脚気
| 脚気 (Beriberi) | |
|---|---|
| 分類および外部参照情報 | |
| 診療科・ 学術分野 |
内分泌学 |
| ICD-10 | E51.1 |
| ICD-9-CM | 265.0 |
| DiseasesDB | 14107 |
| MedlinePlus | 000339 |
| eMedicine | ped/229 med/221 |
| Patient UK | 脚気 |
| MeSH | D001602 |
脚気(かっけ、英: beriberi)は、ビタミン欠乏症の一つであり、ビタミンB1(チアミン)の欠乏によって心不全と末梢神経障害をきたす疾患である。心不全によって下肢のむくみが、神経障害によって下肢のしびれが起きることから脚気の名で呼ばれる。心臓機能の低下・不全(衝心(しょうしん))を併発したときは、脚気衝心と呼ばれる。
概要[編集]
日本では平安時代以降、京都の皇族や貴族など上層階級を中心に脚気が発生している。江戸時代の江戸では、精米された白米を食べる習慣が広まり、将軍をはじめとした上層武士に脚気患者が多かった。将軍徳川家定は脚気が原因で死亡したとも言われている。
脚気は、元禄年間に一般の武士にも発生し、やがて地方に広がり、また文化・文政に町人にも大流行し、「江戸患い(えどわずらい)」と呼ばれた。領地では貧しく白米を食することのできなかった地方武士も、江戸勤番では体面上白米を主食としたため、江戸在住期間が長引くとこの病いに罹る例が多かった。経験的に米にかえて蕎麦(ビタミンB1を含む)を食べると、快復に向かうことが分かっていたため、漢方医学では療法として用いられていた。
江戸時代中期以降、江戸で蕎麦が流行した。江戸でうどんよりも蕎麦が主流となった背景には、「江戸わずらい」[1]と呼ばれた脚気を、ビタミンB1を多く含む蕎麦を食べることで防止できたことにもよる[2]。
明治になると陸軍軍人の職業病として国家的問題になった。明治6年に公布された徴兵令の目玉は、1日6合(江戸時代の「一人扶持」は1日5合だった)の白米を食べさせるという特典であったため、軍人に罹患者が多くなった。建軍期には海軍がイギリス、陸軍はフランス、後にドイツを範としたため、海軍は栄養由来説、陸軍はドイツの細菌説を取っていた。後に、陸軍軍医総監石黒忠悳と次の森鴎外が海軍の米食由来説を批判したため、陸軍は脚気の被害を多く受けたといわれ、鈴木梅太郎のオリザニン発見、さらにビタミンの発見までこの状況が続いた。陸軍が「白米6合」を止め、麦3割の麦飯兵食を採用したのは、海軍から遅れること30年の大正2年だった[1]。
大正期以降、ビタミンB1を含まない精米された白米が普及するとともに安価な移入米が増加し、副食を十分に摂らなかったことで多くの患者を出し、結核と並ぶ二大国民病と言われた。
国民の脚気死亡者数は、大正末期に年間2万5千人を超え、昭和期に入っても日中戦争拡大などで食糧事情が悪化する1938年(昭和13年)まで毎年1万人~2万人の間で推移した。1千人を下回ったのは、アリナミンとその類似品が浸透する1950年代後半であった(1950年(昭和25年)3,968人、1955年(昭和30年)1,126人、1960年(昭和35年)350人、1965年(昭和40年)92人)。しかし、国民の栄養状態の問題が解決された1975年(昭和50年)ごろから、栄養成分の偏ったジャンクフードの普及により、脚気が増加傾向にある。また、アルコール依存症患者にも多く、アルコール分解の際にビタミンB1が消費されることと、偏食もかかわっている。更に、1990年代以降、高齢社会(超高齢社会)を迎え、ビタミンB1を含まない高カロリー輸液での発症[3][4]や食品購入の不自由さから副食を食べず白米のみを食す食生活による発症[5]も問題視されている。
歴史[編集]
病態[編集]
本症は多発神経炎、浮腫(むくみ)、心不全(脚気心、脚気衝心)を三徴とする。
分類[編集]
乾性脚気[編集]
多発神経炎を主体とし、表在知覚神経障害からしびれ、腱反射低下などを来たす。
湿性脚気[編集]
末梢動脈は拡張し、血管抵抗の低下から高拍出性心不全を呈して浮腫になる[6]。
検査[編集]
膝蓋腱を弛緩させた状態で叩くと大腿四頭筋が収縮し膝関節が伸展する膝蓋腱反射は末梢神経障害の有無を見ている。脚気の多発していた1960年代頃までは健康診断の必須項目であった。
歴史上の有名死亡者[編集]
特異な条件下の脚気[編集]
脚注[編集]
- ^ a b 浅田次郎『パリわずらい江戸わずらい』(小学館 2014年 p.138-143)。
- ^ そば|日本文化いろは事典
- ^ 野村昌哉ほか、高カロリー輸液施行中に発症したビタミンB1欠乏による乳酸アシドーシスの1症例 日本消化器外科学会雑誌 Vol.30 (1997) No.1 P97-101
- ^ 橋詰直ほか、高カロリー輸液とビタミン B1欠乏
- ^ 桑原昌則ほか、ショック, 意識障害をきたした高齢者のビタミンB1欠乏症 (脚気) の1症例 心臓 Vol.46 (2014) No.7 p.893-899
- ^ http://www.qqct.jp/seminar.php?id=292
- ^ <林[2011:376]
関連項目[編集]
- ビタミン欠乏症
- 鈴木梅太郎 - 米糠と脚気の研究から、チアミン(ビタミンB1)、すなわち「オリザニン(のちのビタミン)の概念」を発見した。
- 香川綾 - ビタミンB1と脚気の研究並びに胚芽米の普及に寄与した。
- 高木兼寛
- 森鴎外
- セオボールド・パーム - スコットランドの宣教師で、明治時代の日本の脚気についてエディンバラ大学に報告した。
参考文献[編集]
| 出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2012年7月) |
- 住田実 『現代によみがえった「江戸の病」の食生活』 東山書房、1995年。ISBN 978-4-8278-1038-7。OCLC 170112900。
- 山下政三 『脚気の歴史』 東京大学出版会、1983年。OCLC 674475521。
- 山下政三 『明治期における脚気の歴史』 東京大学出版会、1988年。ISBN 4130661027。OCLC 24981589。
- 山下政三 『鴎外森林太郎と脚気紛争』 日本評論社、2008年。ISBN 9784535983021。OCLC 271433832。
- 林栄子 『近代医学の先駆者三浦謹之助』 叢文社、2011年、376頁。ISBN 978-4-7947-0673-7。