイリナーゼ[編集]
アノイリナーゼ(=チアミナーゼ)は、ビタミンB1を分解する酵素である。アノイリナーゼは、ワラビ、ぜんまい、コイ、フナなどの淡水魚の内臓、はまぐりなどに含まれる。また、加熱すれば通常この酵素は失活する。アノイリナーゼを産生するアノイリナーゼ菌を腸内細菌として保有しているヒトも数パーセント存在しているといわれている。ただし、この菌を保菌していたとしても、脚気の自覚症状、他覚症状を呈することはほとんどない[3]。
過剰症[編集]
長期間の多量投与における障害は、現在のところ知られていない。過剰に摂取されたチアミンは速やかに尿中に排泄される。
生化学[編集]
各組織においてチアミンピロホスホキナーゼ(EC 2.7.6.2)の作用によりチアミン二リン酸に変換される。
- EC 2.7.6.2 ATP + thiamine = AMP + thiamine diphosphate
チアミン二リン酸はチアミン二リン酸キナーゼ(EC 2.7.4.15)の作用によりチアミン三リン酸へと変換される。
- EC 2.7.4.15 ATP + thiamine diphosphate = ADP + thiamine triphosphate
生理活性[編集]
チアミン二リン酸は、生体内において各種酵素の補酵素として、アルデヒド基転移の運搬体として働く。
例えば、TCAサイクルの入り口にある重要な反応に関わる。TCAサイクルは、細胞において糖質を代謝し、生体内でのエネルギー貯蔵形といわれるATPを合成する経路である。解糖系で生じたピルビン酸を脱炭酸してアセチルCoAに変換するピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体(EC 1.2.4.1、EC 1.8.1.4、EC 2.3.1.12三酵素の複合体)の反応に関与する。
pyruvate + CoA + NAD+ = CO2 + acetyl-CoA + NADH + H+
- EC 1.2.4.1 pyruvate + [dihydrolipoyllysine-residue acetyltransferase] lipoyllysine = [dihydrolipoyllysine-residue acetyltransferase] S-acetyldihydrolipoyllysine + CO2
- EC 1.8.1.4 protein N6-(dihydrolipoyl)lysine + NAD+ = protein N6-(lipoyl)lysine + NADH + H+
- EC 2.3.1.12 CoA + enzyme N6-(S-acetyldihydrolipoyl)lysine = acetyl-CoA + enzyme N6-(dihydrolipoyl)lysine
EC 1.2.4.1の触媒する反応のうち、ピルビン酸 (CH3COCOOH) からの二酸化炭素 (CO2) の引き抜き(脱炭酸反応)において、補酵素として重要な働きを示す。
脂質の摂取によりチアミンの要求量が減少するが、これは、脂質のβ酸化によりアセチルCoAが合成され、上述の反応を迂回してTCAサイクルに供給されるため、結果として上述の反応の回転速度が落ちるためによる。同様に強い労作や消耗性疾患により要求量が上昇するのは、体内でのATP消費の上昇に反応してTCAサイクルの回転が早まるためによる。
ペントースリン酸経路においてもトランスケトラーゼによるNADPHや、デオキシリボース、リボースといった五炭糖の産生に関与している。また、アルコールの分解にも関与している。抗神経炎作用が知られているが、作用機序などは不明である。
研究[編集]
日本薬理学会学会誌においてニコチン拮抗作用が報告されている[4][5][6][7][8][9][10]。人体を対象とした実験では、多量投与によって喫煙時の一般症状(顔面蒼白、悪心、嘔吐、振戦、呼吸促迫、心悸亢進等)が著しく軽減したという報告がある[11]。
脚注[編集]
- ^ 岩島昭夫、酵母によるビタミンB1の集積『化学と生物』 Vol.27 (1989) No.12 P779-786, doi:10.1271/kagakutoseibutsu1962.27.779
- ^ 咲間裕之, 金晶惠, 市川康広 ほか、ビタミンB1 欠乏により著明な肺高血圧を来した1 例 『日本小児循環器学会雑誌』 Vol.29 (2013) No.6 p.352-356, doi:10.9794/jspccs.29.352
- ^ 松田誠、高木兼寛とその批判者たち-脚気の原因について展開されたわが国最初の医学論争 高木兼寛の医学 2007年 p.164-200, NCID BA86477780
- ^ 山本巌; 岩田平太郎; 田守靖男; 平山雅美 「ビタミンB1のニコチン拮抗作用について 第1報」 『日本薬理学雑誌』 52巻3号 日本薬理学会、1956年。doi:10.1254/fpj.52.429。
- ^ 山本巌; 岩田平太郎; 田守靖男; 平山雅美 「ビタミンB1のニコチン拮抗作用について 第2報」 『日本薬理学雑誌』 53巻2号 日本薬理学会、1957年。doi:10.1254/fpj.53.307。
- ^ 田守靖男 「ThiamineのNicotine拮抗作用に関する研究」 『日本薬理学雑誌』 54巻3号 日本薬理学会、1958年。doi:10.1254/fpj.54.571。
- ^ 山本巖; 猪木令三; 溝口幸二; 辻本明 「Nicotineに関する研究 Pyruvate酸化におけるNicotineとThiamineの関係」 『日本薬理学雑誌』 58巻2号 日本薬理学会、1962年。doi:10.1254/fpj.58.120。
- ^ 大鳥喜平 「Nicotineに関する研究 Nicotineによる致死並びに痙攣に対する拮抗物質について」 『日本薬理学雑誌』 60巻6号 日本薬理学会、1964年。doi:10.1254/fpj.60.573。
- ^ 岩田平太郎; 井上章 「モルモット心房標本におけるNicotineとThiamineならびにその誘導体の拮抗作用について」 『日本薬理学雑誌』 64巻2号 日本薬理学会、1968年。doi:10.1254/fpj.64.46。
- ^ 岩田平太郎; 井上章 「神経機能におけるThiamineの役割」 『日本薬理学雑誌』 68巻1号 日本薬理学会、3頁、1972年。doi:10.1254/fpj.68.1。
- ^ 田守靖男 「ThiamineのNicotine拮抗作用に関する研究」 『日本薬理学雑誌』 54巻3号 日本薬理学会、578頁、1958年。doi:10.1254/fpj.54.571。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- Thiamin チアミン(英語) - (オレゴン州大学・ライナス・ポーリング研究所)
- ビタミンB1解説 - 「健康食品」の安全性・有効性情報(国立健康・栄養研究所)
- ビタミンB1 - 同
- 鈴木梅太郎, 島村虎猪、「糠中の一有効成分に就て」 『東京化學會誌』 1911年 32巻 1号 p.4-17, doi:10.1246/nikkashi1880.32.4
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