悪い奴ほどよく眠る
悪い奴ほどよく眠る | |
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監督 | 黒澤明 |
脚本 |
小国英雄 久板栄二郎 黒澤明 菊島隆三 橋本忍 |
製作 |
田中友幸 黒澤明 |
出演者 |
三船敏郎 森雅之 香川京子 |
音楽 | 佐藤勝 |
撮影 | 逢沢譲 |
編集 | 黒澤明 |
配給 | 東宝 |
公開 | 1960年9月15日 |
上映時間 | 150分 |
製作国 | 日本 |
言語 | 日本語 |
『悪い奴ほどよく眠る』(わるいやつほどよくねむる)は、1960年(昭和35年)に公開された日本映画である。監督は黒澤明。
父を殺した現代社会の悪の機構にいどむ男の物語。併映は『秋立ちぬ』(監督:成瀬巳喜男、主演:乙羽信子)。
概要
30億円のリベートを条件に大竜建設は、公団の庁舎新築工事を、相場より遥かに高い120億円で落札する。その30億は、政界進出の野心を抱く副総裁が受け取り大物政治家に渡すという汚職事件を中心にストーリーが展開する。
序盤の結婚披露宴のシーンで登場人物の相関図を紹介する手法は、後に映画『ゴッドファーザー』でも用いられた。また、複雑な汚職事件の概略を、手っ取り早く観客に飲み込ませるのに、黒澤はこの映画で結婚披露宴を使ったという。
本作で副総裁岩渕を演じた森雅之は当時49歳と、息子役の三橋達也と一回りしか変わらないが、実年齢を上回る初老の役を演じて境地を築いた。
黒澤プロ初作品として、興業上の成功を狙うよりも、社会派作品を制作しようとの監督の強い意志があったとされる。
公式に表明はされていないが、ウィリアム・シェイクスピアの『ハムレット』を下敷きにしているともいわれる。また、アレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯』からの引用もある。
注意:以降の記述には物語・作品・登場人物に関するネタバレが含まれます。免責事項もお読みください。
あらすじ
土地開発公団の副総裁、岩渕の娘、佳子と秘書、西の結婚式が盛大に始まった。公団と建設会社の数十億にのぼる汚職を嗅ぎつけた新聞記者達も駆けつけた。案の定、式の始まる直前、公団の課長補佐、和田が警察に拘引された。
ケーキ入刀で、運ばれてきたケーキを見て、岩淵の部下である守山と白井は驚愕する。公団のビルをかたどったケーキの7階に赤いバラの花が刺さっている。5年前、公団の課長補佐、古谷がこの窓から飛び降り自殺したのは周知の事実となっていた。
佳子の兄・辰夫は「西、妹を不幸せにしたら貴様、殺すぞ」と、一風変わった祝辞を述べる。佳子は足が悪い。それは昔、辰夫が自転車で佳子を乗せていた時に起きた事故が原因だったのだ。
刑事の尋問に黙秘を通した和田は、自殺しようと火山の火口に向かうが、それを助けたのは岩渕の娘婿の西であった。新聞では「公団の課長補佐自殺」の文字が躍っている。和田の葬儀が行われている。西は和田を車に乗せ、自分の葬儀の様子を見せる。和田の上司、守山と白井が弔問に来た。西はテープレコーダーで隠し取った会話を聞かせた。守山と白井は和田の自殺を嘲笑っている。自分に罪を着せた2人にやりきれない怒りを覚える和田。
白井は貸し金庫の現金を取りに行って、現金が無くなり、替わりにあのビルの写真がはいっていたのを守山部長に報告した。しかし、和田亡き後、貸し金庫の鍵は白井しか知らないため、白井は現金横領の嫌疑を受ける。
白井は深夜憔悴して帰宅途中、暗がりにいる和田の幽霊を見た。白井は上司、守山達に和田が生きていると訴えたが相手にしてもらえない。そのうち、客先にまで和田の件を喋り始めたため、殺し屋に狙われるはめになる。
西に殺し屋の手から救われた白井は、車の後部座席に和田が乗っていたので驚愕した。やがて、西は白井を公団ビルの7階に連れて行く。深夜のビルで西は、5年前にこの7階から飛び降りて自殺した古谷が自分の父親だと明かし、白井を殺そうとする。西(実は板倉)は友人(西)と戸籍の交換をして西に成りきり、父の自殺の原因である岩渕に復讐するため、娘の佳子と結婚したのだった。
