ヘム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Qnc (会話 | 投稿記録) による 2012年5月22日 (火) 20:14個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (文献追加)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

ヘムbの構造

ヘム英語: Hemeドイツ語: Häm)は、2価の原子とポルフィリンから成る錯体である。通常、2価の鉄とIX型プロトポルフィリンからなるプロトヘムであるフェロヘムのことをさすことが多い。ヘモグロビンミオグロビンミトコンドリア電子伝達系シトクロム)、薬物代謝酵素(P450)、カタラーゼ一酸化窒素合成酵素ペルオキシダーゼなどのヘムタンパク質補欠分子族として構成する。ヘモグロビンは、ヘムとグロビンから成る。ヘムの鉄原子が酸素分子と結合することで、ヘモグロビンは酸素を運搬している。

フェリヘムやヘモクロム、ヘミン、ヘマチンなど、その他のポルフィリンの鉄錯体もヘムと総称されることもある。

生合成

ヘムは以下のように8段階の反応によって生合成される。

第1段階

アミノレブリン酸合成

ポルフィリンヘムの生合成の律速酵素は、グリシンスクシニルCoAがD-アミノレブリン酸へ縮合することを媒介するアミノレブリン酸シンターゼ(アミノレブリン酸合成酵素)(Aminolevulinic acid synthase)(EC 2.3.1.37)である。ヘム合成の第1段階の反応である。ヒトにおいてはアミノレブリン酸シンターゼの転写は、と結合していないポルフィリン中間体の蓄積を防ぐために、ポルフィリンとの結合要素であるFe2+の存在の有無によって厳密に管理されている。体内には2種類のアミノレブリン酸シンターゼが存在する。1つは、赤血球前駆細胞で発現し、もう1つは全身で発現するものである。赤血球の形成は、X染色体上の遺伝子に記述されているが、もう1つは3染色体の遺伝子上に記述されている。X染色体に関連した鉄芽球性貧血は、X染色体上のアミノレブリン酸シンターゼの遺伝子の変異によって起こるが、もう1つの遺伝子の変異は何の疾患も発生させない。[1]

δ-アミノレブリン酸からプロトポルフィリンIXまでの生合成経路

第2段階

D-アミノレブリン酸2分子がアミノレブリン酸脱水酵素によって脱水縮合されると、ピロール環構造を持つポルフォビリノーゲン(PBG)となる。

ポルフォビリノーゲンの合成
 D-アミノレブリン酸2分子      ポルフォビリノーゲン(PBG)

第3段階

PBG 4分子がポルフォビリノーゲン脱アミノ酵素(別名:ヒドロキシメチルビラン合成酵素)によってアンモニアを脱離して結合すると、ピロールが4つ直線状に連結した構造をもつヒドロキシメチルビランが出来る。

 4 Porphobilinogen + H2O ⇒Hydroxymethylbilan + 4 NH3
  ポルフォビリノーゲン        ヒドロキシメチルビラン

第4段階

ヘム合成回路においてヒドロキシメチルビランウロポルフィリノーゲンIIIシンターゼによって縮合し、環を巻くとウロポルフィリノーゲンIIIとなる。この際、ウロポルフィリノーゲンIIIシンターゼの働きにより4つのピロール環が整然と並んだヒドロキシメチルビランの一端のピロール環一つだけが反転して縮合し環を形成する。ウロポルフィリノーゲンIIIシンターゼが働かない場合、ピロール環が整然と並んだままのヒドロキシメチルビランが自発的に縮環してウロポルフィリノーゲンI が生成する。ウロポルフィリノーゲンI はウロポルフィリノーゲン脱炭酸酵素の基質となりコプロポルフィリノーゲンIへと変換されるが、これはコプロポルフィリノーゲン酸化酵素の基質とならないため、プロトポルフィリンには至らない[2]。 このようにウロポルフィリノーゲンI やコプロポルフィリノーゲンIが蓄積していくことがポルフィリン症の原因の1つとなりうる。[3]

 HydroxymethylbilanUroporphyrinogen III
          ヒドロキシメチルビラン            ウロポルフィリノーゲンIII
                                  Uroporphyrinogen I
                                     ウロポルフィリノーゲンI

第5段階

ウロポルフィリノーゲンIIIが、ウロポルフィリノーゲン脱炭酸酵素によって4つの酢酸基が脱炭酸されてメチル基となったものがコプロポルフィリノーゲンIIIである。

 --->  + 4 CO2
ウロポルフィリノーゲンIII        コプロポルフィリノーゲンIII

第6段階

さらに、コプロポルフィリノーゲン酸化酵素によって2箇所のプロピオン酸基が酸化され、ビニル基に変換されるとプロトポルフィリノーゲンIX となる。

 コプロポルフィリノーゲンIII ---> プロトポルフィリノーゲンIX
コプロポルフィリノーゲンIII        プロトポルフィリノーゲンIX 

第7段階

最終的にプロトポルフィリノーゲン酸化酵素によって酸化されると、共役したポルフィリン環が形成され、プロトポルフィリンIX ができあがる。

プロトポルフィリノーゲンIX ---> プロトポルフィリンIX
プロトポルフィリノーゲンIX       プロトポルフィリンIX

第8段階

鉄付加酵素によりプロトポルフィリンIXにが配位したものがヘムである。

Protoporphyrin IX + Fe2+Häm b + 2H+
   プロトポルフィリンIX                          ヘム

ヘム生合成の8段階の反応と関連事項[4]

