5 cm PaK 38

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
5 cm PaK 38

5 cm PaK 38: 5 cm Panzerabwehrkanone 38)とは、第二次世界大戦中にナチス・ドイツが開発して使用した対戦車砲である。PaK 38は1938年にラインメタル社が3.7 cm PaK 36の後継として開発した。

概要[編集]

前身の5cm PaK 37[注 1]が1935年に開発着手されたが、貫徹力の増大や砲架の改良が要求されて不採用となった。その要求に則って誕生したのが5cm PaK 38で、1940年から1943年にかけて9,568門が生産された。

1940年5月~6月の西部戦線で従来の主力対戦車砲である3.7cm PaK 36が、仏軍のソミュア S35騎兵戦車やルノーB1重戦車及び英軍のマチルダI歩兵戦車マチルダII歩兵戦車との交戦で貫徹力不足を露呈した結果、量産が本格化した。当時計画されていたゼーレーヴェ作戦に備えて、同年7月には先行量産型のOシリーズが配備されている。その後ゼーレーヴェ作戦が延期・中止されたため、1941年4月~5月の独軍によるバルカン戦線介入が最初の実戦投入となった。同年6月のバルバロッサ作戦を契機に開始した独ソ戦においては、タングステン弾芯の硬芯徹甲弾Pzgr.40を用いる事でT-34中戦車に対抗可能だったが[注 2](異論も存在する[注 3])、正面撃破困難なKV-1重戦車は装甲の薄い脆弱部を狙う必要があった[注 4]。しかし、タングステンは輸入に依存した希少資源で1942年以降に工作機械へ優先された関係で[4]、師団直属の戦車猟兵大隊では7.5cm PaK 40や同級火砲搭載の対戦車車両へ順次更新される形で姿を消した。ただし慢性的な対戦車兵器不足に陥っていた事もあり、歩兵連隊の対戦車中隊には7.5cm PaK 97/38とともに大戦後半でも配備された他、降下猟兵山岳猟兵及び二線級部隊などでは終戦まで運用が続けられた。

PaK 38は、PaK 36に比べると重量が倍以上になったが、人力での陣地転換が可能だった。補助輪(主輪と同型)を閉じた砲脚の末端に接続し、三輪状態することで手押しでの移動を容易にすることが出来た。牽引車両は主に軽便な1tハーフトラックが採用され、これに直接搭載した自走砲型もあった。

また、BK 5cmとして航空機搭載用に改良されたものがJu88P-4にガンポッド形式で搭載された。他に、5.5 cm Flak Gerät 58実用化までの繋ぎとしてレーダー連動の火器統制装置を付属した対空砲型の5cm FlaK 214及び同砲をモーゼル社が航空兵装に転用したMK 214 Aが存在する[注 5]

スペック[編集]

主要要目
型式 5cm PaK 37 5cm PaK 38
口径 50mm 50mm
砲身長 2,280mm 3,173mm
戦闘重量 585kg 986kg
仰俯角 - 8° ~ + 27°
左右旋回角 65°
最大射程(榴弾)  9,400m
発射速度 12~14発/分
運用要員 5名
初速 Pzgr. AP-HE  685m/s  835m/s
Pzgr.39 APC-HE  835m/s
Pzgr.42 APCBC-HE
Pzgr.40 APCR 1,180m/s
Pzgr.40/1 APCR 1,130m/s
Stielgranate.42 HEAT  160m/s
Gr.38 HE  550m/s
装甲貫徹力[6]
砲弾 角度 射程
弾薬 弾種 弾重 初速 弾着角 100m 500m 1,000m 1,500m 2,000m
Pzgr. AP-HE 2.06kg  835m/s 60°  67mm  57mm  44mm  34mm
Pzgr.39 APC-HE 2.06kg  835m/s 60°  69mm  59mm  48mm  38mm  29mm
Pzgr.42 APCBC-HE 2.23kg
Pzgr.40 APCR 0.90kg 1,180m/s 60° 130mm  72mm  38mm
Pzgr.40/1 APCR 1.07kg 1,130m/s 60° 116mm  76mm
Stielgranate.42 HEAT 8.20kg  160m/s 60° 180mm 射程外(有効射程300m/最大射程800m)

注釈[編集]

  1. ^ III号戦車G型~J型に搭載された5cm KwK 38と同初速で、同等の火力を有していたと推測される。
  2. ^ 5cm PaK 38に匹敵する5cm KwK 39は、射距離500m以内でT-34-76の正面装甲を貫通可能だった。[1]
  3. ^ 戦車生産人民委員部付属第48中央科学研究所が、5cm Pzgr.40すらも避弾経始により無効だったとする調査報告を行っている。[2]
  4. ^ 5cm Pzgr.40でも、KV重戦車の75mm側面装甲を至近距離で貫通できたに過ぎなかった。[3]
  5. ^ 5cm FlaK 214は500門発注されたが、生産には至らなかった。MK 214 AはMe 262 A-1a/U4に採用された。[5]

出典[編集]

  1. ^ スティーヴン・ザロガ『オスプレイ・ミリタリー・シリーズ 世界の戦車イラストレイテッド7 T-34/76中戦車1941-1945』大日本絵画, 2001年
  2. ^ 洞窟修道院『ソ連軍戦車兵の回想』「T-34:戦車と戦車兵」
  3. ^ スティーヴン・ザロガ&ジム・キニア『オスプレイ・ミリタリー・シリーズ 世界の戦車イラストレイテッド10 KV-1 & KV-2重戦車1939-1945』大日本絵画, 2001年
  4. ^ ロバート・フォーチェック『オスプレイ”対決”シリーズ12 ドイツ戦車猟兵vsKV-1重戦車 東部戦線1941-'43』大日本絵画, 2013年
  5. ^ 広田厚司『ドイツの火砲 制圧兵器の徹底研究』光人社NF文庫, 2002年
  6. ^ Peter Chamberlain, Hilary L. Doyle, Encyclopedia of German Tanks of World War Two, Arms & Armour Press, 1978等

関連項目[編集]