死の恐怖を味わった白井は発狂した。その頃、守山の調査で西の素性が露呈する。西と板倉は戦後の焼け跡の廃墟に守山を拉致する。和田は真実を佳子に知らせるべく、佳子を廃墟に連れてきた。佳子は西から父親の犯罪を知らされる。互いに愛し合っていた西と佳子は抱擁する。
しかし、岩渕は娘を騙して西の所在を掴むと殺し屋を差し向けた。兄の辰夫と廃墟へ向かう佳子は途中、事故で無残な姿の車を見た。廃墟では板倉が自暴自棄になっていた。板倉の口から西が血管にアルコールを注射され、車の事故に見せかけて殺されたことが語られる。板倉は巨悪に立ち向かえない無力さを嘆いて咆哮するだけだった。
キャスト
- 西幸一:三船敏郎
- 板倉:加藤武
- 岩淵(日本未利用土地開発公団副総裁):森雅之
- 岩淵辰夫:三橋達也
- 岩淵佳子:香川京子
- 有村(公団総裁):三津田健
- 有村の妻:一の宮あつ子
- 守山(公団管理部長):志村喬
- 守山の妻:田代信子
- 白井(公団契約課長):西村晃
- 和田(公団契約課課長補佐):藤原釜足
- 和田の妻:菅井きん
- 和田の娘:樋口年子
- 波多野(大竜建設社長):松本染升
- 三浦(大竜建設経理担当重役):清水元
- 大竜建設顧問弁護士:中村伸郎
- 野中(検事):笠智衆
- 岡倉(検事):宮口精二
- 堀内(地検検事):南原宏治
- 検事:桜井巨郎
- 刑事:藤田進
- 新聞記者A:三井弘次
- 新聞記者B:田島義文
- 新聞記者C:近藤準
- 新聞記者D:横森久
- 新聞記者E:小玉清(現・児玉清)*ノンクレジット
- 事務官:土屋嘉男
- 金子:山茶花究
- 古谷の妻:賀原夏子
- 公団管理部:清水良二
- 建設会社員:生方壮児
- 同:土屋詩朗
- 岩淵家女中:小沢経子
- 同:峯丘ひろみ
- 挙式接待係:佐田豊
- タクシー運転手:沢村いき雄
- 貸金庫受付:上野明美
- 殺し屋:田中邦衛
スタッフ
- 製作:田中友幸、黒澤明
- 監督:黒澤明
- 脚本:小国英雄、久板栄二郎、黒澤明、菊島隆三、橋本忍
- 撮影:逢澤譲
- 美術:村木與四郎
- 録音:矢野口文雄、下永尚
- 照明:猪木一郎
- 音楽:佐藤勝
- 監督助手:森谷司郎
- 特殊技術:東宝技術部
- 現像:キヌタ・ラボラトリー
- 製作担当者:根津博
この作品の主人公
作中には、公団副総裁以下の「悪い奴」3人組が登場し続けるが、本当の主人公は彼らではない。副総裁が電話のたびに最敬礼して応答する影の人物、政界の実力者らしき人物である。身近の告発者に脅える3人組よりも「よく眠る」ことができるのは、汚職の最大の受益者であるこの人物なのである。
タイトルの意味
映画評論家の河原畑寧は、次のようと語っている。
- 終盤で、集まった新聞記者の前で、自分が手配して酔っ払い運転に見せかけて殺した娘婿を悼んでみせ、追及を振り切った日本未利用開発公団副総裁が、副総裁室に引き上げて電話をかける相手こそ、よく眠る悪い奴である。ここで電話を切るときに副総裁は、つい「お休みなさい」といってしまう。それから失言に気付き、自分が昨夜から眠っていなかったので、昼夜を取り違えてしまったと弁解する。そこで『悪い奴ほどよく眠る』とエンド・タイトルが出る。映画の中では明らかにされないが、ずっと後年になっても「巨悪は眠らせない」などという言葉が、検察の上級幹部の口から出たりしたことを考えると、この映画の題名がいかに真実を衝いていたかが分かる。
エピソード
- 本作で佳子を演じた香川は、終盤で三橋演じる辰夫の車から降りるシーンで、シートベルトをしていなかったので誤って車がブレーキをかけて止まった反動で、フロントガラスに頭から突っ込んでしまい、顔を何針も縫うほどの大怪我を負ってしまった。傷も大きかったので、香川は「もう女優の仕事はダメかもしれない」と引退を本気で覚悟したという。
テレビドラマ版
2010年(平成22年)3月5日、フジテレビジョン系列「金曜プレステージ」に、黒澤明生誕100年企画として同作が村上弘明主演、黒沢直輔監督でリメイクされた。