酵素 基質 生成物 染色体 EC番号 OMIM ポルフィリン症
アミノレブリン酸合成酵素 グリシンスクシニルCoA D-アミノレブリン酸 3p21.1、X染色体 2.3.1.37 125290 -
アミノレブリン酸脱水酵素 アミノレブリン酸 ポルフォビリノーゲン 9q34 4.2.1.24 125270 アミノレブリン酸脱水酵素欠損症
ポルフォビリノーゲン脱アミノ酵素 ポルフォビリノーゲン ヒドロキシメチルビラン 11q23.3 2.5.1.61 176000 急性間欠性ポルフィリン症 (AIP)
ウロポルフィリノーゲンIII合成酵素 ヒドロキシメチルビラン ウロポルフィリノーゲンIII 10q25.2-q26.3 4.2.1.75 606938 先天性赤芽球性ポルフィリン症 (CEP)
ウロポルフィリノーゲンIII脱炭酸酵素 ウロポルフィリノーゲンIII コプロポルフィリノーゲンIII 1p34 4.1.1.37 176100 晩発性皮膚ポルフィリン症(PCT)
コプロポルフィリノーゲン酸化酵素 コプロポルフィリノーゲンIII プロトポルフィリノーゲンIX 3q12 1.3.3.3 121300 遺伝性コプロポルフィリン症(HCP)
プロトポルフィリノーゲン酸化酵素 プロトポルフィリノーゲンIX プロトポルフィリンIX 1q22 1.3.3.4 600923 多彩性ポルフィリン症(VP)
鉄付加酵素 プロトポルフィリンIX ヘム 18q21.3 4.99.1.1 177000 骨髄性プロトポルフィリア

分解

ヘムの分解は、脾臓中のマクロファージによって開始される。このマクロファージは、循環中の古くなったり損傷を受けた赤血球を取り除く。最初の段階で、ヘムは、ヘム酸素添加酵素(HMOX)によりビリベルジンに分解される。NADPHが還元剤として使われ、酸素分子が反応に加わり、一酸化炭素(CO)が生成され、が鉄イオン(Fe3+)としてポルフィリン環から解放される。

ヘム分解は、DNAや脂質を損傷させる有害な酸化ストレスを速やかに解消するための反応で、種の保存のために進化の過程で獲得されたものと考えられる。つまり、細胞が遊離したヘムにより発生したフリーラジカルにさらされるとヘムを分解代謝するヘム酸素添加酵素1が極めて速やかに導入されることとなる(下図参照)。その理由は、細胞は遊離ヘムによる酸化ストレスを迅速に解消するためにヘムを分解する能力を指数的に増加させなければならないからである。これは、遊離ヘムによる悪影響を迅速に回避するための細胞の自衛反応であろう。

                
                       HMOX(ヘム酸素添加酵素)1/2
                ヘム --------------> ビリベルジン + Fe3+
                      /         \
           H+ + NADPH               NADP+
                    O2               CO

2番目の反応として、ビリベルジンがビリベルジン還元酵素(BVR)によりビリルビンに還元される。

                                                 
                           ビリベルジン還元酵素(BVR)
                 ビリベルジン -----------------> ビリルビン
                             /               \
                     H+ + NADPH                  NADP+

ビリルビンは、血漿中のアルブミンであるタンパク質と結合して肝臓に運ばれる。肝臓では、ビリルビンがグルクロン酸と結合してより水に溶けやすいものとなる。この反応はウリジン二リン酸-グルクロン酸転移酵素(UDPGUTF)によって媒介される。

               
 ビリルビン + ウリジン二リン酸グルクロン酸------------> ジグルクロン酸ビリルビン 
                                                   \ 
                                                   2 ウリジル酸(UMP) + 2 リン酸(Pi)
                                     ウリジン二リン酸-グルクロン酸転移酵素(UDPGUTF)

この形のビリルビンは肝臓から胆汁として分泌される。腸内細菌は、ジグルクロン酸ビリルビンのグルクロン酸を外し、さらにビリルビンをウロビリノーゲンへと還元させる。ある程度のウロビリノーゲンは、小腸に吸収され、体内で抗酸化作用を示し[5][6]、酸化されると黄色のウロビリンに変化し、腎臓に運ばれ、尿として排泄される。大半のウロビリノーゲンは、大腸を経てウロビリノーゲンの両端のピロール環が還元されて無色のステルコビリノーゲンが生成され、さらにステルコビリノーゲンが酸化されて分子中央のメチレン基二重結合化して共役して大便の茶色の元となるステルコビリンが生成されて大便とともに排泄される[7]

                
          腸内細菌     小腸吸収   酸化     (尿中に排泄)
 ビリルビン----->ウロビリノーゲン--------->ウロビリン(黄色)
                       大腸へ     還元                               酸化    (大便中に排泄)
                         --------->ステルコビリノーゲン--------->ステルコビリン(茶色)
                                      

脚注

  1. ^ アミノレブリン酸シンターゼ
  2. ^ http://merckmanual.banyu.co.jp/cgi-bin/disphtml.cgi?url=02/s014.html
  3. ^ ポルフィリン症
  4. ^ ポルフィリン
  5. ^ http://jglobal.jst.go.jp/public/20090422/200902172619022847
  6. ^ http://www.jstage.jst.go.jp/article/jos/55/4/55_191/_article
  7. ^ 総説 生体内における分子認識

出典

http://en.wikipedia.org/wiki/Heme

関連項目