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はねだえりか

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はねだ えりか
プロフィール
別名義 羽田 恵理香
羽田 惠理香
愛称 羽P(はねピー)
はねちゃん
惠理ちゃん
生年月日 1973年3月7日
現年齢 46歳
出身地 日本の旗 日本東京都中野区
血液型 B型
公称サイズ(時期不明)
身長 / 体重 155 cm / 40 kg
BMI 16.6
備考 靴サイズ:22.5 cm
活動
デビュー 1989年
ジャンル タレント
所属グループ CoCo
公式サイト www.erika-net.com
アイドル: テンプレート - カテゴリ

はねだ えりか1973年3月7日 - )は、日本のタレント東京都[1]中野区出身[2]

1994年に解散したアイドルグループ『CoCo』の元メンバー。2005年10月、所属事務所ジャパン・ミュージックエンターテインメントより独立。ただし、CoCo結成でデビュー、解散後から数年間はプロダクション尾木に所属していた。デビュー当時の名前は「羽田理香」であったが、その後は「恵」の字を旧字体の「惠」に変更し、「羽田理香」と名乗っていた。

略歴

筑波大学附属小学校を経て筑波大学附属中学校・高等学校卒業[3]

1988年、第2回全日本国民的美少女コンテスト本選に出場[4]。姉からの他薦出場だった[3]

1989年、『パラダイスGoGo!!』(フジテレビ)の乙女塾に1期生で加入し、アイドルグループCoCoのメンバーとしてデビュー。プロダクション尾木(尾木プロ)に所属。

1991年、シングル「迷子にさせないで」でソロデビュー。

1994年、CoCo解散。タレントとしてソロ活動開始。その後数年間は引き続きプロダクション尾木に所属していた。

1995年、ERRYの名義でラップを歌ったこともある(文化放送のアナウンサー斉藤一美と、同じCoCoのメンバーであった宮前真樹との、"サイコガルバノメーター"というユニットのメンバーとして)。

2008年、唐津競艇場のオフィシャルサポーター(いわゆるイメージキャラクター)に就任[5]。2009年、前年度に続き唐津競艇場のオフィシャルサポーターに就任。

2012年、自身のブログで結婚・妊娠を発表。11月26日、第1子となる男児を出産[6]

2013年、第1子出産を機に、芸名を平仮名の「はねだえりか」と改めたことを自身のブログで公表。改名の理由は「子供にも読み易いように」とのことである[7][8]

2016年、出演したフジテレビの『ノンストップ!』で、2012年に結婚を発表したパートナーと結婚はせず、未婚で第1子を出産したことを公表[9]

