岡本公三
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岡本 公三(おかもと こうぞう 1947年12月7日 - )は、日本赤軍のメンバーの一人。よど号グループの岡本武は次兄。
[編集] 人物
熊本マリスト学園高等学校卒業後、1968年、鹿児島大学農学部林学科に入学。
1972年のテルアビブ空港乱射事件の犯人の1人で、唯一逮捕された(残りの2人は死亡)。このとき、鹿児島大学から放学の懲戒処分をうける。
民間人を中心とした24人を虐殺したことからイスラエルで終身刑を言い渡されて服役していたが、1985年にイスラエルとPFLP-GCとの捕虜交換により釈放。リビア、シリアを経由して、日本赤軍が本拠地としていたレバノンに戻り、日本赤軍と合流した。
その後、1997年にレバノンに潜伏していた日本赤軍メンバー5人が検挙され、禁固3年の判決が確定した。2000年3月出所。岡本以外の4人は禁固刑の執行後、日本に送還された。
しかし岡本については、「日本の捜査当局が(既にイスラエルで処罰されている)テルアビブ事件の刑事責任を問おうとしている」ことを「一事不再理に反する政治的迫害」であるとして、イスラエルと対立するレバノン政府は岡本の政治亡命を認めた。なお、国際刑事警察機構では現在でも岡本を国際指名手配中である。
2008年5月現在、レバノンのベイルートに在住しているとされる。イスラエルで収監中に精神疾患を患い、発話などに障害を負っている。
[編集] 余談
テルアビブ事件の際に岡本が用いた偽造旅券は「ナンバ ダイスケ」という名義であったが、これは虎ノ門事件の犯人の名(難波大助)から取られている。
[編集] 関連項目

