7.62 cm PaK 36(r)
7.62 cm PaK 36(r) (独: 7.62 cm Panzerabwehrkanone 36(russisch))とは、第二次世界大戦中にナチス・ドイツが使用した対戦車砲である。PaK 36(r)は、独ソ戦序盤で鹵獲したソ連製76.2mm野砲 M1936(F-22)を改造して制作された。
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開発[編集]
1941年にソ連への侵攻を開始したドイツ国防軍はソ連が開発したT-34中戦車やKV-1重戦車と交戦したが、両者とも傾斜装甲による良好な避弾径始を有していたためドイツ軍の3.7 cm PaK 36は全く歯が立たず、5 cm PaK 38はT-34には対抗可能であったがKV-1に対してはタングステン芯入り徹甲弾を複数発命中させなければ破壊は不可能であった。タングステン芯入り徹甲弾を使用せずともT-34やKV-1を倒せる7.5 cm PaK 40は1941年11月に生産が開始されたが、前線部隊は可及的速やかに対抗可能な対戦車砲を要求していた。
独ソ戦初期のバルバロッサ作戦においてドイツ軍は、赤軍との戦闘で1,300門ものF-22野砲を鹵獲していた。F-22野砲は高初速と低伸弾道性を有していたのでドイツ軍でも対戦車砲兼用の野砲として重宝されていたが、純粋に対戦車砲として評価した場合に不具合が多く、その改善が必要とされた。
ドイツ軍の技師たちはF-22に以下の改良を行い、それを7.62 cm PaK 36(r)とした。
- 薬室をオリジナルよりも長大な7.5 cm PaK 40用の薬莢を装填可能なように拡大して、砲口初速を増大させるとともに弾薬の互換性を確保した。
- 増大した反動に耐えられるように駐退復座機を改良した上でマズルブレーキを装着した(ついていない砲もある)。
- 仰角調節ハンドルを砲の左側に移動させて一人で照準を調節可能にし、最大仰角を18°に制限した。
- 被発見率を低下させるために防盾を背の低いものに換装した。
量産型の製造は1942年4月から始まり、560門が改修された。なお、F-22USV 76mm野砲に同様の改良を施した7.62 cm PaK 39(r)も存在し、こちらは300門が改修されたといわれている。
砲弾[編集]
PaK 36(r)の口径は76.2mm、PaK 40の口径は75mmであるためPaK 40用の砲弾をそのまま射撃することも可能であったが、その場合は砲弾が砲身とライフリングにうまくはまらないため初速や徹甲弾の威力、命中精度が明らかに低下する。このため当初はPaK 40の薬莢にF-22の弾頭を装着させたハイブリッド弾が製造されていたが、後にはPaK 40用の砲弾の弾頭に口径差1.62mmをふさぐ銅製バンドを取り付けた砲弾が供給されるようになった。
なお、PaK 36(r)用の砲弾はPak 40用の砲弾と互換性を持たせるようにしたために見た目がそっくりであり、そのままでは取り違えの危険があった。前述通りPaK 36(r)でPaK 40の砲弾を用いる分には若干の問題があるとはいえ発射可能なため大きな問題とはならなかったのだが、逆にPak 40でPak 36(r)の砲弾を発射することは不可能という一方的な互換性であり、間違えて使用してしまうと砲弾が砲身内径より大きいために腔発等重大事故の原因となり危険であった。このため防止策としてPaK 36(r)用の砲弾は白く着色され見分けがつきやすくしてあった[1]。
戦歴[編集]
PaK 36(r)は上記の開発経緯から主に東部戦線で使用されたが、一部は北アフリカ戦線のドイツアフリカ軍団に供給されている。ドイツ軍はPaK 40が十分に行き渡るようになってからも砲の不足と弾薬の互換性から使用を続け、終戦時点で164門のPaK 36(r)とPaK 39(r)が残されていた。
PaK 36(r)の一部はマルダーIIおよびマルダーIIIの初期型の主砲としても使用されていた。
スペック[編集]
- 口径:76.2mm
- 全長:m
- 全幅:m
- 重量:1,710kg
- 砲身長:3,895mm (51.2口径)
- 仰俯角:-6°~+18°
- 左右旋回角:60°
- 運用要員:6名
- 発射速度:10~12発/分(最大)
- 最大射程距離:m(榴弾)/m(徹甲弾)
- 運用期間:1941年~1945年
- 生産総数:560門?
- 装甲貫徹力(距離457mから垂直に着弾)
- 7.62 cm Pzgr.39徹甲榴弾:120mm
- 7.62 cm Pzgr.40徹甲弾:158mm
- 成形炸薬弾:100mm~115mm
出展[編集]
関連項目[編集]
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