人物・エピソード

  • 身長153cm。視力は両目とも2.0。足のサイズは22cmである[2]
  • 兄弟は兄と姉がいる[3]
  • 性格は秘密主義で、また生真面目かつ完璧主義的なところがある。本人は自らの性格について「マジメ、勉強好き、頑固」と語っている[2]
  • 小さい頃は、母親から「これからの時代は女の子も手に職をつけなきゃダメ」と言われていたこともあり、薬剤師を目指していたという[10]
  • 名前を旧字体にした原因については、「親が名前の画数とかにうるさく、戸籍謄本を取りに行った際に確認したら「恵」が旧字体だったため、親が変更した」と語っている[2]
  • 歌番組や挨拶等、CoCoで誰か1人が代表して話す場面では、グループ代表としてその役を担当していた。
  • CoCo時代、各メンバーについて「まきボーツッこむ、理恵ちゃん頷く、幹代ちゃんシキる、私はボケる、で、あっちゃんまとめる…みたいなキャラクター」と述べている[どこ?]
  • CoCoが結成された初期は少々堅いところがあり、しばらくは他のメンバーから、特に三浦理恵子から怖がられていた時期があった。しかしすぐに打ち解け、いつの間にかCoCoのボケ担当と呼ばれるまでになった。そのことについて他のメンバーは、「昔と比べて性格的にすごく丸くなったよね」(宮前)、「昔はね、「惠理ちゃん、ギャグが通用しないんじゃないの」みたいな感じだった」(三浦)、「最初はギャグを言っても笑わずに怒ってたよね」(大野)とそれぞれ語っている。
  • 前述のようにCoCoのボケ担当であったが、他の4人の突っ込みや弄りが頻繁にあり、ラジオでも過激な弄られ方をされていたため、ファンから「(羽田は)いじめられているのでは?」という投書があった。それについて本人は、「いじめられてるんじゃなくて、私が墓穴を掘りやすい発言をあまりにも多くするから突っ込まれやすいの。ご心配なさらず」と答えている。
  • ファンが名付けたものや、ラジオの寸劇から生まれたものを含め、愛称がメンバー内でダントツに多かった。また、寸劇にて「~でしゅ」という口調で話していた『惠理男(エリオ)』というキャラクターは人気が高く、惠理男をネタにした投書も多かった。また、ラジオが終わった後もごくたまにメンバーから惠理男の名前が出てきていた。
  • CoCoで行っていたラジオ番組にて週番が上手くいかずに泣いていた大野幹代を元気づけたり、解散前に暗い雰囲気でリハーサルを行っている中、メンバーに明るく話し掛けたり場を盛り上げようとしたり、と面倒見の良い一面があった。
  • 1991年に中野サンプラザにて行われたコンサートの本番、ステージ上で鮮やかに転ぶハプニングがあった。
  • 1994年の解散コンサートの日程中には、声が出なくなるアクシデントがあった。
  • 同時期に活躍していた男性アイドルグループ光GENJI諸星和己から口説かれたことがあったが、羽田本人は諸星に対してそれほど興味を持っていなかったと後に『Oh!どや顔サミット』などで語っている〜)[11]
  • スーパージョッキー』の人気コーナーだった「熱湯コマーシャル」を、ゲストとして2回やったことがある唯一のタレントである。
  • 好きな教科は英語で、嫌いな教科は社会。好きな食べ物は梅干。嫌いな食べ物はグリーンピース、ピクルス[2]

音楽

シングル

発売日 タイトル曲 カップリング曲 レコード会社
1991年9月21日 迷子にさせないで 笑顔はポーカーフェイス ポニーキャニオン
1992年7月17日 夢からさめないで-ツレちゃんのゆううつ- With Me ポニーキャニオン
1996年7月25日 SHA・LA・LA 同 GOOD TIME RE-MIX イーストウェスト・ジャパン(現:ワーナーミュージック・ジャパン

出演

(※CoCo時代に出演した番組はCoCo (アイドルグループ)を参照)

テレビ

テレビドラマ

ラジオ

脚注

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  1. ^ 公式プロフィール”. はねだえりか オフィシャルウェブサイト. 2016年6月23日閲覧。
  2. ^ a b c d e BOMB 1991年12月号 巻頭特集
  3. ^ a b c アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影(シンコーミュージック・エンタテイメント 2016年9月刊)p.39 - 49 インタビューより
  4. ^ グランプリは細川直美
  5. ^ 前任は松田純
  6. ^ 元「CoCo」羽田惠理香 帝王切開で第1子男児を出産 - Sponichi Annex 2012年11月29日
  7. ^ お知らせ☆ - はねだえりかオフィシャルブログ 2013年1月26日
  8. ^ ママになった羽田惠理香 子どもも読める「はねだえりか」に改名 - Sponichi Annex 2013年1月26日
  9. ^ “元CoCo・はねだえりか、“未婚の母”を選択「1人で育てていく」”. ORICON STYLE. http://www.oricon.co.jp/news/2073875/full/ 2016年6月23日閲覧。 
  10. ^ ザテレビジョン角川書店、1995年6月24日-6月30日号)『THE MESSAGE』p.53
  11. ^ Oh!どや顔サミット 2012年6月22日放送回”. gooテレビ (2012年6月22日). 2016年9月27日閲覧。

関連項目

外部リンク