永田拓也

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永田 拓也 Football pictogram.svg
名前
愛称 タク、ナガタク
カタカナ ナガタ タクヤ
ラテン文字 NAGATA Takuya
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1990年9月8日(23歳)
出身地 埼玉県さいたま市
身長 169cm
体重 62kg[1]
選手情報
在籍チーム 横浜FC
ポジション DF (LSB)
背番号 32
利き足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2009-2013
2011-2012
2014-
浦和レッドダイヤモンズ
ザスパ草津
横浜FC
3 (0)
64 (1)
0 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2013年12月25日現在。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

永田 拓也(ながた たくや、1990年9月8日 - )は、埼玉県出身のサッカー選手。ポジション左サイドバック浦和南高校卒業。Jリーグ横浜FC所属。

来歴[編集]

小学4年生までは野球チームに所属(ポジションは投手)。その後、三室サッカースポーツ少年団を経て、中高生年代では、ジュニアユース、ユースと浦和レッドダイヤモンズの下部組織に所属。

ジュニアユース時の2005年には高円宮杯U-15、ユース時の2008年には高円宮杯U-18でそれぞれ優勝を飾っており、山田直輝高橋峻希原口元気濱田水輝らと共に、「浦和ユース黄金世代」と呼ばれる選手の1人。高円宮杯U-18決勝では、アシストも記録している。また、サテライトでも2007年には3試合、2008年には1試合に出場している。

2009年に山田、高橋、濱田とともにトップに昇格[2]。プロ初のベンチ入りは同年5月3日ナビスコカップ第4節、対新潟戦。6月3日、ナビスコカップ第5節磐田戦の前半8分、負傷退場した三都主アレサンドロに代わり途中出場。これがプロデビュー戦となった。次節の6月13日、ナビスコカップ第7節大宮戦(第6節は浦和の試合はなかった)では発熱を押して、初のスタメン出場。後半12分、エジミウソンの4点目をアシスト。これがプロ初アシストとなった。リーグでのデビュー戦は、6月27日のJ1第15節神戸戦。前節で坪井慶介が負傷したのを受け、スタメンで出場した(ボランチで起用されていた阿部勇樹センターバック、左サイドバックで起用されていた細貝萌がボランチ、永田が左サイドバックに入った)。

7月23日7月31日から8月7日まで韓国水原で開催される水原国際ユースに出場するU-20日本代表に、ユースの先輩でチームメイトの大谷幸輝とともに選出された[3][4]

2010年は左サイドバックに宇賀神友弥サヌの加入、堤俊輔(後に熊本期限付き移籍)が長期離脱の大怪我から復帰、左右のサイドバックをこなせる平川忠亮、緊急時には同じく左右のサイドバックをこなせる細貝萌といった面々がいたため、公式戦出場は天皇杯第2回戦、対東京国際大学戦の後半途中から出た1試合にとどまり、2010年12月6日J2ザスパ草津への期限付き移籍が発表された[5]

2012年1月7日、浦和より期限付き移籍期間を延長し、36試合出場した。2013年、移籍期間満了に伴い2年間在籍した草津から浦和に復帰した[6]

2013年は、チームの選手層の厚さからゲーム形式の練習からも外され、天野賢一の下岡本拓也野崎雅也と共に、個別に2部練習に取り組んでいる。2013年をもって契約満了になりレッズを去る。

2014年、横浜FCへ移籍[7]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
  • 2001年 - 2002年 三室サッカースポーツ少年団
  • 2003年 - 2005年 浦和レッズジュニアユース
  • 2006年 - 2008年 浦和レッズユース
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2009 浦和 21 J1 3 0 3 0 0 0 6 0
2010 0 0 0 0 1 0 1 0
2011 草津 23 J2 28 1 - 0 0 28 1
2012 4 36 0 - 1 0 37 0
2013 浦和 26 J1 0 0 0 0 1 0 1 0
2014 横浜FC 32 J2 -
通算 日本 J1 3 0 3 0 2 0 8 0
日本 J2 64 1 - 1 0 65 1
総通算 67 1 3 0 3 0 73 1
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2013 浦和 26 0 0
通算 AFC 0 0

代表歴[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]